CASE.100「アン執行官」
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「あ”あ”??」
ぎりぎりと、バルカンはハンマーを握る拳に力を込める。
心底、腹立たしかった。
自身の家族と脚を奪ったモンスター。
そのモンスターを庇う、正体不明の女。
この女が何者であろうと、目の前でゥルルを庇うその姿が、ひどく癪に障る。
「んだよ、女コラ。テメエにその粘体が無害だって証明できんのか、あぁーん??」
「できます!」
「ちょ、ちょいちょい、アンちゃん……落ち着きなはれ――」
「「ヘロメロスさんは黙っててください!!」」
「あい、すみません」
割り込もうとした矢先、2人から同時に拒絶されたことで、ヘロメロスはしくしくと体育座りで引っ込んでいった。
「ゥルルは良い子です! 現に5年前助けてもらったんでしょう?!」
「だーかーら! それが罠って可能性もあるだろうがって話だ、馬鹿が」
「じゃあ、見てください!」
アンはローブを翻し、ゥルルを前へ出す。
ゥルルは「??」という顔で、呆然とバルカンへ向き合う。
「アンねーちゃん?」
「ゥルル、元の姿に戻って?」
「んえ? 今?」
「うん。大丈夫だから。私を信じて!」
【アン、あなた何を――】
するとゥルルは、ぷるるんと身体の形状を変化させ、本来の可愛らしい丸っこいスライムへ戻る。
その姿を見た野次馬たちは、再びざわめき始めた。
ゥルルがスライム――新たに発見された粘体型のモンスターであることは、5年前にロンショウによって大々的に公表された。
その時は街の危機が去ったことで浮かれていたこともあり、彼を可愛らしい、まん丸の英雄だと誰もが崇め奉った。
だがこうして、久しぶりに彼の本来の姿を目の当たりにすると、やはり彼がモンスターであることを嫌でも再認識してしまう。
そうした疑念と不安の視線を浴びせられ、ゥルルはたまらず身体を委縮させる。
【アン、何を――】
「ゥルル、猫ちゃん!」
「………………??」
意味が分からず、ゥルルは頭上に、身体の一部で「?」マークを作る。
バルカンも訳が分からず、「あ?」と言葉を失っていた。
そしてアンがゥルルへこそこそと何かを伝えると、ゥルルは「!」というマークを作り、バルカン、そして民衆へと向き直る。
「おい、コイツら何か企んで――」
「いくよ、ゥルル! 猫ちゃん!!」
「にゃん!」
ゥルルは自身の身体の形状を変化させ、猫耳を作った。
「……………………?」
「………………………?」
「……………………?」
【……】
訳が分からない。
そんな顔を、その場の全員が浮かべる。
無論、作戦室も同じであり、カイとミラは再び額へ手を当て、ユリスはまたもやコーヒーを吹き出す。
相変わらずヘパーは大笑いしており、どうやら完全にツボへ入ってしまっているようだ。
「…………は?」
【…………あら、可愛い】
ようやくバルカンが声を絞り出すと、容赦なくアンが追撃を仕掛けた。
「ワンちゃん!」
「わんわん!」
「ウサギさん!」
「ぴょんぴょん!」
「クマさん!」
「ばお~!(?)」
アンの掛け声と共に、ゥルルがぽんぽんと身体の形状を変えていく。
まるで芸だ。
次々と移り変わるゥルルの姿に、まず子供たちが食いついた。
その笑い声につられるように、先ほどまで険しい顔をしていた大人たちの中にも、思わず頬を緩める者が現れ始める。
心なしかイシスも楽しんでいるようだった。
「ニワトリ!」
「こけこー!」
「カニ!」
「ちょきちょき!」
【……あらあら、まあまあ♡】
「ま、まさかアンちゃん……」
「はぁ~~~……ウチの執行官は、なんでいつもこうなの……」
「ブーヒャヒャヒャッ!! 最高だぜアイツ!! なあ、カイwww? 俺ぁアイツが気に入っちまった!!」
「あなたは笑いすぎ!」
アンの声に合わせ、間断なくゥルルが姿形を変化させる。
大衆の輪が徐々に狭まり、ヘロメロスも次第にアンの意図を察し始める。
もっとも、全員が警戒を解いたわけではない。
腕を組んだまま様子を窺う者もいれば、遠巻きに眉をひそめている者もいる。
それでも少なくとも今は、ゥルルが「モンスター」であることよりも、目の前で繰り広げられる奇妙な芸の方へ意識を奪われている者が多かった。
「て、テメエら離れろ!」
「邪魔だぞ、バルカン」
「な、んだとコラァ?!」
「肩幅無駄に広いんだよ! しゃがんでくれ、ウル坊が見えねえ」
「ア”ぁ”ッ?!?!」
「というか、風呂入れよお前。ちょっと臭うぞ」
「入ってるわ、クソが!! 毎日朝晩ッ!!」
人混みに巻き込まれ始め、バルカンもたじたじになっている。
アンは、少なくとも場の空気がゥルルへの敵意から興味へ傾いたことを確認すると、止めを刺しにかかった。
「ゥルル、人間!!」
「ほい!」
ゥルルは宙へ飛び出す。
すると、ゥルルはヒトの姿――淡紅色の短髪の少年へ戻り、その足元へビュンとシスターズが移動する。
「おわー、なんだありゃ!!」
「すげえ、浮いてるぞウル坊!!」
「どういう原理だありゃ?! 翼がねえぞ?!?!」
「すごいぞ、ウル坊ー!」
「ウル坊、可愛い~♡」
【♡♡♡……】
全員が、興味津々に、シスターズの上で起立するゥルルを見つめる。
ある者は愛着の視線を。
またある者は、度重なる変化芸への関心を。
そしてある者は、羨望の眼差しを。
先ほどまで群衆を覆っていた警戒の空気は、少しずつ薄れていた。
もちろん、未だゥルルを疑う者もいる。
だが少なくともこの瞬間、彼を「モンスター」という一括りだけで見ている者は少数派になっていた。
代わりに響くのは、拍手と大喝采。
打って変わり多くの賛辞と賞賛を浴び、ゥルルはシスターズの上で照れたように頬を赤くする。
静かに彼を地面へ下ろすと、ゥルルはすぐさまアンの元へ隠れた。
「どうですか? これでもゥルルは危険なモンスターですか??」
「…………いや……だから、別にこれとそれは関係ねえ……」
「………………」
「……く」
議題をいきなり戻され、アンの元へ集まった民衆が、それぞれ顔を見合わせる。
先ほどまで笑っていた者の中にも、答えを濁す者はいた。
可愛いと思うことと、恐怖を捨てることは、どうやら別の話らしい。
すっかり人混みに囲まれたバルカンは、アンの元へ辿り着こうと、ぐいぐいと群衆を掻き分けていた。
「ゥルルはモンスターだけど、この街の誰かを傷つけましたか?! この子のどこが危険なんですか?!」
「「「………………」」」
【アン……】
「それとも、クルキブリはこんなちっちゃい子に負けちゃうくらい、弱いんですか?」
「「ッッ!!」」
今度は別の感情を刺激され、民衆たちが次々と怒声を上げ始める。
「ふざけるな!」
「お前にクルキブリの何が分かる!?」
「クルキブリが、こんなチビに負けるか!!」
「じゃあ、大丈夫っ!」
民衆は、ぽかんとした。
「クルキブリは強い!! ゥルルは可愛い!! それでいいじゃないですか!」
ヘパーが椅子から転げ落ちる。
カイは天井を見上げ、ミラは顔を引きつらせていた。
「アンちゃん、それはちょっとよく分から――」
「ヘロメロスさんは黙っててください!」
「あい、すみません……」
思わず口を挟んでしまったヘロメロスだが、またもや一蹴され、唖然とする民衆の中へ引っ込んでいく。
「あなたたちは強いんですよね?! じゃあ、それでいいです! ゥルルを安心してお任せできます!!」
「な、なーに言ってんだ、テメエ?!」
ようやくアンの元へ辿り着いたバルカンが、声を荒らげた。
「さっきから好き放題言いやがって……ガキの駄々が通用するとでも――」
「ゥルルは可愛い! クルキブリは強い!! だから問題ないです!!」
「んなアホなことがまかり通ってたまるか、馬鹿野郎が!!」
「問題ないですもん!!」
「あるわ、クソガキ!!」
「ない!」
「ある!」
「ないないないないないない!!」
「あるあるあるあるあるある!!」
「ないないないないないないないないないないないない!!!」
「あるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるある!!!」
まるで子供の口喧嘩。
誰かが吹き出すと、それを起点に笑いが伝播し、次々と野次馬たちが吹き出し始めた。
ただし、全員ではない。
笑いながら眺める者の後ろで、腕を組んだまま黙り込む者もいる。
バルカンの言い分を完全には切り捨てられない人間も、確かに残っていた。
一方、2人は前のめりになり、言い合いに夢中になっているため、自分たちが笑いの的になっていることに気付いていない。
「あーwww マージで最高だぜぇ、ウチの新米執行官様はよぉwww 腹いてぇwww」
「…………」
「オメエにもこんくらいユーモア身につけたほうがイイんじゃねえか、根暗眼鏡よぉ?」
「これはユーモアではなく、ただの天然だヘパー技術官……」
作戦室も笑いに包まれていた。
気絶しているディーテルの顔への落書きに夢中だったインヨウ兄妹も笑っており、ルールーも腹を抱えて蹲っている。
アンとバルカンという男との漫才(?)により収拾がつかなくなる作戦室。
だが、モニター越しに変化があったようで、ミラが涙を拭いながら確認する。
「だぁぁぁあッッ!! ないないないないうるせぇんだよぉッッ!!」
バルカンがハンマーを振り上げ、胸が張り裂けんばかりの凄まじい怒声を上げる。
そこには確かな殺意が込められており、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように、バルカンから距離を取った。
「お前がごちゃごちゃ言おうが、関係ねぇんだよぉ……」
「……」
「モンスターは、俺から家族を、脚を奪ったんだ……」
「…………」
「ヴェインは故郷を燃やされ、キリクは目の前で嫁を食い殺されたッッ!!」
「それはそれ、ゥルルには関係ないです!!」
「うるせぇえッッ!!」
裁判官が場を鎮めるがごとく、バルカンは何度もハンマーを地面へ叩きつける。
だが彼を責め立てる者は誰もおらず、再び気まずそうに顔を伏せ始めた。
先ほどまで笑っていた者たちも、今度は笑わない。
バルカンたちが受けた傷が、冗談では済ませられないことを知っているからだ。
「俺らは身をもって知ってんだ!……モンスターってのは狡猾で、残忍で、どこまで行っても俺らの敵なんだよ!!」
彼らは、バルカンたちの過去を知っているから。
嫌でも、モンスターの脅威を知っているから。
取り巻く人々はバルカンを責めることも、アンを支持することもできない。
ゥルルへ好意を持つ者ですら、彼の言葉を真正面から否定することまではできなかった。
そしてバルカンの悲痛な訴えへ共感する者も確かにおり、数人が怒りに拳を握り締めていた。
「だから俺は……お前を信用しない。お前らをぜってえ信用しねぇッ!!」
「…………」
「でもクルキブリにはちゃんとしたルールってのがある。言葉じゃあもう、この壁は越えられねえんだ。まだ反論があるってんなら、俺をぶっ殺してから言うんだな」
「……そうですか…………残念です」
アンも、その異能によって、彼の奥底に秘められた悲しみと憎しみを、十分に拾うことができていた。
だからこそ、これはもう言葉でどうこうできる問題ではないということを、彼女がその場の誰よりも理解していた。
――全員が全員、割り切れるわけではないの。
彼女はサポーニスの言葉を思い出していた。
そう。
少なくとも今の自分には、彼らを説得する力はない。言葉がない。
新参者である彼女には、彼らの心を動かす力がまるで足りていない。
だが、もしバルカンが言うように、力もまたこの世界における対話の一つだというのなら、今こそそれを振るう時だろう。
「トリちゃん、戦闘モード」
「アン!?」
「ちょ、アンちゃんッ!?」
「お、さすがのビビりもついにやる気になったか…………コイツは面白くなってきた」
作戦室は、アンの変容にどよめき始める。
カイはヒールをもつれさせ、ミラはモニター前で慌てふためいている。
だがルールーとヘパーは、これから彼らの合同作品――FREYARの本領が見られるということで、腕を組み、堂々と見守っていた。
「アン執行官……執行を開始します!!」
【今回の用語まとめ】
■『三爪傷』の過去
バルカンはモンスターによって家族と左脚を失い、ヴェインは故郷を焼かれ、キリクは妻を目の前で捕食されている。
彼らのモンスターへの敵意は、単なる偏見ではなく実体験に根差している。
■ゥルルの変化能力
スライムとしての身体を自在に変形させ、動物の特徴から人型まで様々な姿を取ることができる。
アンはこの能力を利用し、群衆が抱く「モンスター」という固定観念を一時的に崩そうとした。
■クルキブリの“ルール”
バルカンが口にした、この街に存在する何らかの決着方法。
「言葉では壁を越えられないなら、力で示せ」という価値観が示されるが、具体的な制度・規則については現時点では不明。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




