CASE.099「三爪傷《スカーズ》」
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街を歩く淡い紅色の髪の子供と、この世界の景観を完全に無視したような服装の少女。
昨晩は人混みにもみくちゃにされ、まともに観察できていなかったが、改めて見ても壮観な巨大都市だ。
骸都クルキブリは文字通り、巨大な怪物の死骸を骨組みとして成立している都市だった。
街を支える骨も、物流を支える素材も、人々の生活を支える資源も、その多くがモンスターの遺骸から生み出されている。
その名の通り、死骸の上に築かれた都市なのだ。
だが、そこに漂う空気が死とは程遠いのは、おそらく民の表情1つ1つが生き生きとしているからだ。
早朝にもかかわらず街路には人々が溢れ、荷が行き交い、機械仕掛けの何かが動き続けている。
絶え間なく響く音と熱気が都市全体を満たしており、正真正銘、この街が生きている証拠だ。
(すごい……)
アンはきょろきょろと周囲を見渡す。
シスターズは目立つため背中で待機したままだが、ミラたちも改めて、クルキブリの壮観な景色を画面越しに堪能していた。
「マジ凄いッスね(行ってみてぇ~~!)」
「そうね……なんでこんな大規模な街がマップに反応しなかったのかしら」
「うーん……たしかに」
クルキブリは、アンが入口の門へ接近した途端マップに現れたため、それがミラたちには心残りだった。
ユグドラシルの反応が大きすぎるとはいえ、クルキブリもなかなかの規模だ。
これほどの都市が接近する直前まで無反応だったのが、この世界特有の技術によるものか。それとも何らかのバグか、はたまたそれ以外なのかは定かではない。
(うぬぬ、なんかモヤモヤするッスけど……)
「もしかしたらこの街の骨組みになっている、この……巨大な何かの死体。それの影響かしら?」
「いやー、分からんッス」
「そう……ノルちゃんはどう? ドゥーたちの反応はあったかしら」
ノルハイコとサイモンが、腕でバツ印を作る。
「はぁ……何してるのかしら、あの子ったら……」
「大丈夫ッスよ。どうせヤバくなったらアバドンぶっぱして、それで否が応でも分かるッス」
「……たしかに(本当にやりかねないわ……)」
とりあえず、なんだかんだでドゥーは生きているだろうと楽観視する2人。
するとアンの方で何やら変化があったらしく、騒がしくなっている。
「何かしら」
「なんか、絡まれてますね」
「なんで、こんなところにモンスターがいんだよ!」
ゥルルとアンの目の前に、3人組の男女が立ち塞がっていた。
これ見よがしにハンマーを振り、2人を威嚇する。
「あ、あのあの……」
「バ、バルカンさん……」
「だーれが俺の名前を呼ぶことを許可したんだ、あぁん?!?!」
血のような、黒みがかった赤褐色の髪を乱雑に束ねた大男。
ロンショウのせいで感覚が麻痺しているが、彼もなかなかの巨漢だ。
身長は優に190センチを超えているだろう。
特徴的なのは、頬から顎にかけて刻まれた、深い3本の爪傷。
少なくとも、彼がただのチンピラではないことを示す証だ。
「どの面下げて、ここをほっつき回ってんだぁ? あぁーん??」
「きょ、今日はね! ぼくのお友達をギルドに案内するんだ……よ!」
「へっ、モンスターに友達だぁ??」
ゥルルがバルカンと呼んだ男が、ギロリとアンを舐め回すように凝視する。
「………………」
明らかに、クルキブリのそれではない服装。
全身が黒光りする金属で覆われており、所々から桃色の線が覗いている。
当然だが、見れば見るほど怪しい装いに、バルカンの表情はさらに険しくなる。
「テメエが、このクソガキの飼い主か?」
「え? 私?!」
「テメエしかいねえだろうが!!」
バルカンがハンマーを地面へ叩きつける。
アンはその衝撃に肩をびくつかせると、背中のシスターズが、主を守らんと飛び出そうとしていた。
「( ꐦ◜ω◝ )」「( ꐦ◜ω◝ )」「( ꐦ◜ω◝ )」
(あぁー、ダメよトリちゃんたち!! ここで暴れちゃダメ~~!)
すると、ゥルルの方からも殺気を感じ取り、アンは目の端で彼を捉える。
どうやらその殺気の正体は彼ではなく、彼の中にいるイシスだ。
アン、そしておそらくゥルルにしか分からぬ主神の怒りが、沸々と巨大化している。
どちらかというと、アンはこっちの方が何倍も恐ろしかった。
(だ、ダメですよ、イシスさん~! ステイ! ステイですー!!)
【……フン。まあいいでしょう。この男はいつか肉塊にし、家畜の肥料にでもしましょう】
(そ、それもダメですよぉ……)
「何ボケっとしてんだ、黒ローブこらぁ!!」
「(╬ʘ言ʘ)」「(╬ʘ言ʘ)」「(╬ʘ言ʘ)」
(ぴぃ~~~! 助けて、ミラ先輩~~!!)
アンの意識がこちらに向いていないことを悟り、癪に障ったのか、バルカンがアンのローブをわしっと掴む。
いよいよシスターズも限界が近いのか、背中でごそごそと蠢き始める。
だがそこへ、ひょうきんな声が横から割って入った。
「おうおう、『三爪傷』ゥ~。久しぶりじゃねえかぁ~」
「げっ、アンタは……」
声の正体は、ヘロメロスであった。
おそらく道中で買ったであろう酒壺を呷りながら、いざこざの場へ割って入る。
「元気してたかよ、バルカン」
「う、うす……。ヘロメロスさん……ちわっす」
「おやおや」と、ミラとカイは目を見合わせる。
少しばかり頼りないヘロメロスだが、どうやら力関係では、彼の方がこの屈強な男よりも上らしい。
意外な結果に、2人は少し面白くなってきていた。
「紹介するぜ、アン嬢ちゃん」
ヘロメロスは『三爪傷』の3人を、1人ずつ紹介していった。
「この細い仏頂面の長耳娘が『ヴェイン』だ」
「…………どーも」
ヴェインは、長身細身で灰緑色の髪を持つエルフだ。
髪は片側を丁寧に編み込み、もう片側は独特な模様に刈り上げているという、かなり奇抜な髪型。
かなりの軽装で、肌の露出も多い。
そして何より特徴的なのは、その耳。
エルフ特有の長い耳の片方が、先端から欠けているのだ。
「コイツはな、昔モンスターに耳を食いちぎられたんだ。だが今はそれがトレードマークになってんだから、なかなかイカした女だろ」
「…………どーも」
「で、このちっこいのが『キリク』だ。挨拶しな」
「……こん”に”ち”は」
「すまんな。コイツは顎を砕かれててな。どうも喋りにくいらしいんだ。仲良くしてやってくれ」
キリクと呼ばれた男は、小柄なゴブリンであった。
顔の下半分を兜で隠しており、ヴェインとは対照的に重装備だ。
黄緑色の肌に大きな琥珀色の目を持ち、その瞳はどこか遠い景色を見ているかのように虚ろだった。
「んで最後に、この悪ガキトリオの頭目『バルカン』だ」
「…………」
最後に紹介されたのが、散々アンたちへ突っかかってきたバルカンだ。
肩幅が異様に広く、全身は傷だらけ。
そして何より、左脚が膝から下にかけて存在しない。
正確には義足を装着しており、そこへ刃物を何本も括り付けているため、かなり物騒だ。
「んで、この子はアンちゃん。昨日来たばかりだ。仲良くしてやんな」
「う……うす」
「いや、ごめんなぁ。この馬鹿に何かされなかったか?」
「い、いえ。大丈夫です」
「そうかそうか」
ヘロメロスは安心したように酒壺をもう一口呷る。
すっかりバルカンは大人しくなっており、ヘロメロスにはどうも頭が上がらない様子である。
「ヘロメロスさん」
「ん?」
「なんなんスか、コイツらは……」
「何って……クルキブリの久しぶりの来客だ。我らがウル坊。そんでもって、友達のアン嬢ちゃんだ」
「いや、“我らが”って……いつまでそれ引きずってんスか」
「ん?」
何か雲行きが怪しくないかと、アンはゥルルを庇うようにローブの中へ隠す。
ゥルルは「あったかーい」と、アンの懐の中ではしゃぎだす。
「このクソガ――コイツはモンスターなんスよ?」
「だからどうしたよ」
「5年前、アンタらの仲間を蹂躙した、あの厄竜と同じモンスターなんスよ?!」
「…………」
バルカンの怒声に、いつの間にか集まっていた野次馬たちがざわめき始める。
アンも納得がいかないのか、心が曇り始めており、バルカンの言い分をどうにも不快に感じていた。
それはゥルルも同様で、彼はすっかりアンのローブの中で縮こまってしまっていた。
だが、アンの異能――『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』は、周囲に滲む感情まで拾ってしまう。
深く繋がった相手のように、言葉そのものが聞こえるわけではない。
それでも、ざわめきの中に混じる警戒や嫌悪――そしてバルカンへ同調する感情までは、嫌でも伝わってきた。
少なくとも数人は、彼の言い分を完全には否定していない。
その事実に、アンは胸の奥がきゅっと締め付けられる。
(なんで……)
【蛆共が……】
イシスの怨嗟に満ちた唸り声を聞き、アンは我に返る。
「おめえ、今なんつった」
「だから! コイツはモンスターだって言ってるんスよ!!」
「だからなんだ。そのモンスターに、俺らは5年前救われたんじゃねえか」
「いや、おかしいでしょ!?」
バルカンはハンマーを再び、先ほどよりも力強く振り下ろす。
より鈍い音が鳴り、ゥルルがびくっと肩を震わせる。
アンはその頭を優しく撫でながら、睨み合うバルカンとヘロメロスを見つめていた。
「テメエらも思わねえか?! モンスターがクルキブリをうろついてんだぞ?!」
「おめぇ……」
「「「…………」」」
群衆は黙り込んでしまった。
当然、ゥルルを慕う者が多数派である。
やはり彼が5年前、厄竜からクルキブリを救ったという偉業は彼らの中では伝説となっており、当時はゥルルを英雄視する者もいたほどだ。
だが、年月が経てば、その熱も少しずつ薄れていく。
あくまで彼らは人とモンスター。
元来敵同士の関係であり、それはいつだって変わらない。
そして目を逸らし続けてきたその事実を、バルカンによって叩き起こされ、民衆は面と向かって彼の主張に反対することができずにいるのだ。
「コイツがもし密偵とかだったら、どうする?? クルキブリは、いつ滅んでもおかしくねえんだぞ!!」
「おい、バルカン。おめえ、いい加減に――」
「それは違います!!」
意外な人物――アンに遮られ、ヘロメロスはきょとんとした。
対して、真正面から反論されたバルカンは、その表情をさらに歪ませる。
「なんだよ部外者。まさかテメエ、この粘体の肩を持つって言うんじゃねえだろうな。それとも、オメエもまさかモンスターか?」
「違います! 私は基底界人、ゥルルの友達です!!」
ミラとカイは同時に額を手で叩く。
ユリスはコーヒーを吹き出し、ヘパーが「ガハハハッ」と後ろで豪快に笑った。
「いんた……は?? テメエ何訳わかんねこと――」
「ゥルルはあなたたちの敵なんかじゃないですッ!!」
アンは数歩前へ出る。
「ゥルルは……悪いスライムなんかじゃないッ!!!」
【今回の用語まとめ】
■『三爪傷』
バルカン、ヴェイン、キリクの3人組。
全員がモンスターとの戦いで身体に大きな傷を負っており、ゥルルに対して強い警戒心を抱いている。
■バルカン
『三爪傷』の頭目。黒みがかった赤褐色の髪と、顔を走る3本の爪傷、左脚の義足が特徴の大男。
ゥルルを「モンスター」として危険視し、クルキブリに受け入れられている現状へ強く反発している。
■ヴェイン
『三爪傷』の一人であるエルフの女性。
モンスターによって片耳の先端を失っており、奇抜な髪型と軽装が特徴。
■キリク
『三爪傷』の一人である小柄なゴブリン。
過去に顎を砕かれており、兜で顔の下半分を覆っている。発声にも後遺症が残っている。
■クルキブリに残る“モンスターへの恐怖”
5年前にゥルルが厄竜から街を救ったことで、多くの住民から「ウル坊」として慕われている一方、人とモンスターが本来敵対関係にあるという認識までは消えていない。
バルカンの主張によって、その潜在的な警戒や嫌悪が再び表面化した。
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※AIの利用について:
・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




