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転生監査機関RAC  作者: ぽんにむ
第一章「特殊第六執行部隊」1-3「ロザリア編」
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CASE.045「ヒビ割れた剣」

ご覧いただきありがとうございます。


※本作はカクヨム、小説家になろう、noteにも掲載しています。

 王の凱旋という記念すべき夜。

 宝国の輝きがいっそう増す刻限、王城では王の名の下に宴にも等しい晩餐会が催されていた。


 この日のために用意された御馳走は、まさしく山海の珍味と呼ぶにふさわしい。

 長き戦の中でしばらく縁遠かった「まともな料理」が、うず高く積まれた皿と共に惜しげもなく供されている。

 酒がなみなみと注がれたグラスを打ち合わせる硬質な音。

 互いの苦労を労いながら、瑞々しい肉を口いっぱいに頬張る咀嚼音と談笑。会場は、そうした喧噪で隙間なく満たされていた。


 そんな馬鹿騒ぎの最中――トルマリン王とダリヤ王女、そしてヴォルツの3人だけは別室にいた。

 宴会場から少し離れた一室にて食卓を囲んでいるのだ。最奥にトルマリン王、その隣にダリヤ王女。そして出口に最も近い席にヴォルツ。

 トルマリン王は丁寧にナイフで肉を切り分け、それを悠然と口へ運ぶ。対するダリヤ王女は食事のことなど半ば忘れ、宝国軍の戦話を嬉々として語っていた。


「さすが父上! 二十国という圧倒的な戦力差を知略のみならず実力でも押さえ込み、なお返り討ちにしてしまうなんて……! わたくし、感動でもう食事が喉を通りません!(臣下の受け売り)」

「ほほほ……おべっかも上手くなったものだな、ダリヤよ。だが1つ忘れておるぞ。今回の勝利の立役者はまたしてもヴォルツだ。お前がおらなんだらと思うと、我も頭が痛くなる」

「恐縮です、王よ」

「いいえ、ヴォルツ。父上は心の底から貴方を褒めているのよ? 貴方がいるからこそ、我らが宝国はいまだ健在――今度も浅はかな侵略者どもから守ってくださいましね、あなた♡」


 ヴォルツはにこりと微笑み、グラスに注がれた酒を少しだけ口に含ませる。

 そして液面越しに、今の自分の表情を確かめた。


 果たして、いつからこんなにも作り笑いが上手くなってしまったのだろうか。

 ちらりと視線を滑らせれば、歓談する2人の姿が視界の端に映る。

 どうやら失礼はないらしい。相も変わらず、2人は満面の笑みで3年という空白を埋めるかのようにこの晩餐会を楽しんでいた。


(……ああ、哀れなものですね…………)


 目の前の御馳走にはほとんど手をつけぬまま、ヴォルツはひたすらダリヤ王女を見つめていた。


 この無垢な王女は、何も知らない。

 あの戦禍を。血と死肉で埋め尽くされた、あの災厄を。彼女は、その薄い表層しか知らされていないのだ。だからこそ、これほど屈託なく笑うことができる。


 ヴォルツは一つの事実に気づいていた。

 それは今朝の凱旋において、大通りに集まっていた民の数が、前回の半分にも満たなかったこと。

 無論トルマリン王、ならびに直属の側近たちも気づいているはずだ。


 だが、彼らは見て見ぬふりをしている。今の宝国の惨状にも、民たちの言葉なき反抗にも。


 10年もの間、宝国は20もの国家が血を血で洗う大戦に身を投じ続けてきた。

 普通ならば互いに牽制し合うことで、しばらくは正面衝突など避けるよう努めるだろう。

 

 だが現実は違う。

 あの惨状は開戦直後から、毎日のように各地で勃発している。

 睨み合う暇すらなく、兵士たちは絶え間なく投入され、血飛沫とともに屍の山を築いていった。


 そこには、この娘(ダリヤ王女)がつゆ知らないとある一因が大きく関係している。

 


 ――それはこの大戦が、“防衛戦ではない”ということだ。

 


 彼女にとって、この戦は20の国が己の私利私欲のために争い、宝国がその渦に巻き込まれている、という認識なのだろう。

 だがそれは決定的な誤りだ。


 宝国は守っているのではない。

 攻めているのだ。20国を同時に。


 だからこそ、10という常軌を逸した数の戦線を維持するに至った。

 そして、その維持に伴う負担はすべて民にのしかかる。


 増え続ける徴税。

 国家総動員による働き手の不足。

 食糧難、物資不足。

 

 外見だけは美しく整えられているが、それは国の疲弊した内情を敵国に悟らせぬための、貴族たちによる虚飾にすぎない。民がどれほど嘆こうと、喚こうと、戦地に立つ王はそれを度外視し、ただひたすらに20国の征服という狂気じみた目標へ突き進んでいる。それが今の宝国の現実だった。


 つまり、彼女が浅はかな侵略者どもと蔑んだ者たちは、宝国軍という侵略者から己を守ろうとしているだけにすぎない。

 だが彼女にはそれを知る由もない。いまだ宝国軍が、栄えある宝国を蹂躙せんとする敵国から国を守っているとでも思っているのだろう。

 それも仕方のないことだ。耳に届く情報は、優秀な側近たちの手によって都合の良い形へ整えられているのだから。


 だからこそ嘆かわしい。

 この国の次代の女王たるべき御方が、この国の惨状を毛ほども理解していない。それどころか、宝国はいまだ健在などと口にしている。


 これを今の民たちが聞けば、何を思うだろうか。


(この晩餐会に出席しているのは、結局のところ上流階級の幹部や情報将校ばかり……。王家が孤立している現状に気づけないほど王は老いておられぬはず。だのに、なぜ――)


「ヴォルツよ」

「――ッ! は!」


 負の感情に深く沈み込み、王の呼びかけで我に返るヴォルツ。

 今、自分がどのような顔をしているのか。慌てて酒の液面で確認しようとした、その拍子にグラスを滑らせ、酒を派手にこぼしてしまう。


 彼らしからぬ狼狽ぶりに、トルマリン王とダリヤ王女は思わず吹き出した。


「どうしちゃったのヴォルツ? 大丈夫?」

「途方に暮れていたようだが、さすがのお前も今回の遠征は疲れたか? はっはっは!」

「……大変失礼いたしました。どうか私のことなど、お気になさらぬよう。ダリヤ王女殿下も、お気遣い感謝いたします」


 立ち上がり、零れた酒を拭くものを探そうとするヴォルツ。だが、トルマリン王がそれを制した。

 王が軽く指を鳴らすと、奥から2人の使用人が足早に入室し、手際よく片づけに取り掛かる。


「いや、これは私が――」

「いえ、ヴォルツ様。これは私どもの務めにございますので、どうぞお構いなく」


 手伝おうとしたヴォルツを、使用人は冷たく一蹴した。

 その眼には光がなく、頬はこけ、髪もところどころ乱れている。それを目の当たりにした瞬間、ヴォルツの胸はきつく締めつけられた。


(宝国のために血を流した果てが……これなのですか……)


「して、ヴォルツよ。そしてダリヤよ。そろそろお前たちの式の準備も進めねばならんのだが……」


 トルマリン王が、平然と何でもないことのように続けた。


「今回の戦で、敵の動きもしばらくは鈍るだろう。ならば今のうちに挙げてしまう、というのはどうだ?」

「わあ、賛成です! ね、ヴォルツ。よろしいでしょう?」


(限界だ……)


「………………失礼」


 ヴォルツはおもむろに立ち上がると、そのまま踵を返し、扉の取っ手に手をかけた。


「大変申し訳ありません。少々、体調が優れませぬゆえ、今宵はこれにて失礼させていただきたく」

「一体どうしたのだ」

「ちょっと、ヴォルツ?」


 王の許可も待たぬまま、ヴォルツはその場を後にした。


 早足で宴会場を通り抜ける。視線が集まり、何人かは声をかけようとしているのが見えた。だが、誰とも目を合わせず、口も利かず、そのまま城から逃げ出すように飛び出す。

 そして相変わらずの俊足で、ヴォルツは宝国の街の中へと消えていった。

 


 ――――――――

 


 最悪だ。

 実に最悪な気分だ。


 よろめきながら、路地裏で家壁に手をつき、あてもなくさまようヴォルツ。

 その手には酒瓶が握られている。

 粗悪な安酒だ。ゆえに度数だけは妙に高い。


「……う、っ」


 嗚咽を押し殺しながら、ヴォルツは顔を赤く染めていた。

 いわゆる、やけ酒の後だ。

 王の食卓を抜け出すという背信を犯した反動で、箍が外れた彼は、そのまま自分を知る者などいないであろう外れの酒場へ入り、安酒を浴びるように流し込んだのである。

 その結果がこの有様だった。


 通りすがりの者たちは、この男があの“宝剣”だとは夢にも思うまい。

 だがその服装だけで、王家側の人間であることは一目で知れる。

 人々は腫れ物を見るような目で彼を避け始めた。中には巡回中の衛兵に肩をぶつけられ、唾を吐きかけられたり、酔客に罵声と空き瓶を投げつけられたりもした。


(そうだ……王家は――いや、私は所詮、あの腐った上層部の膿の一つです。どうか罵ってください。貶してください。それで君たちの鬱憤が少しでも晴れるのなら……)


 そのとき、一つの瓶が彼の頭へ真っすぐ飛んできた。

 クリーンヒット――する寸前、ヴォルツの腕が脊髄反射のように動き、片手でそれを受け止める。


 あまりにも異様な反射速度を見せつけられ、人々は蜘蛛の子を散らすように物陰へと消えていった。


「…………チ」


 泥酔していようと、最強は最強である。

 心では受け入れていても、この身に降りかかる悪意を戦士として鍛え上げられた肉体が許してくれない。

 ヴォルツは深く絶望した。


 結局、自分もまた民の本音に向き合う覚悟なんて無いではないか、と。


 そのとき、激しい吐き気がヴォルツを襲う。

 彼は人気のない場所へもつれ込むように移動し、そのまま盛大に吐いた。

 吐いて、吐いて、吐き尽くした果てに、その場へ力なくへたり込む。


「私は……どうすればよかったのですか……」


 この国は唯一、自分の居場所と呼べる故郷だ。

 物心つくより前に捨てられた自分を育てた場所。それが、この宝国だった。


 だが今、その居場所が失われようとしている。

 この大戦に勝とうが負けようが、以前までの美しい宝国はもう戻らないだろう。王家がどれほど取り繕おうと、民の疑念が晴れることはない。民の心が王の袂から離れつつある国家に、栄えなどあろうはずもない。


 だからといって、自分に何ができるだろうか。

 王を諫めるか――そんなことができたなら、この大戦はとっくに終わっている。

 姿を晦ますか――宝国はたちまち窮地に陥り、20国の連合軍を前になす術もなく蹂躙されるだろう。

 王を殺すか――そんなこと、言語道断だ。できるはずもない。


 そのような邪な考えが一瞬でも過った自分が情けなくなり、ヴォルツは酒瓶を自らの額へ打ちつけた。

 何度も。何度も、何度も。


 当然、血など流れない。鈍い痛みだけが額を打ち、酒の揮発と共に頭が幾分か冷えていく。


「……帰りますか」


 そう呟き、歩を進めた。

 そのときだった。


「きゃああああ!!」


 女の悲鳴が聞こえた。

 助けを求める、若い女の甲高い叫び。近くの路地裏で木霊したそれに、ヴォルツの意識が一気に研ぎ澄まされる。


 まだ間に合う。

 自分ならば。


(私は宝剣……この身が錆びつこうと、民のために振るわれる剣であり続ける!)


 そう己に言い聞かせ、石畳を踏み砕く。

 その反動を利用した爆発的な加速。声のした方角へ、ヴォルツは電光石火の勢いで駆けた。


(見えた!)


 角を曲がった先。

 そこには、先ほどの悲鳴の主と思しき女が、5人の無頼漢に囲まれている光景があった。


 迷う時間など要らない。

 ヴォルツは壁際を伝うように一気に間合いを詰め、そのまま女と男たちの間へ割って入る。


「なんだァ、てめえ!?」

「この女ァ、俺らが先に見つけたんだよ! やりてぇなら、まずは俺らが回し――」


 最後まで汚らしいセリフを言わせる必要などない。ヴォルツの手刀が、刹那のうちに5人全員の意識を刈り取った。

 彼にしか成し得ぬ、あまりにも鮮やかな早業だった。


 どさり、とほぼ同時に5人の男が崩れ落ちる。

 それを見届けるや否や、ヴォルツは女へと振り返った。


「大丈夫ですか、お怪我…………は……――」


 

 その瞬間、彼の思考は止まった。


 手を差し伸べようとして、正面からその女を見た刹那。

 ヴォルツの目は、完全に彼女へ釘づけとなる。

 


 恍惚と輝くエメラルドグリーンの瞳。

 神秘を帯びた、先の尖った耳。

 細部に至るまで神が自ら手を加えたかのように整った造形。

 そして、煌びやかな金の長髪。

 


 衣服は男たちに引き剥がされたのか、一糸まとわぬ姿だった。

 だがそれがかえって、彼女の美を悍ましいほど際立たせている。


 ――宝石。


 ヴォルツの脳裏に真っ先に浮かんだ言葉は、それだった。

 それほどまでに、その女は美しかった。


 ヴォルツの鼓動が早まる。

 だがそれは、裸身を前にした男としての劣情ではない。

 長き人生において、彼が初めて味わう感覚。酔いとも違う、説明のつかぬ胸中の異常。


 おそらくこの時点でのヴォルツの脳内の辞書にはまだ存在していなかった感情。

 彼にとって、まさしく初体験のそれ。


 言うなれば、それは恋。


 

 

 つまり、“一目惚れ”である。

【今回の用語まとめ】


■旧宝国カスケリオン

現在のセレスティア宝統府となる以前の宝国。

トルマリン=カスケリオン六世の統治下で、二十国を相手に大戦を続けていた。

表向きは防衛戦とされていたが、実際には宝国側から他国へ侵攻していた。


■トルマリン=カスケリオン六世

旧宝国カスケリオンの王。

ヴォルツが“王の中の王”と認めるほどの人物であり、娘ダリヤを深く愛する父でもあった。

一方で、戦争の長期化と侵攻政策によって、民の心は次第に王家から離れていった。


■ダリヤ王女

トルマリン王の一人娘。

父を心から慕い、宝国軍を正義の軍勢だと信じている無垢な王女。

しかし彼女が知らされている戦争の姿と、実際の宝国の現実には大きな隔たりがあった。


■謎の美女との出会い

ヴォルツが路地裏で助けた謎の美女との邂逅。

疲弊しきっていた彼は、そこで初めて“恋”という感情を知る。

この一目惚れが、後の宝国の運命を大きく変えることになる。



――――――――――――――――――――――――――――



ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ



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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。

・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。

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