CASE.112「再集結」
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大剣と大斧が交錯する。
大斧が横薙ぎに走り、大剣がそれを打ち返す。
ガキィンッ、と鋼の悲鳴が響く。
それが、わずか三秒の間に二十回以上も繰り返される高速の打ち合い。
互いに全力で得物を叩きつけるだけの、単純にして凶悪な力の交換。
まるで振り回しているのが巨大な剣と斧ではなく、軽いナイフであるかのように、凄まじい剣戟が繰り広げられていた。
「おい、見ろ! ロンショウとクストーディスがやり合ってるぞ」
「やっぱすげえ……」
「得物が見えねえ……ははっ、冗談だろ」
息を呑むほどの激闘へ、横槍を入れる蛮勇を持つ者はいない。
『アグレウス』の団員たちも動く様子がないため、ヘロメロスはどうにかアンの元へ辿り着くことに成功した。
「アン嬢ちゃん、逃げるぞ! ほら、長老も起きてくれ」
「は、はい……」
「お主、私が人質であることを忘れてないかい? ……やれやれ、全く。最近の若者は老人の扱いがなってない……」
ぶつくさと言うミュラーを傍らに、アンは生返事をしてしまう。
彼女はすっかり、ロンショウとクストーディスの激闘へ目を奪われていた。
(これが……戦い……)
刃がぶつかるたびに轟音が鳴り、足元の石畳へバキバキと亀裂が走る。
一撃でもまともに受ければ、アンのようなひ弱な小娘など骨ごと砕け散るだろう。
アンがまともな戦闘を目の当たりにするのは、実はこれが初めてであった。
バルカンとの一戦は、戦いというにはあまりにも一方的。
最初に遭遇したユグドラシルの地滑りも、どちらかといえば災害に近い。
人と人、エゴとエゴのぶつかり合い。ユリスが言うところの、執行官級同士の衝突を見るのはこれが初めてであり、目を離さずにはいられなかった。
「アン嬢ちゃん! 行くぞ!」
「は、はい!」
アンは我に返り、じたばたと慌て始める。
この状況でぼーっとしてしまうなんて執行官失格だと、作戦室の先輩たちへ心の中で謝罪した。
だが、彼女が立ち尽くしていたことは、作戦室の一同にとっては良い方向へ働いている。
アンの視覚情報を共有している都合上、激闘をしばらく観察し、分析する猶予が生まれていたのだ。
「どうやら、先ほどの衝撃波は偶然ではないらしいな」
「ヤベえッスよ。あの二人、マジで執行官級の身体能力ッス。少なくとも準上級以上の戦闘力はあると見積もった方がいいッスね……」
「まさか、他の狩人も同じくらい強いとは言わないわよね?」
ユリスは少し考え、首を横に振った。
「それは考えにくい。ロンショウとクストーディスは、クルキブリでも一、二を争う実力者だからね」
「そ、そうよね……」
「だが、その二人を擁する街が、日々モンスターと戦っている。この世界の脅威を、我々の常識だけで測るべきではないだろう」
「…………」
カイはいよいよ、行方不明となっているドゥーたちが心配になってしまう。
「オラオラオラァッ!! そんなもんかぁ?!」
「………………」
猛攻によって、クストーディスを押し込んでいくロンショウ。
防戦へ回りつつあるクストーディスだったが、それは彼が片手で大剣を振るっているためでもある。
もう片方の手では指文字を作り、待機する団員たちへ指示を出すほどの余裕を見せていた。
「…………(今のうちに、奴らを確保しろ)」
「……御意」
指文字の意味を理解した団員たちが、ぞろぞろと動き始める。
ロンショウはすぐに、その意図を察した。
「おいおい。よそ見してる余裕があるとは、いい御身分じゃねえかよ。あぁん?!」
「片手の私を相手に必死のくせによく吠えますね……そろそろ引退されては?」
「俺が引退する時は……俺が死ぬ、その時だけだぁッ!!」
両者はさらに熱を上げ、剣戟を加速させる。
一方、その隙に動き出した団員たちは、逃げ出したヘロメロスたちの背中を見据えると、一斉に駆け出した。
「ヤベえ、アン嬢ちゃん、ウル坊! 走れ走れ!!」
「はいィ!!」
ゥルルは人型へ戻り、アンに続いて走り出す。
さすがのヘロメロスにも、もう三人を担げるだけの体力は残っていない。
ミュラーだけを肩へ背負い、アンとゥルルには自分の足で走ってもらうことにした。
だが、さすがは『アグレウス』と言うべきか。
彼らもまた、なかなかに速い。
十分に距離を離したつもりが、すでに何人かが迫ってきている。
ただでさえ走るのが苦手なアンを連れ、今のヘロメロスたちが彼らを振り切れるはずもなかった。
「クソが……」
ヘロメロスはふいに足を止め、踵を返した。
「ヘロメロスさん?!」
「へ、ヘロメロスさん?」
突然立ち止まり、あろうことか『アグレウス』へ正面から向き直ったヘロメロス。
アンとゥルルは、思わず彼の名を呼ぶ。
一方、ヘロメロスはミュラーを下ろし、アンの方へ押し出した。
「お主……まさか」
「そうだよ。アンタの考えてる通りだ。さっさとアン嬢ちゃんたちと逃げてくれ」
「ヘロメロスさん!!」
「行けよ、ウル坊ッ!!」
ヘロメロスはナイフを取り出し、迫り来る『アグレウス』の集団へ歩を進めた。
彼は、殿を務めようとしているのだ。
「ヘロメロスさん! ダメです、置いていくなんて!」
「アン嬢ちゃん、今は何もできねえ状態なんだろ?! だったら足手纏いだ!!」
「だけど――」
「行けっつってんだよッ!! ウル坊のこと、頼んだからなッ?!」
口惜しさと悲しみに、アンの目へ涙が浮かぶ。
だがヘロメロスの気迫に押され、涙を拭うと、ゥルルとミュラーの手を取った。
「行くよ、ゥルル。ミュラーさん」
「アンねーちゃん……でも、ヘロメロスさんが……ヘロメロスさんが!」
「ウル坊。ここは辛抱じゃ。彼らが誰のために戦っているのか、今一度考えてみよ……」
「…………うぅっ」
さすがのゥルルも、ここまで来ればヘロメロスが何をしようとしているのか、ぼんやりと理解できる。
全ては、自分たちを逃がすため。
五年前、クルキブリを救うために自分がしたことを、今度は彼らがしているのだ。
ゥルルは必死に感情を押し殺し、アンに手を引かれ、その場を後にした。
(なるほどなぁ……)
ヘロメロスは、その場から離れていくアンたちを見送りながら、一つ納得した。
「こういう気持ちだったのかよ、ウル坊」
それは五年前、命を賭して厄竜という強大な敵の殿を務めた、ゥルルとの記憶。
どうやって生き残ったのかは定かではない。
だが彼はきっと、あの時、このような感情を抱いていたのだろう。
――責任と矜持。
誰かを守りたいという、この感情。
まだ子供であるゥルルがそれを抱いていたとは想像だにしなかったが、今この瞬間、ヘロメロスは全く同じものを胸に抱いていた。
「まあ、こういうのも悪かねぇな」
「そうね。あの時の恩返し、少しでもここで返しましょ」
「そうだな……って、えええッ?!」
あまりにも自然に会話へ馴染んでいたため、反応が遅れたヘロメロス。
彼の横には、いつの間にかサポーニスが立っていた。
ヘロメロスは素っ頓狂な声を上げ、大いに驚く。
「むふふ、その顔が見たかったの♡」
「サポの姉御……なんで……」
「なんでって……ロンが動いて、アタシが動かないわけないでしょうに」
見ればサポーニスは、いつもの煌びやかな袴姿ではなく、かつて狩人として現役だった頃の装備を身に纏っている。
愛用の短刀を腰へ携え、装備全体はぴかぴかに磨き上げられていた。
きっと、いつでも出陣できるように手入れを欠かさなかったのだろう。
そういう人だったと、ヘロメロスは思い出す。
「多分、五年前よりもキツいぞ?」
「あら、そう? 私も五年前とは一味違うけど?」
相変わらずのサポーニス節に、ヘロメロスは安堵から笑ってしまう。
目の前には、現最強の狩人集団が迫っている。
それでも、この三人が揃えば何でもできそうなほど、勇気が湧いてきた。
ちょうど、あの時の対厄竜戦のように。
「じゃあ、一狩りいきますか」
「よっしゃあ、足が鳴るぜぇ!!」
そのまま意気揚々と、サポーニスとヘロメロスは集団へ突撃を敢行する。
それが、その時アンが視界の端に捉えた、最後の彼らの姿だった。
【今回の用語まとめ】
■トライデント
ロンショウ、サポーニス、ヘロメロスらが所属していた、かつての有力狩猟団。5年前の厄竜戦を経て、現在はそれぞれ異なる道を歩んでいる。今回、ゥルルを守るために再び行動を共にする。
■5年前の厄竜戦
クルキブリを襲った厄竜との戦い。ゥルルが仲間を逃がすために殿を務めた出来事であり、今回のヘロメロスたちの行動とも重なっている。
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