CASE.110「走れ、ヘロメロス」
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10秒間に及ぶ、桃色の極太ビームの照射。
熱風がようやく収まると、作戦室の壁には食材や紙の資料が張り付き、椅子はあちこちに転がっていた。狩人たちも、どたどたと床へ倒れ込む。
ヘロメロスがようやく顔を上げる。
光線の軌跡に残る粒子の先――天井には、巨大な穴が開いていた。
骨は焼け溶け、どろりと赤熱した液体が、その縁から滴っている。
(なんだ、こりゃぁ……)
バルカンを吹き飛ばした時は、アンの意外な戦闘力を見て感心した。
だが、これは聞いていない。
何という火力。
クルキブリの心臓とも呼ばれる、このギルドを形作る分厚く頑丈な頭蓋骨。
そこへいとも容易く大穴を穿った威力に、ヘロメロスだけでなく、クストーディスやドクトリウスらギルドの面々までもが唖然としていた。
「(´×ω×`)」「(´×ω×`)」「(´×ω×`)」
「お疲れ様、トリちゃん! ゆっくり休んでね」
シューッと熱を排出する音を鳴らしながら、シスターズはアンの背中へ帰還する。
(この力があれば、ユグドラシルを……)
シスターズの火力に目を奪われていたのは、ヘロメロスだけではない。
ますますアン――正確には、アンの装備に興味をそそられたドクトリウスは、いち早く次の行動に出た。
「クストーディス!!」
「は」
「私のことはいい! あの2人を捕縛しろ!」
「了」
クストーディスはドクトリウスの命令を受け、のっそりと起き上がる。
床から大剣を引き抜き、今度こそアンの元へ歩を進めた。
アンは次にどう動くべきか分からず、ゥルルを抱き寄せながら、クストーディスの歩みに合わせてじりじりと後ずさる。
その瞬間、視界が横薙ぎに勢いよく流れた。
腰から引き寄せられるような感覚。
気付けばアンの身体は、作戦室を見下ろせるほど高く持ち上がっていた。
「ふえ?!」
「逃げるぞ、アン嬢ちゃん!! しっかりウル坊を掴んどけよッ!!」
「ヘロメロス、貴様……」
アンを腰に抱え、大穴の縁へ立っていたのは、やはりヘロメロスだった。
相変わらずの早業と俊足でアンとゥルルを即座に回収し、両手に花――片方はしわがれた老婆ミュラーだが――を抱えたまま、天井の穴まで駆け上がったのだ。
「じゃあな、旦那。あと、ついでにクストーディス木偶の坊。世話になったぜ」
「待て、ヘロ――」
クストーディスの言葉を聞き終えるまでもなく、ヘロメロスは踵を返し、その場から離脱する。
人を3人も抱えているにもかかわらず、彼は屋根を次々と飛び越え、やがてギルド前の広場へ辿り着いた。
通りすがりの人々が見つめる中、ゆっくりとアンを下ろす。
「ハァ……さすがに重ぇや……サボってたツケが……ハァ」
「ヘロメロスさん!」
「アン嬢ちゃん、自分で走れるか?」
「は、はい! ゥルル、おいで」
ゥルルはこくりと頷くと、元のまん丸な粘体へ戻り、アンの腕を伝って頭の上までぽよんっと昇る。
ヘロメロスはミュラーを改めて背負い直し、再び全力で走る態勢を取った。
「ふぅ……暴れんなよ、長老?」
「…………」
「おい、ヘロメロスじゃねえか?! 大丈夫だったか?」
広場にいた1人が、ヘロメロスへ声を掛けた。
その声をきっかけに、ぞろぞろと人が集まり始める。
あの桃色の光は何だったのか。
ギルドの首脳陣は無事なのか。
なぜ長老様を背負っているのか。
人々は矢継ぎ早に問い掛けてくる。
「あぁ、もう! 今はそれどころじゃねえんだよ! 離れろ、おま――」
「ヘロメロォオオオスッッッ!!!!」
「ほぉら、言わんこっちゃない」
凄まじい怒号が轟き、その場にいた全員が声のした方向を見上げる。
ギルドの頭蓋骨、その頂上。
そこには、大剣を手にしたクストーディスが立っていた。
「おわ、クストーディス様だ」
「何かめちゃくちゃ怒ってないか?」
(怒るもクソも、どう見てもブチギレだろーよ!!)
「行くぞ、アン嬢ちゃん!!」
「はい!」
ヘロメロスはアンを連れ、できつつある人だかりから脱出する。
取り残された人々は「?」を浮かべるが、すぐさまクストーディスの方へ視線を移した。
「お前たち、その男を逃がすなッ!! 奴は長老様を誘拐した犯罪者、クルキブリの敵だッッ!!」
「ええ~?」と、民たちは怪訝な顔をする。
いつも喧嘩をしているクストーディスとヘロメロスの姿を見ているため、今回もその延長なのではないかと勘違いしたのだ。
というか、そもそも、あの臆病なヘロメロスがそんなことをするはずがない。
確かに長老様を連れてはいるが、何かの戯れの類だろう。
そう判断した人々は興味を失い、人だかりは霧散していった。
「チッ……(まさか、ここで奴の日頃のへっぴり腰が幸いするとは……)」
「団長!」
作戦室から、団員の1人が声を掛ける。
他の団員たちも装備を整え、いつでも追跡を開始できるよう整列していた。
「いつでも行けます!」
「では、ついてこい。あの馬鹿はミンチにして、家畜の餌にする」
「「「了解ッ!!」」」
そのままクストーディスは膝を折り、地面を叩き割らんばかりの勢いで踏み込んだ。
その反動によって大きく前方へ飛び出す。
大柄な体と重装備からは想像もつかない、人間離れした速度でヘロメロスを追い始めた。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……」
「やっちまった」「なんであんなことを」「何してんだ、俺は」と、何度も頭の中で自問自答を繰り返すヘロメロス。
自慢の脚を高速で回し、ひたすら安寧の地『てるまえ』を目指す。
とりあえず、あそこへ行けばサポーニスがいる。
運が良ければ、あのロンショウクルキブリ最強もいる。
それだけを希望に全速力で疾走するが、ふと後ろのアンが気になり、振り返った。
「大丈夫か、アン嬢ちゃん。ついて来られ――あれれぇ?!?!」
ヘロメロスは勢いよく急停止する。
彼が見たのは、遥か後方をとろとろと走るアン。
頭の上ではゥルルが必死に応援しているが、当のアンはひいこら言いながら、脚を懸命に前へ動かしていた。
「アンねーちゃん、頑張って!」
「ふ、ふええ……」
「アン嬢ちゃん、大丈夫か?! どっか怪我してんのか?!」
「だ、大丈夫です~。ピンピンしてまぁ~す……ハァ……ハァ……」
典型的な女の子走りのアン。
その速度は、ヘロメロスからすれば亀のごとし。
あまりにも遅い。
(おいおい、まさかアン嬢ちゃんって、めちゃくちゃ運動音痴――)
直後、アンよりもさらに遥か後方で、爆発音が鳴った。
砂埃と砕けた石畳が天へ舞い、何者かが凄まじい勢いで地面へ降り立った姿を、ヘロメロスはかろうじて視界へ収める。
「うおいおいおいおいおいおいおい! こりゃ、本格的にまずいぞーー!!」
「ふえ?」
「んむ?」
後ろを見て顔色を真っ青にするヘロメロスが気になり、アンと、その頭上のゥルルも振り向いてしまう。
すると、空気中を舞う砂埃の中から、全身をフルプレートで覆った巨体が飛び出してきた。
「「きゃあぁーーーーッッ?!」」
クストーディスの猛追に気付いた2人は、悲鳴を上げながらさらに速度を上げる。
だが、亀が全力を出したところで亀の域を出ない。
ヘロメロスからすれば、一瞬で追いつかれてしまうほど悠長な走りだった。
「あぁ、もうクソ! 恨むぞ、サポの姉御!!」
ヘロメロスは即座にアンの元へ戻り、彼女を荷物のように肩へ担ぎ上げる。
アンは「わぁ?!」と素っ頓狂な声を出し、ゥルルはヘロメロスのモヒカンの上へ乗っかった。
「ちっきしょうめええええええええ!!」
アンとゥルル、それにミュラーまで抱えたヘロメロスは、再び爆走する。
肩へ担がれたアンは、激しく揺られながら、追い掛けてくる恐ろしき狩人の姿をしっかりと視界に捉えてしまった。
「うぇあ?! ヘロメロスさぁん、来てますよぉ!!」
「んなこと分かってらぁ!!(アン嬢ちゃん、結構重ぇんだよ!!)」
「ヘロメロスさん、頑張って~」
「今、絶賛頑張ってらぁッ!!(ウル坊、ちょっとは手伝え!!)」
さすがのクルキブリ最速のヘロメロスをもってしても、これだけの荷物を抱えていては、なかなか速度が出ない。
それはヘロメロス自身が一番よく分かっており、背後から迫りつつある殺気に、心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われる。
「誰かぁああああ!! 助けてくれぇええええ!! クストーディスに襲われるゥウウウウッッ!!」
「ヘロメロオォォォォスッッ!!!!!」
「いやああああああああああ!!」
絶叫しながら通りを爆走する一同。
行き交う人々は「またお前らか」と笑い、助ける素振りも、捕まえる素振りも見せない。
ヘロメロスとクストーディスは、奇しくも同じ人々へ大いに苛立っていた。
(ちょ、誰かマジで助けてくれない?!)
(なぜ誰も奴を捕まえんッ?!)
ヘロメロスはかなりの荷物を抱えているものの、クストーディスもまた重装備。
徐々に距離を詰めてはいるが、それでもなかなか追いつけない。
さすがは“走力”だけなら、あの最強の狩人に匹敵すると言われるだけのことはある。
(だが、行けるッ!! このペースなら、ロンショウの旦那の元へ――)
ヘロメロスの頭に浮かんだ、僅かな希望。
立ったばかりのフラグを瞬く間に打ち砕くように、彼の頭上を何かが通過した。
「へ?」
「え?」
「む?」
飛来した何かを目で追うこともできず、3人は間の抜けた声を出す。
ズガンッ!!
進行方向へ深々と突き刺さったソレを見た瞬間、3人の表情が一気に青ざめた。
「ヤベえ、本隊も来ちまったッ!!」
それは、地面へ深々と突き刺さった、巨大な槍とも矢ともつかない何か。
ヘロメロスとゥルルには、大いに見覚えがあった。
「わぁー、ヘロメロスさん! 『アグレウス』が来たよぉ!!」
「分ぁーってるッ!! 分ぁーってるから、いちいち言わんでいい!!」
――狩の王アグレウス。
現在、ロンショウを抑えてクルキブリ最強とも噂されるクストーディスが団長を務める狩人集団。正式名称は狩猟団『アグレウス』。
その規模と実力から、人々には“狩の王”と呼ばれている。
通常ならば5、6名で組むはずのパーティーだが、狩の王アグレウスは総勢100名を超える屈強な狩人によって構成されている。
もはやパーティーなどという生易しい表現は適さない。
一人一人が、他のパーティーであれば即座にエースとなる実力者。
そんな猛者が100人以上集まれば、もはや一つの軍隊だ。
そのため、狩の王アグレウスだけは“団”と呼ばれているのだが、今はそこが重要なのではないだろう。
問題は、先ほど飛んできた槍とも矢ともつかない何かである。
「ゥルル、アレ何!?」
「ヘロメロスさん、ヤバいよぉー!!」
ヘロメロスたちの後方。
クストーディスのさらに後ろへ、先ほどと同じ、槍とも矢ともつかない武器を手にした軍勢が続々と集まりつつあった。
それを見たアンは戦慄し、思わずゥルルへ説明を求めてしまう。
「クストーディスさんのチームは、ああやって槍さんを投げるのが得意な人がいっぱいいるんだよ!!」
「へ、へぇ~……」
そこへ、なぜかミュラーの解説も加わる。
人質にされている当人とは思えない、何とも呑気な口調だった。
「投擲、射撃に特化したのが、クストーディス率いる狩の王アグレウスじゃ。初めに牽制し、一定の場所まで追い込んだ獲物へ、最後はクストーディスが止めを刺す。RAC由来の必殺戦術じゃ」
「あ、勉強しました! オペレーター“ウェールズ”ですね!!」
「ほう、正解じゃ。今でも使われているというのは驚きじゃの」
「解説どうもありがとよ、ババア!!」
訳の分からない話を背中越しに繰り広げられ、ヘロメロスは恐怖と怒りで半狂乱になっていた。
すると、次々と槍や巨大な矢が降り注ぎ、ヘロメロスのすぐ近くへ、ズガズガと連続で突き刺さる。
その光景を目にした通行人たちは、ようやくただの喧嘩ではないと悟り、悲鳴を上げて道の両脇へ散った。
「あっぶねええッ! アン嬢ちゃん、あれ出してくれ!!」
「アレって何ですか?!」
「アレだよ、青い壁みたいなん!!」
「今、トリちゃんたち冷却中で、バリアは当分無理ですゥー!!」
「うぉおおおい?!」
「ごめんなさぁい(´;ω;`)!!!」
上空から矢が障害物のように降り注ぎ、ヘロメロスはさらに減速する。
クストーディスの足音も、すぐ後ろから聞こえ始めた。
いつ自分の身体が背後から撫で斬りにされてもおかしくない距離まで、追いつかれつつある。
ヘロメロスは必死に走るが、攻撃を避けるだけで精一杯。
槍が当たるか、転ぶか、真っ二つにされるか。
どれが最初に来てもおかしくない状況だった。
シスターズも冷却中であり、今のアンは、ただの少し重めの装備を着た女の子。
あとは人畜無害なスライムと、しわしわの老婆だけ。
いよいよ、ヘロメロスは逃げ切れないことを悟り始めた。
(あ、あばよ『てるまえ』……俺の我が家よ……最後に1回だけ、姉御の飯を――)
だが直後、背後へ巨大な岩でも落下したかのような衝撃が走った。
バゴォンッという、クストーディスの着地すら上回る衝撃波と轟音が鳴り響き、ヘロメロスは大きく前方へ転んでしまう。
「何だぁ?!」
「いやぁーっ!!」
「わわわわわわわ!」
抱えた3人を庇うように、地面を滑っていくヘロメロス。
ようやく勢いが止まり、ボロボロの姿で地面へ仰向けに寝転がった。
槍による攻撃だろうか。
そんなことを考えながら、ヘロメロスは空を見つめる。
今日はいつにも増して、真っ暗な夜空だ。
ヘロメロスは今度こそ最期を覚悟する。
目を閉じ、いつあの大剣が振り下ろされてもいいように、身を固くした。
だが、なぜか一向にクストーディスが迫ってくる気配がない。
彼は呻き声を上げながら瞼を開き、クストーディスたちが来るはずの方向を見た。
その瞬間――彼の目から、大粒の涙が溢れ始める。
「よう、ヘーロー。良い走りっぷりだなぁ」
「あ、あぁ!!」
「貴方は……」
クストーディスと、地面へ倒れ込むヘロメロスたち4人の間へ割って入るように佇む、一際大柄な男。
太い腕。
太い脚。
巨大な体躯。
赤黒い髪の先端を装飾品で束ねた、特徴的な姿。
それは、ヘロメロスが待ちに待った彼自身のヒーローの姿だった。
「ロンの旦那ぁ!!」
「ロンショウ殿……」
「おいおい、何か面白そうなことやってんじゃねえか。俺も混ぜてくれや」
【今回の用語まとめ】
■狩の王
クストーディスが団長を務める、クルキブリ最大級の狩猟団。総勢100名を超える精鋭で構成され、通常の狩猟パーティーとは一線を画す戦力を誇る。投擲・射撃を得意とする。
■オペレーター“ウェールズ”
RAC由来の戦術。遠距離からの攻撃で標的を牽制・誘導し、追い込んだところを主戦力が仕留める。現在の《アグレウス》も類似した戦法を採用している。
■《トリリウムシスターズ》の冷却
出力5%のレーザーを10秒間照射したことで、シスターズは冷却状態へ移行。防御用バリアも一時的に使用できなくなり、アンの戦闘能力が大きく制限されている。
■ロンショウ
クルキブリ最強とされてきた狩人。ヘロメロスにとって憧れの英雄的存在。クストーディス率いる《アグレウス》に追い詰められた一行の前へ姿を現した。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




