CASE.067「乱高下」
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桃色の光柱が、天高くまで打ち上げられた。
約10秒間にわたる、最大出力での照射。
牽制用とはいえその威力は凄まじく、暴風で木々が薙がれ、熱によって葉の端がチリチリと燃え始める。
いくら広大な森海とはいえ、これだけ長時間、極太のレーザーを照射すれば何かしらが反応を示すはずだ。
逆に何の反応もなければ、それこそこの周辺には何もないということ。
そうなれば、割り切って前へ進み続けることに専念できる。
とはいえ、それはそれでしらみつぶしの探索となるので、できることなら何かしらのコンタクトが欲しいところだ。
「トリちゃん、ストーップ!」
「( ´ω` )」「( ´ω` )」「( ´ω` )」
さすがのシスターズでも、最大出力での照射は負担が大きいらしい。
疲れたような表情で散開しアンの元へ舞い降りると、そのまま冷却状態へ移行した。
「お疲れ様~」
最大出力でレーザーを放った場合、オーバーヒートを防ぐため、約5分間の冷却状態に入るのがデフォルトとなっている。
そのためシスターズは、アンの周囲をゆっくりと旋回しながら熱を逃がす形態へ移っていた。
当然この状態では探索モードも使えない。
そこでミラは通常の探知範囲内をくまなく解析し、何か反応がないか探っていた。
「うーん、反応なしッス……」
「あらま。トリちゃん頑張ったのにねぇ~」
「そんなすぐに反応が来るとは限らないわ。しばらく様子を見ましょ」
「そッスね。アンちゃん悪いんすけど、しばらくそこで待機しててほしいッス」
「了解!」
アンは体育座りになり、その場でしばらく待機することにした。
そもそも今はシスターズが冷却状態。
迂闊に動くこと自体が危険である。
反応の有無を確認することに加え、シスターズの冷却を待つという意味でも、ここで足を止めるのが最適だった。
「ふんふふん♪」
「(ง ᵕωᵕ)ว♪」「♪(*‘ω‘ ≡ ‘ω‘*)♪」「( ‘ω’ و)و “」
アンは鼻歌を口ずさむ。
そのメロディーに合わせて、シスターズもそれぞれゆらゆらとリズムを取っている。
ここだけ切り取れば、執行任務の「し」の字もない。
そこに、ミラの横槍が入った。
「アンちゃーん、待機ッスよ~」
「? 待機してま~す!」
「んん~?」
「どうしたの、ミラ? アン動いてないわよ?」
「いやぁー、あれれ~~??」
ミラは明らかに困惑していた。
珍しく歯切れの悪い彼女を心配し、カイが尋ねる。
だがミラは返事もそこそこに、モニターと格闘していた。
「いや、なんか……アンちゃんの座標が少しずつなんスけど、びみょーに動いてるんッスよねぇ……」
「どういうことかしら?」
「アンちゃんは……今は――」
「座ってます!」
「(ง ᵕωᵕ)ว♪」「♪(*‘ω‘ ≡ ‘ω‘*)♪」「( ‘ω’ و)و “」
依然としてアンは鼻歌を口ずさみながら、シスターズの音頭を取っている。
だがモニター上では、アンの座標値は確かに少しずつ変動していた。
この不可解な現象に、ミラは理解が追いつかない。
(どゆことッスかぁ~? なんで動いて……)
「ユリスにも聞いてみようかしら」
「え”、ちょっと待ってくださいッス! 今分析しますのでぇー!」
ミラはどうしてもユリスの助けだけは借りたくないようだ。
頑なにカイの提案を拒否し、カタカタとキーボードを叩く。
カイはやれやれとため息をつき、ユリスは何か言いたげに後ろの方でそわそわしているのに気づいた。
すると今度は、アンの方が何か違和感を覚え始めた。
「む? ……なんか、動いてる?」
「(´・ω・`)?」「(´・ω・`)??」「(´・ω・`)???」
空中に浮かぶシスターズには分からない何かを、地面に直接触れているアンだけが微かに感じ取っていたのだ。
足裏で地面を擦り、違和感の正体を探ろうとする。
「なんだか……地面が動いてる?」
「………………まさか」
アンの一言で、ミラは何かを閃く。
だがそれは、あまりにも馬鹿げた仮説。
同時ににわかには信じがたい可能性だった。
口に出せばユリスあたりが小馬鹿にしてくるかもしれない。
だが、オペレーターとして黙っているわけにもいかなかった。
「大地自体が動いてる……?」
「ちょっとミラァ? 大地が動いてるって、あなた何をこんな時に冗談言って――」
「いや、僕も同意見だよ」
予想通り、カイが呆けた声を出す。
そして予想外にも――よりによってユリスが、ミラの仮説に同意を示した。
「ユリスまで……!」
「アン執行官が動いていないにもかかわらず座標が変動しているのなら、地表そのものが移動していると考えるのが自然だろう?」
「…………ウッス……」
「そして、これもあくまで仮説だが……」
ユリスはモニターの前まで移動し、アン付近の反応グラフを指さす。
「あまりにも生体反応の変動が乏しい。アン執行官は、小鳥がたくさんいると言っていたな?」
「はい! たくさんいますよ!」
「であれば、本来なら少なからずこの画面上に反応の揺らぎが現れるはずだ。だが見ての通り――」
「「何も無い」」
ミラとカイの言葉が重なる。
確かに、よくよく考えれば変だ。
ミラ――より正確には、VABO製の異世界分析器は、生体由来の反応を拾っている。
小鳥であろうが虫であろうが、生物が存在し、動いているなら数値には何らかの揺らぎが現れるはずなのだ。
だが画面上の数値は、「無」というより――ひたすら一定。
まるで、周囲一帯すべてが一つの巨大な反応として均されているかのように。
「信じるかどうかは君たち次第だが、一応僕の見解を言っておこう」
「「「ゴクリ……」」」
その場の全員が息を呑んだ。
「アン執行官が降り立った場所……生物の上なのでは?」
「……ッ!!」
その瞬間、アンの悲鳴が轟いた。
「キャァーッ!!」
「(゜ロ゜; ))」「(( ;゜ロ゜)」「(゜ロ゜; ))」
アンは地べたに這いつくばり、その頭上をシスターズがオロオロと飛び回っている。
アンの視界しか共有できない作戦室側からでは地面しか映っていないため、何が起きているのか分からない。
カイはすぐさまアンに状況説明を求めた。
「アン! 何が起きたの!?」
「ななななななんか! 地面が傾いてますーっ!!」
「地面が……なんだってぇ?!」
「僕の仮説は当たってしまったかな?」
「何のんきなこと言ってんのよ! バカ!」
カイはユリスの頬をぐいーっとつねり上げる。
「申し訳ないが今は僕に構ってる暇ではいだだだだ……。これが生物である以上、動きはするだろういいいいい……」
「だからなんなのよ! もったいぶらずにさっさと言いなさい!!」
「(だったらつねるのをやめたまえ)………このような超巨大生物が体勢を変えるのならば、君にも何が起きるか見当がつくだろう?」
「…………? ……………………~~ッッ!! アンッ!!」
その意味を理解した瞬間、カイの背筋がひやりと凍る。
即座にユリスを放し、マイクへ向かってアンに呼びかけた。
「アン!? アン!! 大丈夫!?」
「な、なななんだか凄いことになってますー!!」
アンが顔を上げる。
その瞬間、彼女の視界が作戦室のモニターいっぱいに映し出された。
それを見た一同は、思わず絶句する。
「あわわわわわわわ!!」
「((゜ロ゜; )))」「((( ;゜ロ゜))」「((゜ロ゜; )))」
大地は急激に、その勾配を増していた。
アンは辛うじて木にしがみついている。
だが、その視界の遥か先には、絶望的な“それ”が映っていた。
「な……に、あれ……」
カイは口に手を当て、言葉を失っていた。
さすがのユリスも冷や汗をかいており、ミラは必死にキーボードを叩いている。
そこへ、ノルハイコの怒号が鳴り響いた。
「地滑りです!!!」
それは、大地そのもののうねり。
剥がれ落ちた土砂、木々、巨岩。
ありとあらゆるものが巨大な津波となって、確かにアンの方向へと迫っている。
もはやそれは、迫り来る大地の壁だった。
「じ、地滑りって――」
「大地そのものが剥がれ落ちています! アン執行官、今すぐ対神災防御態勢を取ってください!!」
「はわわわあわあわあわ、ぼぼぼぼ防御態勢ってなんですかぁ~~~!?」
今更だがアンはド初心者だ。
故に“対神災防御態勢”などという訓練は、まともに受けていない。
知っていたとしても、それは字面だけ。
そもそも“対神災防御態勢”とは、転生者による神の御業のごとき災害から身を守るためのショック姿勢だ。
エリオット・レインフェルの『水爆』がいい例だろう。
あれはあくまで“β”案件だったが、『水爆』という現象だけを切り取れば“α”にも届き得る。
その対処訓練を、配属されたばかりのアンがまともに受けているはずもない。
ましてや実戦で咄嗟に取れるはずもなかったのだ。
それに気づいたノルハイコは、反射的に転送室へと駆け出す。
だが、その腕を隣にいたサイモンが掴んだ。
「隊長! ダメです!!」
「ですが、アンさんが……このままでは彼女は――」
「今、転送システム自体が非常に不安定なんです!! お忘れですか!?」
「……!」
「またいつ介入があってもおかしくない!! 今、我々はあなたという切り札を失うわけにはいかないんですよ!!」
「アンさん……」
絶体絶命。
巨大な大地の津波。
この距離からでも、その轟音と凄まじさが振動となってアンの体へ伝わってくる。
「あ……ああ……」
アンはすっかり萎縮し、ただただ死を待つだけの、哀れでか弱い女の子となっていた。
「アン!! ちょっとヘパー、なんとかならないの!?」
「こりゃあいかんな……さすがの『フローラル』でもこれは……」
ヘパーは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
ガサツだが何かと冷静な彼がそんな表情をしているだけで、事態の深刻さは十分すぎるほど伝わった。
カイの額から、ますます脂汗が滲む。
「これはまずいぞ、カイ監査官」
「分かってるわよそんなこと! アンッ!! シスターズに防御命令を!!」
「いや、シスターズでもこれは防ぎきれん――」
「うるさい!! じゃああなたたちが突っ込んで止めてきなさいよ!!」
「なんで僕まで……」
「無茶言うんじゃねえっ!!」
カイは、もはや半分パニックになっていた。
かわいい新人をこんなにも早い段階で失うなんて。
それも、あんな子犬のような愛嬌のある女の子を死なせるなど、監査官として――特殊第六執行部隊の実質的なリーダーとして、許してはならない惨事だ。
だがノルハイコは動けず、他の執行官もいない。
もう、見ていられないとカイは目を瞑り、顔を両手で覆う。
もうあの男の名を叫ぶほかなかった。
「なんとかして、ドゥーーーッッ!!!」
だが直後、ミラの裏声が重なる。
「上空650メートル、超高エネルギー反応ッスゥ!?!?」
「あぁもう、次は何ッ!?」
「アンちゃん!! シスターズに全力の防御態勢を!!」
「は、あぁ、はははいぃ!」
具体的な指示を受け、アンは脊髄反射でシスターズへ命令を下した。
「トリちゃん、“ぷろてくと”モードッ!!」
「(っ `꒳´ c)」「(っ `꒳´ c)」「(っ `꒳´ c)」
シスターズはアンの命令を受け、即座に合体。
そのままアンの目の前へ移動し、それぞれ花びらのような桃色のバリアを展開する。
「来るッスッ!!」
「ちょっとミラ、説明し——」
「え、なにがくるん――」
ボァアアアアアアアアアアッッッ!!
一瞬の静寂の後、アンとカイの言葉が掻き消された。
シスターズが防御姿勢を完了した直後、炎の劫火が烈風のごとく上空から叩きつけられたのだ。
凄まじい大火力。
シスターズは全力の防御で、その熱波からアンを守っている。
決して近い距離ではない。だがその距離でも、多次元イヤホンを一時的に遮断するほどの衝撃波が襲っていたのだ。
そしてあろうことか、その劫火は大地そのものが押し寄せる災害のような津波を真正面から阻んでいた。
「ドラ……ゴン……?」
アンだけに、その炎の主の姿が微かに見えていた。
赤き翼。
巨大な鉤爪。
それはまさしく、誰もが物語の中で見るような――竜であった。
【今回の用語まとめ】
■巨大生物上仮説
ユリスが提示した仮説。
周囲に多数の小鳥や虫がいるにもかかわらず、生体反応が個別に変動せず一定だったことから、アンの周囲一帯そのものが“一つの巨大生物”である可能性が浮上した。現時点ではあくまで仮説。
■VABO製・異世界分析器
ミラたちオペレーターが、現地の地形・生体反応などを解析するために使用する設備。
本来なら小動物程度でも生体反応の揺らぎを拾えるが、今回の世界では周囲一帯が均一な巨大反応として観測されている。
■対神災防御態勢
転生者などが引き起こす、神の御業にも等しい大規模災害から身を守るための防御姿勢・訓練。
『水爆』のような広域災害への対処を想定しているが、新人のアンは実戦で使えるほどの訓練をまだ受けていない。
■謎の竜
アンの危機に際し、上空から突如現れた巨大な存在。
赤い翼と巨大な鉤爪を持ち、凄まじい炎の劫火によって、アンへ迫っていた“大地の津波”を真正面から食い止めた。正体・目的ともに現時点では不明。
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