CASE.113「再会」
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「ヌゥアアアッッ!!」
ロンショウとクストーディスの戦闘は、先ほどまでの打撃の応酬からその様相を変えていた。
ロンショウが大斧を大きく振りかぶる。
クストーディスが、それを避ける。
先ほどまでとは打って変わり、クストーディスはひたすらロンショウの一撃を回避することに専念していた。
「どうしたどうしたぁ!? その程度かよォッ!!」
「…………ッ!」
だが、さすがのクストーディスでもロンショウの猛攻を完全には捌き切れなかった。
ロンショウは力いっぱい踏み込むと、この戦闘で初めて見せる高速移動でクストーディスへと迫る。
いくらクストーディスとはいえ、至近距離からの一撃を避けるのは至難の業。
次に来る強烈な一撃を、大剣で受け止める態勢を取る。
「オッラァッッ!!」
「ぐッ……!」
この日、ロンショウが放った中でも最大級の渾身の一撃。
上段から振り下ろされた大斧が、クストーディスの大剣へ叩きつけられる。
バガァァァァアンッッッ!!
初撃を数段上回る衝突音。
周囲の人々はすでに退避していたため巻き込まれずに済んだが、その衝撃だけで周囲の建物や石畳へ大きな亀裂が走る。
当然、大剣越しにその一撃を受け止めたクストーディスは片膝を突き、上から押し潰されそうになる。
「おいおい、現最強様はこんなもんかぁあ?!?!」
「ッ……!」
ミシミシと、全身の装備が悲鳴を上げる。
足元の石畳はビキビキと砕け、クストーディスは凄まじい圧力に辛うじて耐えていた。
常人ならひとたまりもない乾坤一擲の一撃。
それを五体満足で受け止められる狩人など、クストーディス以外にはそうそういないだろう。
「確かにっ……腕力だけはっ……まだ、あなたには敵わないでしょう……」
「あァ?! 命乞いかァ?! モンスターは命乞いなんかしねえけどなァ~??」
さらに圧力が増し、クストーディスのフルプレートに巻かれていたベルトのうち、数本がベチベチと弾け飛ぶ。
ギギギと、大剣もまた悲鳴を上げていた。
ロンショウの力がいまだ現役級であることを、その嫌な軋みが何より雄弁に物語っている。
「だが――」
その時、上空から二本の槍が高速で飛来した。
即座に反応したロンショウは一本を避け、もう一本を片手で受け止めると、そのまま柄を握り潰した。
だが、それによって大斧へ添えていた手が離れ、クストーディスを押さえつける力が弱まってしまう。
ロンショウはすかさず視線を戻そうとした。
その僅かな隙を逃さず、クストーディスは彼の顔面へ拳をめり込ませた。
「ブホォッ!!」
鋼鉄の拳を顔面に受け、ロンショウは大きく後ずさる。
ブッと鼻を鳴らし、鼻腔に溜まった血を吐き出した。
「オメエ……」
「フフフ……誰も“一対一”とは言っていませんよ?」
クストーディスが片手を頭上へ掲げる。
すると周囲の屋根へ、残りの『アグレウス』団員たちがぞろぞろと姿を現した。
誰もが槍を携え、今か今かと投擲の機を窺っている。
「言ったでしょう。“自然界に卑怯という概念はない”と」
「チッ」
ロンショウは、わざとらしく舌打ちした。
ちらりと屋根へ視線を走らせ、敵の数を確認する。
(大体二十か……ってことは、ヘーローとサポの方には少なくとも三十……まずったな、こりゃ)
「確かに、貴方は“個”として最強だ。尊敬に値する」
「…………そーかよ」
「だが、我々は“群”として最強――それが新時代の狩人なんですよ、ロンショウ殿」
クストーディスが合図を送ると、屋根の上に並ぶ『アグレウス』の団員たちは一斉に槍を構えた。
その奥には槍を何十本も抱えた補給班まで控えており、一切の抜かりはない。
クストーディス一人なら何とかなるだろう。
だが、現役の歴戦の狩人たちによる援護まで加わるとなれば、さすがに少々厳しい。
ロンショウの額を、五年ぶりの冷や汗が流れた。
「はぁ……全く。世話が焼けるガキ共だぜ」
ロンショウは減らず口を叩くと、大斧を地面へ置き、両の拳をバキバキと鳴らした。
「降参ですか?」
「馬鹿言え。本番はこっからだ」
このまま離脱しても、後ろの二人が危ない。
ならば、ここを切り抜けた後、二人の助太刀へ入り、そのまま離脱するのが賢明だ。
時間から考えれば、今頃アンとゥルルは出口の門付近にいるはず。
時間稼ぎとしてはもう十分だろう。
「かかってこい。最後の稽古をつけてやる」
「では行きますよ。先生」
――――――――
時は少し遡る。
アンとゥルルは、ひたすら前へ、前へと走っていた。
アンはミュラーを背負い、脚が挫けそうになるたび、意地で踏ん張る。
目に浮かぶ涙を無理やり引っ込め、今は自分にできることをするしかなかった。
「アンねーちゃん、サポーニスさんが! ヘロメロスさんが! ロンおじちゃんが……!!」
「…………(ゥルル……)」
手を繋ぐゥルルはビャービャーと鼻水と涙を垂らしながら、必死にアンへついてきている。
その悲痛な声を聞くたびに、アンの胸は締め付けられた。
自分に、もっと力があれば。
ユグドラシルの上でも、あの作戦室でも、もっと上手く立ち回れていたら。
シスターズにあんな無理をさせずに済んでいたら、今ごろロンショウたちを助けられたかもしれない。
(これがドゥー先輩だったら……)
きっとドゥーであれば瞬く間にこの状況を切り抜けるだろう。
一方、シスターズが動けない今の自分には何もない。ゥルルの手を引いて逃げること関の山。
そう、何度も何度も、自分を責め立てる。
口惜しさと虚しさ、そして悲しみに、幾度となく視界がぼやけた。
そのたびにアンは頭を振り、思考を切り替えようとする。
(ダメ! ダメダメダメ! ダメよアン! 今は絶対、泣いちゃダメだから!!)
ここで泣き崩れれば、おそらく自分はもう立てない。
体力も脚力も尽きかけている。
それでも、執行官としての矜持と、ロンショウ、サポーニス、そしてヘロメロスから託されたゥルルを守るという使命が、彼女を突き動かしていた。
「ハァ……ハァ……」
もはや、ゥルルの泣き声へ反応する余裕もない。
今はただ、前へ、前へ――。
角を曲がった瞬間、アンは誰かとぶつかってしまった。
尻餅を突き、まずは背負っていたミュラーへ謝る。
「ご、ごめんなさい……」
「ってえな。ちゃんと前見て――って、テメエは!!」
聞き覚えのある声に、アンはぶつかった人物の顔を見上げた。
「あなたは……」
そこにいたのは、三爪傷だった。
灰緑色の髪を片側だけ編み込み、反対側を刈り上げた、長身痩躯の女エルフ――ヴェイン。
虚ろな琥珀色の瞳を持ち、重装鎧に身を包んだ、小柄なゴブリン――キリク。
そして最後に、以前刃を交えた、暗い赤褐色の髪と三本の爪痕を持つ巨漢。
巨大な槌と刃付きの義足を備えた、バルカンだった。
「スライムの使い娘じゃん」
「おぉっしゃぁッ!! ここで会ったが百年目、今こそあの時のケリを――」
「隊長。様子がへん”だ」
「あん?」
あの時味わった屈辱を思い出し、憤慨するバルカンをキリクが止める。
よく見れば、アンの顔は砂にまみれ、全身も汚れている。
しかも、なぜか背中には長老であるミュラーを背負っていた。
「は? なんで長老……ってか、お前どうしてそんな――は? え?」
「や”ばい。体調がパン”クした”」
「はぁ……使い娘ちゃん。アンタなんで長老様を背負ってるわけ?」
「…………」
するとアンの目から、今まで必死に堪えていた涙が溢れ出し、そのままヴェインへ抱き付いた。
かつて敵対した相手だと、頭では分かっている。
それでも、不安と責任の板挟みでいっぱいいっぱいになっていたところへ、知った顔が現れた。
そこで、ついに感情の堰が切れてしまったのだ。
「アンタ、ちょっと! 離れ——一体どうしたのよ?!」
「なぁ、おい! あん時の続きを――」
「アンタは黙ってな」
「う……」
バルカンは一蹴され、渋々引っ込む。
ヴェインはアンの両頬をむにっと引っ張り、どうにか事情を聞き出した。
少しして落ち着きを取り戻したアンは、彼らへ事の顛末を話した。
ギルドがアンたちを狙っていること。
自分たちの目的は、ゥルルを連れてクルキブリから脱出すること。
そして何より、今この瞬間もヘロメロスたち三人が命を賭して殿を務めていることを。
「嘘だろ……ヘロメロスさんが……」
「本当なのそれ? 信じられないんだけど。ってかアンタもすぐ信じないでよね」
「う、あ……確かにそうだ! うん! テメエ、嘘ついてんな?!」
「……はぁ、ホント馬鹿(ホント、単細胞なんだから……)」
バルカンはひとまず置いておくとして、ヴェインはまだ信じ切れていない様子だった。
だが、そこでキリクが核心を突く問いを投げ掛ける。
「ぞごに、一番の“証人”がいる」
キリクが指差した先。
そこには、アンの背中から降りたミュラーがいた。
「あ、確かに……(アタシも馬鹿じゃん……)」
「確かにな……おい、バ――長老。今のコイツの話、本当か?!」
自分より十回りどころか、百回りも若い者から“ババア”と呼ばれかけ、ミュラーは一言言ってやろうと凄む。
だが、すぐにそれどころではないと思い直し、口を開いた。
そもそも彼らから見れば、自分はババアの中のババアなのだから仕方がない。
「本当じゃよ……。というか、ワシが誘拐されている本人じゃがの」
「マジかよ……」
「信じらんないんだけど……」
狼狽えるヴェインとバルカン。
だが、彼らとは対照的に、キリクは非常に冷静だった。
「では”、なぜ長老様は”無抵抗な”の”で?」
「…………」
続く核心を突く問いに、ミュラーは押し黙ってしまう。
口にすべき言葉を頭の中で練り、ようやくまとまったのか三爪傷の三人へ言葉を投げ掛けた。
「まあ、気まぐれじゃの。たまの外出も悪くない。ドクトリウスは最近私の健康に逐一うるさくての……こういうのも存外良いものじゃ」
「「いやいやいや……」」
全く納得していない様子の二人。
唯一、事態を飲み込んだキリクだけがアンへ問い掛ける。
「たしが……アン、だったよ”ね”?」
「は、はい……」
「君は”隊長を吹き飛ばしだ。オデらの隊長を、だ」
「それは……ご、ごめんな――」
「正直、すっきりしだ!」
「おいッ?!?!」
キリクの予想外の言葉に、バルカンがぎゃあぎゃあと喚き始める。
そんな彼を宥めるヴェイン。
いつでも冷静で、少し天然なところのあるキリクはにこりと笑った。
その様子を見て、アンとゥルルが呆然としていると、何を思ったのかミュラーが笑い始めた。
「ホホホホ……」
「何笑ってんだよ!」
「いや、なに……お主らは子供の頃から変わらんと思ってな。つい思い出に耽ってしまった」
ミュラーは、懐かしさを噛み締めるように笑っている。
そこにいるのは、誘拐された被害者ではなく、本当に束の間の外出を楽しむ老婆だった。
到底アンが彼女を害しているようには見えない。
そもそも、あれほど丁重に背負われている時点で察するべきだったのかもしれない。
「それで、お主らはどうする?」
「へ?」
「アンと敵対し、私をギルドへ献上するか。アンを助け、共に歩むか。どちらじゃ」
「はぁ?!」
急に二択を突き付けられたバルカンは、声を荒らげて困惑する。
しかも“知らんぷりをする”という中間択がない。
どうあがいても、このべらぼうにめんどくさそうな事件に巻き込む気満々である。
「即断即決はお主唯一の取り柄じゃろ。はよ決めなさい」
「は、な、テメエ! 言わせておけば、このババア――」
「ちなみにこの私をババアと呼ぶのは、お主で二人目。一人目は今や行方不明じゃ」
「…………クソが(金切り声)!!」
バルカンは頭を抱え、髪をわしゃわしゃと掻きむしる。
天を仰ぎ、再び頭を抱える。
その工程を三回繰り返した後、苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言い放った。
「チッ!! んじゃ、ついてこい!!」
「ど、どこにですか?」
思わずアンは行き先を尋ねてしまう。
その答え次第では、彼らと敵対することになる。
その時は一か八かでシスターズを起動させ、武力行使へ出るしかないのだが――。
「出口だよ!! 門だ、門!! 抜け道があるから、黙ってついてこい!!」
【今回の用語まとめ】
■三爪傷
バルカン、ヴェイン、キリクの三人からなる狩猟パーティー。かつてアンとゥルルを敵視し、バルカンはアンとの戦闘に敗北した。今回、逃走中のアンたちと再会する。
■狩の王の集団戦術
クストーディスを中心とした集団戦法。個の戦闘力で上回るロンショウに対しても、団員による槍の投擲や援護を組み合わせることで優位を築こうとする。
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※AIの利用について:
・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




