CASE.104「長老ミュラー」
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「……ッッ」
声を噛み殺し、戦闘モードへ移行しかけたシスターズを必死に制止するアン。
心臓がばくばくと鳴る。
全身へ血が駆け巡るのが分かるほど、その鼓動が耳の奥で響いていた。
「え?」
作戦室も同様に、ミラたちは凍りついていた。
「い、今この婆さん、“転生監査機関”って……」
「…………ふむ」
「いや、さすがに……。きっと聞き間違いか何かよ――」
「……転生監査機関」
「ほらぁ!! 今言ったでしょ、ねえ?! 今言ったッスよ、カイ姐!!」
「…………」
ミュラーは、先ほどよりもはっきりとした口調で“転生監査機関”と言い放った。
それにより、カイの抱いていた「聞き間違い」という一縷の望みは瞬時に砕け散り、彼女は押し黙ってしまう。
「なぜ彼女が転生監査機関を……過去にイシス神と対峙したであろう執行官と何か関係が……いや、それともただの接触者か……うーむ、面白い」
「「面白くない!!」」
カイとミラから同時にツッコミを受けるユリス。
彼もまた、この異常事態を受け、再び熟考モードへ入ってしまっていた。
「どういうことッスか?! なんでこの婆さん、アタシらのこと――」
「しっ! ミラ、黙って! 何か言ってるわ……」
ミュラーが何か続けて口にしている。
その一言一句を聞き逃すまいと、カイとミラは耳へ全神経を集中させる。
それはアンも同様だった。
(お、落ち着かなきゃ……まずはお茶を一杯……って、これ毒が入ってるかもなんだった(´;ω;`))
「お主……」
「ひゃ、ひゃい!!」
「お主、何者だ」
ひどくしわがれた見た目に反し、その声にはしっかりと芯が通っている。
まじまじと見つめられ、その眼光に圧倒されたアンは、頭をフル回転させ、乏しい語彙の中から次なる言葉を探した。
「え、えええと、流浪の旅人のアンです!! ただの旅人です!!」
(アンちゃん、それはちょっと厳しいッスゥ~~!!)
(あの子には今度、話術を叩き込まなきゃね……)
アンの素っ頓狂な返答に、ミュラーは一時停止する。
そして少し考え込んだ末、改めてアンへ尋ねた。
「質問を変えよう……所属を教えてはくれまいか」
「しょ、所属……?! ななななんのことですかぁ?!」
「…………」
「ʅ(´- -`)ʃ」「ʅ(´- -`)ʃ」「ʅ(´- -`)ʃ」
あまりにも下手な嘘に、シスターズは「やれやれ」と呆れ返っている。
ミラたちも白目を剥いており、アンのあまりにも下手くそな知らんぷりに、本日二度目の度肝を抜かれていた。
「……ふむ。では、アンとやら」
「は、はい!」
「ちと、こちらへ来てくれるか」
「へ?」
アンの思考が停止する。
こちらへ来いとは、どういうことだろうか。
これは罠か。
拒否すべきか。
それとも、潔く言う通りにすべきか。
そうした疑問が頭の中へ溢れ返り、思考回路はショート寸前となる。
だが、ドクトリウスはにこにこと「どうぞ、長老の元へ」と促しており、頼りのヘロメロスは腕を組んで不貞腐れ、肝心のゥルルは三杯目のお茶を堪能していた。
(ひい~、助けてミラ先輩~~!!)
アンは恐る恐る近づいていく。
念のため、背中のローブの下ではシスターズが自ら戦闘モードへ移行し、誰かが不自然な動きを見せた瞬間、即座に迎撃できる態勢を取った。
「すまないね。この歳にもなると、どうも視界が悪くて……」
「あ、あはは……」
アンは口角を引きつらせながら、どうにかミュラーの前へ辿り着く。
誰も止める様子がないことがかえって怪しく、アンの心臓はさらに鼓動を速めていった。
「アンよ」
「はいい!!」
「ちょっと後ろを向いてくれぬか」
「うええ?!(絶対、後ろからプスッとされるやつだ!)」
「(っ `-´ c)」「(っ `-´ c)」「(っ `-´ c)」
だが、身体は自然と動いてしまう。
装備だけはいっちょ前でも、心まではまだ十分に執行官となり切れていないアン。
恐怖とパニック、混乱と不安によって、身体の制御が利かなくなっていた。
よってシスターズは最大限まで警戒を強め、ミュラーがわずかでも不自然な動きを見せれば、即座にレーザーを放てる形態へ移る。
「…………」
「あ、あのー……これは何ですかぁ??」
「ちょっとお黙り」
「はいい!!」
ミュラーは何か物や武器を手に取るでもなく、アンのローブ、その中央に刻まれた“RAC”の文字を、まじまじと見つめていた。
そっと手で触れ、その感触を確かめる。
それが一分ほど続いた、その直後。
突如としてミュラーの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「長老!」
「長老様ッ!!」
長老の異変に、待機していた護衛、そして狩猟団『アグレウス』の団員たちが次々と武器を構える。
「武器を収めろッッ!!」
クストーディスの怒号。
全員が即座に武器をしまい込み、ついでにアンとゥルル、ヘロメロスの三人がぴょんと跳ねた。
「申し訳ない、アン殿。そして長老様、いかがなされた」
「長老……ミュラー婆……どうかしたのかい?」
「遂に……遂に来た……来てくれた……」
ドクトリウスがミュラーの背中を擦る。
それでもミュラーは、震えながら大粒の涙を流し続けていた。
ミュラーは両手を合わせ、まるでアンを崇めるかのように祈りを捧げている。
アンはもう、何が何やら分からず困惑するばかり。
作戦室でも、誰一人として言葉を発せずにいた。
しばらくして涙が収まると、ぐしゃぐしゃになった顔を職員に丁寧に拭いてもらい、ミュラーはようやく再び口を開いた。
「……いや……すまないね。つい感極まってしまって」
「長老が泣くところなんて初めて見たよ……。で、一体何が?」
「うむ……。アン殿、もうよい。こちらを向いておくれ」
「ふぁ、ふぁい~」
精神的に摩耗し、すっかり疲弊してしまったアン。
彼女はゆっくりと身体の向きを反転させ、ミュラーと対面する。
すると目の前には、先ほどとは打って変わって優しげな目をした老婆が、笑顔でアンを見つめていた。
「……あ、あの――」
「驚かせてすまないね、執行官のお嬢さん」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?(くぁwせdrftgyふじこlp!?)」
立場まで言い当てられ、アンは訳の分からぬ奇声を、心と口から同時に放った。
ミラとカイも面食らっており、ユリスは目を見開いている。
「ちょちょちょちょ、何なんスか、この婆さん?!」
「なんで執行官を知って――……ユリス!」
「ふむ」
カイは頭脳担当であるユリスに、考察を丸投げする。
だが、意外にも助け舟を出したのは、後ろで退屈そうにふんぞり返っているヘパーだった。
「馬鹿だな、オメエら。RACと接触したことがあるか、RACの関係者か、そのどっちかだろ。普通に考えてよ」
「馬鹿、そんなこと分かってるわよ!! だから彼女の正体を今、ユリスに――」
「第零執行部隊」
「……は?」
ユリスが、一言だけ呟いた。
カイは固まり、モニターを凝視するユリスを見つめるだけで精一杯だった。
「アンタ、何言って……第零はもう全滅したはずじゃ――」
「そうだ……僕はなんて浅はかだったんだ……なぜ、それを最初に考慮しなかった……!」
ユリスが、ぶつぶつと独り言を呟いている。
頭の中を整理するように、自分へ言い聞かせるように早口で言葉を零しており、カイの声すら届いていないようだった。
「ミラオペレーター」
「は、はい!」
急に名を呼ばれ、ミラは勢いよく返事をしてしまう。
「彼女の……個体名“ミュラー”の生体情報を精査してほしい」
「い、今ッスか?!」
「今だ。アン執行官へ、シスターズの協力を要請してほしい」
「わ、分かったッスよぉ~!」
何が何だか分からないまま、ミラは解析を始める。
同時に彼女からの要請を受け取ったアンも、訳が分からないまま了承した。
「あ、あの……」
「何かね? もしや執行官ではなく、フィクサーかの?」
「少々お待ちくださいね」
するとアンの背中からシスターズが浮遊し始め、その頭上で待機する。
護衛たちは再び武器の柄へ手を掛けるが、クストーディスがそれを制止した。
「これはこれは。何とも奇妙な……!」
「…………これは、もしやVABOの……」
「トリちゃんたち、“探索”集中モード!」
「(╹▽╹)」「(╹▽╹)」「(╹▽╹)」
三体のシスターズは、その場でくるくると回り始める。
すると、緑色のレーダーのような光が辺りを照らし始め、やがてミュラーの方へ収束していった。
「アンさん……これは一体?」
「ご、ごめんなさい! ちょっとお時間をください!」
「何をしているかだけ――」
「ドクトリウス、静かに」
「…………了解」
ミュラーの指示を受け、ドクトリウスは渋々引き下がる。
それでも、視線はシスターズに釘付けである。
感謝の意を示すようにアンがぺこりと頭を下げると、ミュラーは笑顔で応えた。
「よーしよしよし! さすがシスターズ。めちゃくちゃ解析が早いッス」
「それは結構。では、彼女の種族分類を教えてほしい」
「種族? 人とかエルフとかッスか?」
「そうだ」
「うーい……(何言ってんだ、この眼鏡)」
ミラはひとまず、彼の言う通りミュラーの種族情報を解析する。
シスターズのおかげか、結果はすぐに表示された。
その瞬間、ミラの表情が強張る。
「えっ……」
「何、ミラ?! 何て出たの?!」
「その……それが……」
モニターが示したもの。
それは、あり得ないはずの結果だった。
ミラは震える声で、ユリスの求めていた答えを恐る恐る口にする。
「この人……“基底界人”ッスよ……」
【今回の用語まとめ】
■ミュラー婆の正体
《トリリウムシスターズ》による生体解析の結果、ミュラーの種族分類は――基底界人と判明した。
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