CASE.064「アンちゃん、前途多難」
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――報告。
地球時間211245ZOCT31
特殊第六執行部隊及び第四執行部隊、異世界座標『α-980-ノード89』への転送を開始。
ターゲット『ゥルル』の執行任務を実行kkkkkk――
――Error.
――Coordinate drift detected.
――Forced emergency separation protocol.
――転送システムに重大なエラーを確認。サブ回線を起動。
――通信網を一部遮断。
――個体識別、再同期中……
――個体識別、再同期中……
――個体識別、再同
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「……ぅ」
湿った土の匂いがした。
肺の奥へまとわりつくような、生ぬるい森の空気。
頭が重い。
鈍器で殴られた直後のような鈍痛が、こめかみの内側をじわじわと叩いている。
「いたた……」
アンはゆっくりと上体を起こした。
顔を上げると、視界に映るのはただただ森。
高く伸びた木々に絡みつく蔦。
夜露を帯びた草葉。
遠くから聞こえる動物や虫の鳴き声。
文明らしきものは一切見当たらない、雄大な自然景観である。
そして、周囲に人影は一切ない。
そう。自分以外に、誰もいないのだ。
「……ここは、どこ……? ドゥー先輩……?」
アンは不安げに眉を顰めた。
オーダーメイドのFREYAを着込み、その上から羽織ったベージュのローブについた汚れをパンパンと叩き落とす。
頭痛はどうやら一時的なものだったらしく、今はほとんど引いていた。
外傷も一切ない。さすが、あのヘパーとルールーの合作である。
アンは立ち上がり、改めて周囲を見渡した。
「…………」
やはり人の気配はない。
第四執行部隊や、上官であるドゥーの姿すらどこにもなく、背筋を冷たいものが走る。
(ど……どど、どどどどうしよう?! とにかく、ミミミラ先輩に連絡を……)
この事態は、決して想定されていたものではない。
ブリーフィングでは、現地へ転送された後、基本的には集団行動でターゲットを捜索する予定だった。
だが現在の状況は、完全なイレギュラーである。
アンにとって、これは初めての任務。
そして、初めての異常事態だ。
胸の奥が、ひやりと冷えていく。
「あわわわ……えと、作戦室との通信ボタンは……」
パニックに陥り、涙目になりながらやたらめったらにボタンを押す。
すると突如、耳元からカイの大声が轟いた。
「――■■■ンっ!? アン、聞こえる!? 返事をして!!」
「あ、はい!! ききき聞こえますぅ、カイさぁ~ん(´;ω;`)!!」
アンはその場に膝を突き、泣き崩れる。
極度の緊張から解放され、腰の力が抜けてしまったのだ。
「よがっだでずぅ”~!!」
「あぁ、よかった!! 無事なのね!?」
「はい、問題ありません。ぐすん」
「実は連絡が取れたの、あなたが最初なの。他に誰か周りにいるかしら?」
アンは再びキョロキョロと辺りを見回す。
本当に誰もいない。
いるとしても、小さな可愛らしい小鳥くらいだ。
ぴよよ、と呑気に鳴いているが、アンには「ぴよよ」どころではなかった。
「あ、あの……いったい何が――」
「えっとね、えーと説明が難しいのよぉ。ミラは……」
「こっちはこっちで手一杯ッスゥーッ!!!」
「ミ、ミラ先輩~ッ!」
ミラの声が聞こえた瞬間、アンの胸にさらに安心感が広がっていく。
普段は舐め腐っているようにしか聞こえないあの声音も、こういう時には抜群の精神安定剤として機能するらしい。
本人にその自覚はないだろうが。
「仕方ないわね。私から端的に説明するわね」
――――――
時は十数分前に遡る。
場所は特殊第六執行部隊作戦室。
ドゥーを始めとした執行官たちは、揃って転移ポータル室へ入室していた。
「『ヘファイス』、装填完了。いつでも行けます副隊長」
「貫通弾と麻酔……あと破砕弾も忘れるなよ。今回ばかりは出し惜しみはなしだ」
「ダムダムも一応持ってきましたぁ」
「使わねえだろそれ。あとぜってえ転送中セーフティ外すなよ」
「外さないですぅー」
「……わぅ」
ノルハイコ直属、第四執行部隊の4名が、物々しい火器をガチャガチャと弄っている。
武器や装備からは、金属と火薬特有の匂いが漂っていた。
いよいよ執行任務が始まるという雰囲気。
何とも言えない重圧を感じ、アンの胸は緊張で高鳴っていた。
それを察したドゥーが、アンの肩をそっと擦る。
「緊張しているのか?」
「は、はい……」
「そうか。アン執行官はこれが初陣か」
「初めてなんかい。悪運が強えーというか、難儀だなぁ~」
「大丈夫ですかぁ? 飴ちゃん舐めますかぁ?」
「そういう時は手に文字を書いて飲み込むと、多少和らぐぞ。……と、隊長が言っていたはずだ」
アンを慮ってか、ニガールを始めとした第四執行部隊の4人も次々と声をかけてくる。
ひょうきんな口調の男性、ハマー。
一人称は「オイラ」で、第四執行部隊の中では最もお喋り。
優しそうな口調の長身女性、プスコー。
一番図体がデカいが、気は小さい。こう見えて僕っ子である。
そして、やや軍人気質で言葉尻の重い女性、アモン。
気もメンタルも強く、口調もかなり荒々しい。
最後に、この3人を統括する副隊長のニガールだ。
身長はプスコー、アモン、ハマーの順なので、並んでいれば見分けるのは容易である。
顔には目元だけを覆うバイザー。
装備は全員、一律の基本装備一式。
その他の武装もほとんど同じだ。
だが、中身はまるで別物。
第四のために特別に新調された、最新式のFREYAである。
特にニガールはやたらと長い得物を携えており、その違いは一目瞭然だった。
「みなさんは、もうどれくらい執行官として活動してるのですか?」
「んー、オイラは大体150年くらい。元技術官だけど、隊長追っかけてたらいつの間にか第四だった。プスコーも同じくらいだよな?」
「え。僕、一応ハマー君と同期なんですけど……。え、まさか忘れてるとか――」
「ぁあ~~忘れてない忘れてない! マジのマジで。だから銃口をこっち向けないで!?」
「私は副隊長の次に第四に入った。元は第三執行部隊のフィクサーだったが、ノルハイコ隊長に憧れて移籍した」
それぞれが気兼ねなく、アンの質問に答えていく。
いつの間にかポータル室内はちょっとした談笑会になっており、先ほどまでの張り詰めた雰囲気も少しだけ和らいでいた。
「ウチはこんな感じだ。だが実力は本物。だからどうか、大船に乗ったつもりでいてくれ」
「は、はい! よろしくお願いします!!」
するとイヤホン越しに、ミラの声が聞こえてきた。
「そろそろ転移するッス~。アンちゃん、初めてはちょっと酔うかもしれないけど、先輩もなったんで安心してくださいッス~」
「はい! ありがとうございます!!」
「余計なことを言うな」
毎度毎度、一言多いのだ。うちのオペレーターは。
だが今回ばかりは、アンに免じて許そう。
「目瞑ってればいつの間にか着いてる。リラックスしろ、リラックス」
「はい!」
「では、転移開始しますッス」
直後、室内の照明が落ちる。
真っ暗になったのも束の間、床に描かれた魔法陣のような模様が輝き始め、執行官たち全員を照らし出した。
「ではでは、よい執行旅を~」
ミラの声を引き金に、輝きはさらに勢いを増す。
キラキラとした光の数も部屋を埋めるほどに増え、ついには室内全体が光に包まれた。
アンは眩しさに目を瞑った。
手で顔を覆い、光を遮ろうとする。
すると、ドゥーに肩を軽く叩かれた。
勇気を出して目を開けてみる。すると――
「……わぁ!」
そこには、宇宙のような広漠とした星海が広がっていた。
地球で言うところのプラネタリウムにも似た、無数の光が浮かぶ銀河の海。
あまりの絶景に、アンはしばし言葉を失う。
「凄いだろ?」
「はい……」
「俺も最初は驚いたんだがな……実はあの光一つ一つが、奴らの作った異世界だと言われている」
「すごい……こんなにたくさん……」
ドゥーも、無数の光を見上げた。
「俺らもこの中の一つに生まれ、そして死に、ここへ行き着いた。そして今度は、誰かの世界を救うために出向く。それが執行官の本懐だと、俺は思う」
「…………それって、あの、魂籍管理局のも……」
「ん? まぁそうだな」
ドゥーはアンの言わんとしていることを察した。
「一人の人生を終わらせたんだ。であれば、最後まで責任を持つさ」
「……凄く深いお仕事なんですね……執行官さんって…………」
第四執行部隊の面々も静かに頷く。
アンは上官であるドゥーの言葉を、真っ直ぐに受け止めていた。
「私も……いろんな方の物語に出会いたいです……」
「そうだな。まあまずは今回で大体の流れを掴んでくれ。そこから武器の使い方とかに慣れていけばいい」
「はい、ありがとうございます! 頑張ります」
すっかりやる気を取り戻したアンを見て、ドゥーは安堵する。
アン用に作られた変人二人の合作とやらを、ちらりと一瞥した。
何やら超強力な重火器――二人の愛の結晶(笑)を積んでいるらしいが、本任務では使う機会が来ないことを祈るばかりだ。
せっかくの、上官として初めて迎える任務。
アンには執行官という仕事の暗い部分だけではなく、その中にある明るい意味も知っていってほしい。
「じゃあ、今回も気張って――」
ビーッ
ビーッ
ビーッ
直後、星海の絶景が真っ赤に点滅した。
「?!」
物々しいサイレンが鳴り響く。
「んな! なんスかこれ!?!?」
「どうしたのミラ!? 何が――」
「どうやら何かしらの外部接触で、転移にエラーが生じているようです!! これは……」
「外部!? まさかハッキング……」
「にゃろー! このアタシにケンカを売るとは、100万年早いんッスよぉ!!」
ミラは即座に本気モードへ移り、キーボードを高速で打ち鳴らす。
彼女には現状のエラー処理を任せ、ノルハイコはサイモンと連携し、早急に原因究明へ取り掛かった。
「ドゥー、アン! 大丈夫!?」
「こちらは大丈夫です。状況を説明してください」
「ドゥー先輩……」
アンは不安そうに、ドゥーのローブを握り締める。
「原因はまだ分からないけど、何らかの外的要因で転移にエラーが起きてるの! 今そこから出すから待って――」
「ダメです!! 転移が止まらないッスー!!」
ミラが脂汗を浮かべながら叫ぶ。
「何者かが、先輩たちの転移先データを改竄してるッス!!」
「は!? どういうこと!?」
「このままだと彼ら執行官は、異世界どころか、どこでもない亜空間に飛ばされる可能性が……」
「それは何が何でも阻止して!! ヘパー、インヨウちゃん、ポータル室をこじ開けられない!?」
「無駄だ、カイ」
ヘパーはやれやれと立ち上がり、ゆっくりとカイへ近づく。
「もうすでに、あの室内は別空間判定だ。どれだけ叩こうが蹴破ろうが、もう奴らはここにはいねえ」
「そんな……じゃあ、どうしろっていうの――」
「強行しろ」
「……は?」
ヘパーの一言に、カイが目を丸くする。
だがミラたちオペレーター組は、その意味を即座に理解した。
ノルハイコとサイモンが同時に端末へ向き直る。
「多少座標は外れますが、強行すれば高確率で目的世界への転送は可能なはず……サイモン!」
「了解!!」
「なるほど……何が何だか全く分からないけど、任せるわ3人とも!!」
「今やってますよぉっと!! オラァッ!!」
ミラがボタンを叩き込む。
再び転移ポータル室が強烈な光を取り戻した。
真っ赤な点滅から、再度プラネタリウムの絶景へ。
しかし周囲の星海は、先ほどとは打って変わって凄まじい勢いで位置を変え始め、やがてドゥーたちの身体がピクセル状に崩れ始める。
「皆さん、聞いてください」
ノルハイコの声だった。
この非常事態でも、声は不思議なほど静かだ。
動揺ひとつ感じさせない声音が、現場の執行官たちを落ち着かせていく。
普段はおどおどしているくせに、やはり準特級オペレーターまで上り詰めただけあって、こういう時の貫禄が違う。
「これより、転移を強行します。残念ながら座標は多少ずれる恐れがあり、目的地にはばらばらに分散する可能性があります」
「俺から離れるなよ、アン」
「は、はいっ!」
「到着次第、必ず通信を試みてください。最優先事項はあなた方自身の安全。その後、速やかに合流をお願いします」
「「「了解」」」
「頼みますよ、ニガール」
「了解だ、隊長」
「アン、大丈夫だから!」
今度はカイの声。
まるで母親のように、アンへ必死に言葉を投げかけている。
「大丈夫! 困ったらドゥーに全部頼りなさい!! 危なっかしいけど、腕っぷしだけは本物だから! だか――」
「ちょ、腕っぷしだけってどういう――」
二人の言葉が終わるより早く、転移が完了した。
星海は、とある光の一点へ向かって一気に収束していく。
そして――アンの視界は、真っ白に塗り潰された。
【今回の用語まとめ】
■ハマー
第四執行部隊所属の下級執行官。
ひょうきんな口調で、一人称は「オイラ」。元は技術官だったが、ノルハイコを追いかけるうちに第四執行部隊へ所属するようになった。執行官歴はおよそ150年。ちょっと忘れっぽい。
■プスコー
第四執行部隊所属の下級執行官。
長身かつ大柄な女性だが、性格は比較的気弱で穏やか。一人称は「僕」。ハマーとは同期にあたる。
図体はデカい癖に影は薄め。本人もよく気にしており、事実ハマーも忘れかけてた。
■アモン
第四執行部隊所属の下級執行官。
軍人気質で気が強く、精神的にもタフな女性。元は第三執行部隊のフィクサーで、ノルハイコへの憧れから第四執行部隊へ移籍した。
■第四執行部隊・現地班
副隊長ニガールを中心に、ハマー、プスコー、アモンの4名で構成される今回の現地活動班。
装備には第四専用に新調された最新式FREYAを使用し、銃火器を中心とした統一感のある戦闘スタイルを持つ。
■アンの単独転送
転移事故によって仲間たちと離れ、アンだけが森の中へ単独で転送された状態。
初任務にして初めての異世界、さらに予定外の単独行動という最悪のスタートとなったが、作戦室との通信には成功している。
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