CASE.066「アンの冒険」
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目的地もなく、アンはひたすら森の中を歩いていた。
頭上には、機械仕掛けの一輪の花がふわふわと浮かびながら回っている。
一見すれば異様な光景だが、これはトリリウムシスターズがリアルタイムで周囲をマッピングしている最中なのだ。
アンが進めば進むほど、オープンワールドのゲームのように未開拓領域が次々と埋まっていく。
シスターズの探索能力とミラの解析能力が掛け合わさったことでできる芸当である。
主目的は、はぐれた執行官たちとの合流。
そのついでにターゲットまで発見できれば、棚から牡丹餅である。
「よっ、ほっ」
たどたどしい動きで、木々の合間を縫っていく。
彼女がこうしてのんびり歩いている理由は2つだ。
1つは、彼女自身の体力を鑑みて。
もう1つは、現時点ではそこまで焦る状況でもないからだ。
はぐれた執行官たちは、全員1人残らず歴戦の戦士。
たとえターゲットの目の前へ転送されていたとしても、FREYAを駆使し、退避と生存に専念すれば少なくとも一か月は活動可能である。
そういう意味では、唯一現在地と通信の両方を確保できたのがアンだったことは、不幸中の幸いだったと言えよう。
万が一、彼女だけがターゲットの目の前へ飛ばされ、それも音信不通になっていた場合、真っ先に殺されていた可能性すらあるからだ。
ただし、1つだけ大きな懸念が残っている。
それは、あの転送への介入だ。
現在、ミラがアンの補助を担当。
第四執行部隊のノルハイコとサイモンは、先ほどの事故の原因究明に当たっている。
しかし今のところ証拠らしい証拠はほとんどなく、凄腕オペレーターのノルハイコですら頭を悩ませていた。
介入の手段も、発生源も不明のまま。
分かるのは、相手も相当な手練れだということだけだ。
そしてもう1つ、作戦室の面々の共通認識となっているのは、この異常事態に今回の転生者が何らかの形で関与しているということだった。
「ふん♪ ふん♪」
だが、そんな難しい話はアンには一切伝わっていない。
どうせ説明したところで、不安にさせるだけ。
今のアンに期待できることと言えば、こうしてひたすら前へ進むことくらいだ。
であれば余計なことは伝えず、呑気に散歩してもらう方が作戦室側としてもありがたい。
「トリちゃん、何か見つかった?」
アンがトリリウムシスターズへ問いかける。
すると、それぞれのポッドに文字が表示された。
「反」
「応」
「無」
「う~ん……このまま歩いてるだけでいいのかな……」
すると、その腹から「ぐーっ」と大きな音が鳴った。
この状況にもかかわらず、アンはお腹が空いたらしい。
装備のバックパックへガサゴソと手を突っ込むと、1本のバーとチューブを取り出した。
「いただきます♪」
そして口を大きく開け、バーへかじりつく。
名は、携行栄養圧縮食。
通称――「ムリ棒」。
最上位存在が一柱、アンナプルナ神監修のもとに作られた携帯食料である。
味は5種類。
ココア、塩ナッツ、ベーコン、コーヒー、塩キャラメル。
一応それぞれ味は違う。
ただし、基本的にはどれも薄い。
これは開発当初――特にベーコン味が――あまりにも美味しく作られすぎた結果、執行官たちが携行食にもかかわらず常食し始めたという経緯から、あえて味を薄くされたのだ。
当時、執行官たちからは盛大なブーイングが巻き起こったものの、よく考えれば携行食をバクバク食うのはナンセンスな話である。
そうして現在の「食べ続けるのはムリな棒」。
すなわち「ムリ棒」に至るのである。
「もむもむ♪」
だがアンは、美味しそうに頬いっぱいに頬張っている。
彼女自身、食べることが好きというのもある。
だが何より、彼女が持っているMREはアンナプルナ神お手製の“旧MRE”なのだ。
よって味は、人気を博した当初のまま。
彼女のバックパックは、旧MREでパンパンになっているという。
どこから確保したのかは不明だが。
「もぐもぐ……」
美味しそうに頬張る主を見て、シスターズは揃って「( ◜◡◝ )」とほんわかしている。
ちなみにチューブの中身は、ただの水だ。
ただしこの装置、アンの汗や尿などの体液を濾過し、再び飲料水へ変換する。
ついでに体温を下げる冷却器としても機能する優れもの。
アンはその事実を知らない。
というか、知らない方がいいだろう。
「よいしょっと」
食べ終わったので、ゴミとチューブをしまう。
まるでピクニックのようなノリだが、依然としてこれは執行任務。
執行任務はまず、この世界の秩序、そしてどういう設定の異世界なのかを把握するところから始まる。
「あー、あー、てすてす。アンちゃん、聞こえます?」
「聞こえます! ミラ先輩!」
先輩呼ばわりに、ミラは「むふーっ」と満足げに笑う。
「腹ごしらえが済んだところで、まずは周辺の分析をお願いするッス。どんな環境か分かります?」
「はい! えー、木がたくさんです!!」
「え、あ、うんうん。そうッスね」
「あ、あと小鳥がたくさんいます!」
「そ、そっすねぇ~」
もう少し知能指数の高そうな報告を期待していたが、アンの報告は完全に見たまんまである。
そもそもミラにはアンの視界が共有されているため、木と小鳥がたくさんいることくらい当然見えている。
どちらかというと知りたいのは、この場所特有の“違和感”や“雰囲気”なのだが――まあ仕方ない。
アンは新人なのだから。
「何か変わった物とかあります? 建物とか、人工物みたいな構造物ッス」
「う~~~~ん…………ないです!!」
「あ、はぁ~い。元気のいい返事だことで……」
だが、無理もない。
本当に何もないのだ。
見渡す限りの森、森、森。
探索開始から、かれこれ2時間。
アンの移動とシスターズの広域探知を合わせれば、相当な範囲を解析している。
それでも街や村どころか、人影すら一切反応を示さない。
そこで考えられる仮説は2つ。
アンのいる場所が、とてつもなく広大な樹海であること。
もしくは――そもそもこの世界に、文明そのものが存在しないことだ。
転生者がスライムということを考えれば、十分あり得る話である。
だが、そうなると探知は困難を極めるので、ごめん被りたいところだ。
というのも、これまでのターゲットは人であり、社会の中に身を置く文明人だった。
故に都市や集落、人や噂の流れを追えば、ある程度居場所を絞ることができた。
しかし今回のように、自然の中で生きる転生者となれば話は別。
捜索範囲は、文字通りこの異世界すべてになり得る。
気の遠くなるような作業である。
「うぅーん、埒が明かないッスね。ノル先輩、何か分かりました?」
「いえ……申し訳ありません。痕跡がごくわずかで、特定には非常に時間を要します……」
「了解ッス。うーん、そうッスねぇ…………」
少し考え込んだ後、ミラは何かを思いついたように声を上げた。
「よし。一か八かッス。アンちゃん!」
「は、はい!」
「直上にシスターズのレーザー、最大出力でぶっ放してほしいッス!」
「え、ええっ!?」
突然の提案に驚くアン。
シスターズも揃って「Σ( ºωº )」と驚愕の表情を浮かべる。
すると、ドタドタという足音とともにカイの声が割り込んできた。
「ちょっとミラ! どういうつもり!?」
「どうもこうも、こっちから打って出ない限り埒が明かないッスよ~!」
「それで万が一、敵対生物が反応したらどうするの!?」
「いやいや、アンちゃんも一応は執行官ッスよ? 『フローラル』さえあれば大丈夫っしょ」
「だからって――」
「いえ、一考の余地はあるかと」
渋るカイに、なんとあのノルハイコが助け舟を出してくれた。
「転送直後、アン執行官は少なくとも一時間近く無防備な状態にありました。にもかかわらず彼女に危害を加える者はおろか、接近する生体反応すら確認されていません。であれば、こちらから何らかのアクションを起こすことは十分に有効かと」
「ノルちゃん……」
(やった! あのノル先輩から支持を受けたッス!)
「ノルハイコ隊長に同意する」
そこへ、ユリスまで介入し始めた。
「転生者が人ではない時点で、この世界に我々の想定する文明が存在しない可能性は捨てきれない。このまま当てもなく彷徨うだけなら、何かしらのアクションを起こすべきだろう」
「ユリス……」
「フン。珍しく意見が合いましたッスね、クソ眼鏡」
ミラが皮肉交じりにボソッと呟く。
それに対し、ユリスは即座に切り返した。
「ちゃらんぽらんな君にしては、いやに合理的な判断だったからだよ。ミラ“準”上級オペレーター。それに、もしかすれば他の執行官が気づく可能性もある」
「あ”あ”ぁ”~そッスねぇ~~ッ。(……あぁ、余計なこと言わなきゃよかった。イライラするゥーッ!!)」
バチバチと火花を散らす両者を放置し、カイが代わりにアンへ指示を下した。
「アン、お願いできるかしら?」
「はい! 了解いたしました!!」
アンはぐっと意気込み、高らかに声を発する。
「トリちゃん! せんめつモードッ!!」
「(`・ω・´)✧」
「(`・ω・´)✧」
「(`・ω・´)✧」
シスターズが了解の合図を送った。
直後、探索モードを解除。
3基がアンの頭上で変形し、そのまま高速で回転を始める。
通常時のレーザーは、あくまで牽制用。
だが3基を合体させ、最大出力まで引き上げれば話は別だ。
花の輪郭すら見えなくなるほど回転速度が上がるにつれ、その中心へ桃色のエネルギーが凝縮されていく。
「ぶらすとーっ!!」
「(☆Д☆)」
「(☆Д☆)」
「(((☆Д☆)))」
シスターズの回転がピークへ達した。
直後――極太のレーザービームが真上へ射出される。
桃色の光柱が木々を照らしながら、一気に大空へ突き抜けていった。
■携行栄養圧縮食/ムリ棒
RAC執行官向けの携帯食料。
ココア、塩ナッツ、ベーコン、コーヒー、塩キャラメルの5種類が存在する。かつて美味しすぎて常食する執行官が続出したため、現在は意図的に味を薄く調整されている。
「食べ続けるのはムリな棒」から、通称“ムリ棒”。
■アンナプルナ神
MREバーの開発・監修に携わった最上位存在の一柱。
アンが所持しているのは、味が薄くなる以前のアンナプルナ神お手製“旧MRE”であり、現在品より遥かに美味しいらしい。
■旧MRE
現在の“ムリ棒”へ改良される以前のMREバー。
携行食とは思えないほど味が良かったため、執行官たちが任務外でも常食する問題が発生した。アンはなぜか大量に所持している。
■トリリウムシスターズ・探索モード
EYE、EAR、KNOWSを観測基準点として利用する広域探索機能。
アンの移動に合わせて周辺地形をリアルタイムでマッピングしており、今回は他の執行官やターゲットの捜索に使用されている。
■トリリウムシスターズ・最大出力射撃
3基のポッドを合体・高速回転させ、エネルギーを一点へ集中して放つ攻撃。
通常の牽制用レーザーとは桁違いの出力を持ち、今回は攻撃そのものではなく、離散した仲間や現地の存在へアンの位置を知らせる“狼煙”として使用された。
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