CASE.055「擬似タルタロス」
ご覧いただきありがとうございます。
そしてお久しぶりです。一か月ぶりの投稿となってしまいました。
ストックはたくさんありますので、これからどんどん投稿していきたいと思います!!
※本作はカクヨム、noteにも掲載しています。
設定資料をご覧になりたい方はぜひnoteに訪れてみて下さい!!
https://note.com/ponym/m/mc8c9ad24eef6
「…………ゥー」
誰かの声が聞こえる。
これは夢だろうか。
暗闇の中、声だけが耳に届いてくる。
「…………きて、……ゥー」
この感覚は、ケイン・アッキネンの任務以来だろうか。
あの時も転移酔いでしばらく動けないという醜態を晒した。
だが、どうも今回は少し違うらしい。
「…………ドゥー」
名を呼ばれた気がした。
だがそれは、ミラのような甲高く人を小馬鹿にした声でもなく(割と失礼)、カイのような包容力のあるお姉さん風の声でもない。
素朴で、優しく、落ち着いた少女の声。
不思議と心が緩んでしまいそうな、純粋無垢な村娘のような――
(ん? 村娘……?)
なぜ、急にそんな単語が頭の中に浮かんだのだろうか。
そもそもこの娘は一体誰だ。
そうこう考えているうちに、声の輪郭が少しずつ明瞭になっていく。
「――起きて、ランドゥー」
「聞いているのですかッ、ドゥー準上級執行官ッッ!!」
「……!!」
せっかくの夢見心地を横合いから叩き壊され、ドゥーは内心ムッとした。
だが目の前に、それ以上にムッとした――いや、顔を真っ赤にした女性を見て、瞬時に我に返る。
「す、すみません……。俺どのくらい意識飛ばしてました?」
「2分40秒もです! あなた、自分の立場をお忘れですか?!」
そうだった、とドゥーは思い出した。
ここは擬似タルタロス初号基。
かの有名な地獄の監獄――『タルタロス』を模した仮設収容施設の1つである。
基底界人といえど、罪を犯さないわけではない。
とはいえ、軽い罪を犯した者まで本物のタルタロスへ送るのは、さすがに気が引ける。
そこで造られたのが、今まさにドゥーが手錠をかけられ、絶賛尋問中の擬似タルタロスだった。
「『アバドン・システム』の度重なる乱用! そして何より、最上位存在の方々への暴言の数々! 普通でしたら即刻本家タルタロス行きでもおかしくないのですよ?!」
「……すません」
「まったく……せっかくカイ先輩が色々やりくりして、あなたの処遇を軽くしてくださったというのに……」
(あぁ……コイツもカイさんのファンって奴か)
目の前の女性の名はジェイル。
黒髪のボブ。口元には、妙に色気のあるホクロ。見た目だけなら、絵に描いたようなエリート職員である。
彼女はこの擬似タルタロス初号基における囚人管理、及び月に2度の面談を取り仕切っているらしく、見た目より役職がかなり高位。
実際には、ドゥーやミラより遥かに古株の先輩である。
これだけの役職に就きながら異常に若く見えるのは、彼女が基底界人だからだ。
おさらいだが、基底界人は基本老いない。
というかこれが“人”、もしくは“異世界人”との大きな違いの一つであり、食事もとれば生理現象もある。当然三大欲求もある。カイの酒への執着を見ればおわかりいただけるはずだ。
そんなことを考えていると、再びジェイルの怒鳴り声が飛んできた。
「コラ! ドゥー執行官!!」
「す、すみません」
「……ハァ。こんな問題児を2人も引き受けているなんて……カイ先輩がかわいそうです」
それは本当にそうなので、ドゥーには言い返す言葉もない。
ただ、1つだけ引っかかる言葉があった。
「2人、ですか?」
「ええ。あぁ、知らないのも無理はありませんね。同じく第六のミラオペレーターも拘束されました」
(あらら、マ~ジかよ)
ジェイルは今度は、くどくどとミラの罪状を読み上げ始めた。
どうやら彼女がしでかしたRAC本部アナウンスへのハッキングは、前回のポセイドン神の一件も相まって、かなり重い処分が科される予定だったらしい。
だがその一方で、中枢機関――そしてトール神の悪行が盛大に明るみになった。
結果、RAC局員は半ばボイコット状態に突入。
それを抑えるための政治的判断として、ミラとドゥーの処分は大幅に軽減されたのだという。
神も神で、基底界人たちに振り回されている。
少しだけだがいい気味だ。
「とりあえず、あなたには明日ここを出て行ってもらいます」
「え、いいんですか?」
「ハイ。正直、私もあなたをここに置いておくのは反対です。受け答えもはっきりしているようなので、釈放を許可します」
ドゥーは「やったー」と棒読みで言いながら、ゆるくガッツポーズをした。
「ただ、上の方々はこれからのあなたの――特殊第六執行部隊の待遇を大きく調整すると言っておられました」
今度は「マジかよ」とガチトーンで項垂れる。
「こちらにサインを」
そう言ってジェイルが差し出したのは、1枚の紙切れだった。
そこにはデカデカと“釈放書”と書かれている。
「こちらにサインを頂ければ、釈放手続きは完了です。あとは私の方で処理しておきますので」
「了解。感謝します」
「それと――」
ジェイルはもう1枚の書類を取り出し、胸ポケットからペンを抜いた。
「体に異常はありませんか?」
「いいえ」
「拘束具の具合は?」
「問題ありません」
「では、他に何か異変など感じましたら言ってください」
「…………うん。いや、ない」
「そうですか。ありがとうございます。これにて面談は以上です。独房にお戻りください」
そういえば最近、奇妙な夢を見る。
ロザリアの一件を終え、この擬似タルタロスに収監されてからだろうか。目を瞑るたび、聞き覚えがあるようでない声が、頭の奥へ響くことがある。
酷く懐かしく、そしてなぜか安心するような声。
だがその理由はいまだ皆目見当がつかない。
(言うべきか…………いや、面倒ごとは避けたい)
ただ、今ここで申告するほどの大ごとではないだろう。
そう判断したドゥーはジェイルに深々と会釈し、背後の職員に連れられる形で面談室を後にした。
「やれやれ、相変わらず手厳しい監獄官だこと――うッ」
部屋を出た瞬間、胸元に何かが勢いよくぶつかった。
視線を下げると、水色の髪と、1本のアホ毛がゆらゆら揺れている。
それはもう、嫌になるほど見覚えがあるシルエットであった。
「先輩ィ~~~ッ!!」
「久しぶりだな、ミラオペレーター。いや、今はミラ容疑者と言った方が良いかな?(笑)」
「うっさい!!」
ミラは思いきりドゥーの胸元を殴った。
そして、装甲に阻まれてその場に情けなく蹲る。
グレイプニルMK2を常時ガッチガチに決め込んでいるドゥーに対し、ミラは囚人服のぺらぺら1枚であり、すっぽんぽん一歩手前である。
とはいえ、ミラの平べったい体を見ても断じて何も感じない。
とりあえず素手でFREYAを殴り、自分で痛がるミラは滑稽で、ちょっとだけ面白かった。
「アタシどうなるんスかぁ~!! は、まさか先輩釈放ッスかぁ!?」
「ん」
ドゥーは親指をビッと立て、無言で「俺は無事」アピールをした。
「裏切り者! 馬鹿モノアイ!! 出涸らしアバドンッ!!」
「まあまあ。悪くて死刑、良くて火炙りだろ。がんばれ、ミラ特級(呪物)オペレーター」
「いやああああああああッ!!」
囚人服は涙と鼻水でびちゃびちゃになっており、付き添いの職員も苦笑いしている。
盛大に泣きじゃくるミラだが、おそらく自分と同じ釈放の手続きのはずだ。ここで伝えてもよかったが何だか面白そうなので敢えて言わないという意地悪をする。それに、これは自分の仕事ではない。
とはいえ、だ。
今回の大ごとは半分、いや8割がた自分が悪い。
特殊第六執行部隊の面々にはもちろん、ミラに対しても、ほんのわずかではあるが罪悪感を覚えている。
最悪の場合は、アバドンで一暴れして脅してやってもいい。
そのくらいには思っていた。
「先輩ー!! せんぱぁーいッ!!」
「助けてー!!」という断末魔が聞こえたが、今は無事を祈るとしよう。
ミラの叫びを背に、ドゥーはしばらく歩く。
しかしながら想像していたほど、擬似タルタロス初号基は悪い場所ではない。
衣食住はしっかりと確保され、施設内は明るい電灯によって常に照らされている。トイレや洗面所などの水回りも、非常に清潔だ。
清潔さだけなら、特殊第六執行部隊の作戦室の方が幾分か劣っているのではないだろうか。主にカイのせいだが。
コツン、コツン、とドゥーの足音が響く。
かなり長い通路。
その両脇には、完全に封鎖された同じ見てくれの独房が、いくつも並んでいる。
ここに収容されているのは、主に軽い罪に問われた者たち。
だからなのか、皆とても大人しい模範囚である。
どれだけ歩いても、映画で見るような「よう兄ちゃん、いいケツしてんな!」などという品のない罵倒は一切ない。
だからこそ、無言で自分を連れ歩く職員との間には、しばしば気まずい空気が流れていた。
(これ……何か喋らんといけない感じか?)
そう考え、ドゥーが声を掛けようとした瞬間、向こう側からも足音が聞こえ始めた。
目を凝らすと、4人の職員が何やら厳重な棺桶のようなものを運んでいる。
アイアンメイデンを連想させる、黒々とした拘束棺。
かなりの重量なのか、載せられた台車がぎしぎしと悲鳴を上げていた。
「これは……」
「お、珍しい。あ、そうか。たしか今日は移送の日でしたね」
職員が何かを知っていそうだったので、ドゥーは思い切って尋ねてみた。
「移送?」
「あぁ、執行官さんは知らないのでしたね」
職員はそう言いながら、声を潜める。
一瞬、ドゥーの耳がどこなのか戸惑った様子を見せつつも、あの物々しい拘束棺について教えてくれた。
「ここだけの話でしてね……あの中には、かつて神を貶めたという重罪で収監された極悪人が拘束されている、との噂が……」
「極悪人……」
「はい。ただ、本人に戦闘能力はなく、普段は非常に大人しいそうです」
「それで、あの重装備なのか?」
「それがどうやら、口だけは達者らしく。言葉で人を操るそうです」
「なるほど……だから“移送”なのか」
彼曰く、普段は本物のタルタロスに収容されているという。
そしてできるだけ1か所にとどめないよう、こうして定期的に移送する期間を設けているらしい。
どれだけのことをやらかせば、これほどの処遇となるのか。
もしやミラが“これ”になるのでは、とドゥーは一瞬だけ嫌な予感を覚え、すぐに振り払った。
「まあ、あまり対話をしないこと。これを心がけさえすれば、管理は楽な方なのですよ」
「なるほど。ありがとうございま――」
【やあ、元気かな?】
抑揚のない機械的な声。
恐らくは男性か。
拘束棺とすれ違った瞬間、突如として中の者から話し(?)かけられ、ドゥーは反射的に警戒態勢を取った。
その反動で思わず手錠を引きちぎってしまい、ドゥーと職員の「あ」という声が重なる。
【久しいね。こうして君が存在しているだけで私は心躍るよ。ん? いや、君がここにいるというのはあまり良くないことなのだったか――】
「囚人番号026ッ!! 誰が口を開くことを許可したッ!!」
職員の1人が怒鳴る。
【いやはや、手厳しいお人だ。少しくらいいいではないか? たかが世間話の一環だよ】
「貴様はその“世間話”とやらで何人壊したと思っている!? いいから口を閉じろッ!!」
【ふむ。では黙るとしよう】
(なんだコイツは……というか、なんだこの声は?)
それほどこの男の言葉を警戒するのであれば、猿ぐつわでもすればいい。
そう考えかけたが、この声の異質さにすぐにその思考は掻き消えた。
まるで頭に直接語りかけてくるような、テレパシーに近い音質だ。
耳を塞ごうが、口を縫おうが、脳へ直接入力されるような違和感。
FREYAどころかグレイプニルMK2をも貫通しているところを見るに、相当高度な類の術だ。
(何者だ……?)
【あぁ、そうだ。1つだけ】
懲りずに再び声を発した中身に、職員たちは足を止め、怒号を飛ばした。
【特殊第六執行部隊、ドゥー執行官】
「な、なぜ俺を——」
【声の正体なら、すぐにわかる。楽しみにしていたまえ】
「何を言って……」
「そこまでだ、執行官殿。奴とは言葉を交わすな」
「すべて忘れてしまうのが身のためだぞ」
そんなことを言われても、あまりの情報量に思考が追いつかない。
本当に誰だコイツは。何故自分の名前を知っている。そもそも、なぜ“声”のことを――
ドゥーがひとまず頷いて警告を受け入れると、職員たちはそのままずんずんとどこかへ消えていった。
(……声……か)
考えても仕方がない。
不可思議な囚人だが、もう2度と会うこともないだろう。
ここは警告通り忘れることにして、ドゥーはそのまま自分の独房へと帰還するのだった。
【今回の用語まとめ】
■擬似タルタロス初号基
本物の地獄の監獄『タルタロス』を模して造られた仮設収容施設。
主に比較的軽度の罪を犯した基底界人などを収容する。
第一章で重大な規律違反を犯したドゥーとミラも、ここへ連行されていた。
■ジェイル
擬似タルタロス初号基に勤務する職員。
囚人管理や月2回の面談を取り仕切っており、見た目以上に高位かつ古株。
カイとは以前から面識があり、彼女を「先輩」と慕っている。
■囚人番号026
本家タルタロスに収監されている謎の囚人。
かつて“神を貶めた”重罪人とされているが、本人に直接的な戦闘能力はないという。
その代わり、言葉によって人を操り、過去には多数の者を壊したとされる極めて危険な存在。
■謎の少女の声
ドゥーの夢の中で聞こえる、素朴で穏やかな少女の声。
ミラやカイとはまったく異なる声質であり、なぜかドゥーは“村娘”を連想した。
その正体や、ドゥーとの関係はいまだ不明。
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