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五十六歳の研究者、中学生から人生をやり直す  作者: 正宗


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第百話:沼津工場

朝の東京駅。


忠夫は斎藤の姿を見つけ、駆け寄った。


「おはようございます」


斎藤は時計を見た。


「ちょうど時間だな。行こう」


二人は東海道新幹線のホームへ向かった。



新幹線の中。


斎藤は手帳を開きながら言った。


「今日は描画精度だけではない。試作マスクを予定通り作れる体制が整うか、装置の評価スケジュールも確認しておこう。役員会で説明する材料になる」

 

「ええ。設計だけではなく、実際に試作マスクを安定して作れる条件まで確認できれば、非常に大きいと思います」


斎藤は手帳を閉じた。


「それと、向こうでは半導体装置部門の責任者が案内してくれるそうだ」


忠夫は小さく頷いた。


そして、窓の外を流れる街並みを眺めながら、忠夫は静かに考えていた。


(東芝機械……何か手掛かりは見つかるだろうか)



沼津。


冬の冷たい海風が吹き付ける東芝機械・沼津工場の玄関では、社長が斎藤たちを待っていた。


社長は深々と頭を下げ、名刺を差し出した。


「東芝機械社長の小林と申します。本日は遠いところをようこそお越しくださいました」


斎藤は笑みを浮かべながら、自分の名刺も取り出して交換した。


「東芝の斎藤です。小林社長、お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。お忙しいところ恐縮です」


「いえいえ。親会社の常務直々のご視察とあって、現場も大変張り切っております。ぜひ当社の設備を存分にご覧いただければと存じます」


社長の視線が、斎藤の隣に立つ忠夫に向いた。


「……こちらの少年は?」


斎藤は穏やかに答えた。


「外部協力者の佐伯君です。今回のCPUプロジェクトで、設計の中核部分を担当していただいています。電子線描画装置の性能を実際に自分の目で確認したいという強い希望があり、同行してもらいました」


社長は明らかに驚きの色を浮かべ、忠夫をもう一度まじまじと見た。


「ほう……それは……失礼ですが、ずいぶんお若い……」


斎藤が軽く微笑んでフォローした。

「ええ、ですが開発陣からの信頼も厚く、私もその実力を高く評価しております」


社長は一瞬言葉を失い、すぐに笑顔を貼り付けた。


「なるほど……それは失礼いたしました。若いのに大変優秀でいらっしゃるのですね。実に頼もしい限りです」


忠夫は一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「佐伯技術研究所の佐伯です。本日はよろしくお願いいたします」



応接室で手短に挨拶を済ませた後、社長は立ち上がった。


「電子線描画装置をご確認とのことですので、工場長と開発部長がご案内します。それと、せっかくですので試作マスク描画のデモンストレーションも準備させています。何かありましたら遠慮なくお申し付けください」


社長は二人に軽く会釈すると、本社棟へ戻っていった。



工場フロア。


重い扉の向こうは、金属が削れる甲高い音と、機械油の匂いが充満していた。巨大な建屋の中に、見上げるほどのNC(数値制御)工作機械が整然と並び、重低音を響かせていた。


工場長がやや誇らしげに説明する。


「こちらが当社の主力の一つである数値制御工作機械です。航空機部品や産業機械、金型など、高い加工精度が求められる分野で使われています」


忠夫は巨大な機械の群れを見つめた。


(これか……)


工場長が続ける。


「現在も国内外から多くの受注をいただいておりまして、生産計画はかなり先まで埋まっています。特に最近は、海外向けの大型案件も動いておりまして」


忠夫は黙って耳を傾けていたが、その言葉をそのままなぞるように、静かに問いかけた。


「……大型案件ですか?」


「ええ」

工場長は少し得意げな笑みを浮かべた。


「実は今、海外向けの大型門型マシニングセンタ(大型加工機)を製作していましてね。当社でも指折りの規模の案件なんですよ。詳細は申し上げられませんが、かなり難易度の高い仕様です」


忠夫はその言葉を聞きながら、工場長が指し示した先——フロアの最奥に据え付けられた、圧倒的な存在感の大型門型マシニングセンタへと視線を移した。


その周囲には出荷準備中の大型木箱が並んでいた。


フォークリフトが動いた瞬間、一つの木箱の輸送ラベルがこちらを向いた。


『KONGSBERG』


その下に、小さく『WAKO KOEKI CO., LTD.』。


(やはり……)


忠夫の背筋を、氷のような悪寒が瞬時に駆け抜けた。


和光交易とコングスベルグ。この組み合わせの意味を、未来を知る自分は痛いほど理解していた。


隣では、斎藤が巨大な工作機械を見上げて感嘆の声を漏らしている。


(……だが、この鉄の塊そのものが証拠になるわけじゃない。本当に探すべきは、この機械を動かす制御ソフトや技術資料、そして記録だ)


忠夫は、ポケットの中で固く拳を握りしめた。


開発部長が歩き出す。


「それでは、目的の電子線描画装置をご案内します。こちらは工作機械エリアとは別の棟になります」


「ええ、お願いします」


忠夫は平静を装いながら、ゆっくりと歩き出した。

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