第九十八話:影の輪郭
東芝本社の資料室は、すでに照明が半分落ちていた。
忠夫は金属棚の間へ足を踏み入れた。空気が少し冷たく、紙と埃の匂いがする。
(……東芝機械)
頭の中でその社名を繰り返しながら、忠夫は「機械事業関連」の棚を順に探した。
しばらく背表紙をなぞっていくと、一冊のファイルを見つけた。
『東芝機械株式会社 事業概要 一九八四年版』
閲覧机に座り、ページをめくり始める。
事業内容のインデックスを指でなぞる。
射出成形機。電子線描画装置。工作機械。
そして――数値制御工作機械(NCマシニングセンタ)。
忠夫の指が止まった。
NC工作機械。
その文字を見た瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
――ソ連。
――潜水艦用プロペラ。
――高精度NC工作機械。
――ココム違反。
「……これだ」
声が震えていた。
……発覚は1987年。ということは、問題はその前に起きていたはずだ。
(いつだ……?確か報道では)
忠夫は目を閉じ、記憶をたぐる。
86年じゃない。もっと前だ。確か——82年から84年……。
背筋の芯が凍りついた。
今は1984年11月。
(……今なのか?)
あるいは、すでに輸出そのものは終わっているのかもしれない。
高精度に加工されたスクリュー。それによる潜水艦の静粛化こそが問題の核心だったはずだ。
忠夫はファイルを閉じ、暗い資料室の中で目を閉じた。
脳裏にハンマーで叩き壊されるラジカセの映像が蘇る。東芝の名前ごと、アメリカに吊るし上げられる光景。
(いや……待て)
アメリカの調査で暴かれるより前に、東芝側が自ら問題を把握できればどうだ。
被害を完全に防ぐことは難しいかもしれない。
しかし、自分たちで見つけるのと、アメリカに指摘されるのとでは、意味が全く違う。
少なくとも、未来を知っている自分が何もしないという選択肢はない。
(そのためにも、まず事実を確かめなければならない)
事実を直接突きつけることはできない。
「未来から来たから知っている」などと言えば、狂人扱いされて終わりだ。
証拠は何もない。部外者である自分に、巧妙に隠された取引の尻尾など掴めるはずがない。
忠夫は目を開けると、胸ポケットからペンを抜き出した。
手元のノートに、
『東芝機械』
『NC工作機械』
『ソ連』
と書き込む。
(だが、戦い方は、あるはずだ)
忠夫はノートを閉じると、早足で資料室を後にした。




