第九十九話:電子線描画装置
開発室に戻ると、製図台の前では、西村と関根が乾いた目でマイラー紙と格闘している。
大門と小林は端末を睨みつけ、高村と斎藤は稟議用の資料の山に埋もれて眉間を揉んでいた。
「……戻りました」
忠夫が声をかけると、高村が資料から顔を上げた。
「調べ物は終わったか?」
「ええ。……必要な確認は取れました」
忠夫は平静を装いながら、自席へと向かう。
(証拠はない)
忠夫は席につき、ノートを開くと、さっき自分で書いた文字が目に入った。
『東芝機械』
『NC工作機械』
『ソ連』
忠夫は鉛筆を指で回しながら、じっとその文字を見つめた。
(もし本当に歴史通りに進んでいるなら……確かめる方法はないだろうか)
その時だった。
「やはり、第二次試作まで考えると、マスク費用だけでも結構な額になりますね」
高村の声が耳に入った。
「ああ、それにレイアウトが一発で決まるとは限らない。試作のたびにフォトマスクを作り直すことになるからな……」
斎藤は資料をめくりながら静かに頷いた。
「役員会でも、その点は必ず聞かれるだろう。設計だけではなく、マスク製作や製造プロセスまで含めて説明できなければ説得力に欠けるな」
――試作マスク。
その一言で、忠夫の思考が止まった。
(マスク……?待てよ確か……)
資料室で開いた『東芝機械株式会社 事業概要』のページが脳裏によみがえる。
「……電子線描画装置」
思わず、小さな声が漏れた。
東芝機械は、NC工作機械だけでなく、半導体用の電子線描画装置も手掛けている。
試作マスクの出来を大きく左右する装置だ。
(そうか……これだ)
電子線描画装置なら、設計者が実機確認を希望しても不自然ではない。
描画精度、位置合わせ精度……どこまで微細なパターンを安定して描けるか、自分の目で確かめたい。
(これなら十分に通るはずだ)
忠夫は静かに息を整え、立ち上がった。
「斎藤さん、一つお願いがあります」
その言葉に、高村が怪訝そうに顔を上げた。
斎藤常務も手にしていた資料を置き、わずかに目を細めて忠夫を見る。
「お願い? なんだ、急に改まって」
忠夫は落ち着いた口調で、しかし真剣に続けた。
「今のレイアウトはかなり詰めています。描画精度と位置合わせ精度の限界を、実際の装置で自分の目で確かめておきたいんです。一度、東芝機械の電子線描画装置を見学させてもらえませんか」
少し間を置いて、忠夫は付け加えた。
「それに、役員会でも製造側まで意識して設計していると説明できれば、計画の実現性を示す材料になると思います」
「……電子線描画装置か」
斎藤は腕を組み、しばらく考え込んだ。やがて表情を緩めた。
「……なるほど。確かに製造側の裏付けがあれば強いな」
手帳を開き、予定を確認する。
「……わかった。私も同行しよう。明後日の午後なら時間が取れる。東芝機械の半導体装置部門は沼津にあるはずだ。私から連絡を入れてみよう」
「ありがとうございます」
忠夫が頭を下げると、斎藤はふと思い出したように言った。
「ただ、平日だから佐伯くんは学校か」
「……一日だけ休ませてもらいます。今は、こちらを優先したいんです」
斎藤は小さく頷いた。
「そうか、ご両親にはちゃんと了解をもらっておけよ」
「はい」
忠夫は深く頭を下げ、静かに自分の席へと戻っていった。
(あとは、自分の目で直接確かめるだけだ)




