2-14:触診
何時も通りに外で昼食を食べた後の午後。
僕とエリンは何度目かの交易都市ポンに入る。
町に入る段階では問題なかった。
何時も通り、女の子は特別扱いという形で難なくの入場。
女の子同士の二人旅が珍しいのか、検問の兵士にも顔を覚えられている。
主に食料の買物を済ませ、いざ町を出ようとしたのだが、何やら様子がおかしい。
何時もは都市に入る時にしかない検問が、出口にも置かれている。
「ねえねえ、何かあったの?」
エリンを見ると、何の警戒も無く近くの兵士に今の状況を尋ねている。
もう少し様子を見てからの方がよかったかもしれないのに。
兵士も何時も入口にいる人とは別の人だし、何事も無ければいいが。
「どうもこうもねえよ。逃走中の黒魔道士が女装しているかもって情報が入ってきて大変なんだ」
兵士は凄く面倒そうに、そして若干の怒り口調でこう言っている。
急な事で苛立っているのだろう。
「んで、この町に既に潜伏しているかもってなって、とりあえず出口を封鎖しようとしているところなんだ」
まあ、女装している事がバレているのは仕方ない。
女人しかいないはずの魔法学校に堂々と通っていたのだ。
今も女装しているのではないかと感づかれるのも時間の問題だった。
しかし、正体がバレているわけではないので、まだ慌てるタイミングではないな。
だが、町の出口が封鎖されてしまうのは困る。
仕方ない、悪手かもしれないがもう少し話を聞いて情報を集めるか。
「あの? 出口を封鎖って事は町から出られないのですか?」
僕がそう聞くと、兵士が気まずそうというか若干恥ずかしそうにこう答えた。
「いや、出られるには出られるんだがなあ。その、なんだ、今は止めておいた方がいい」
?
「男かどうか調べるのに、モノがついているかどうかを触って調べているんだ」
「裸にならないといけないのですか?」
だとしたら厄介だ。
モノは切り落としていても、見る人が見れば男だとバレてしまう。
それに、胸も無い。
だから、下半身でバレなくても上半身で疑いをかけられる可能性もある。
ここは、一先ず都市内に潜伏して脱出の機会を待つべきだろうか?
戦士の村の時みたいな身バレした上での強硬策は避けたい。
黒魔法で誰かをいたぶったり殺したりしたいわけではないしな。
「いや、股間を触って調べるだけだ。だがなあ、担当の奴が妙にはりきっちゃって、あれは同じ男としても正直どうかと思う」
ああ、そういう類の奴か。
だったら、大丈夫そうだ。
下手に都市内に潜伏するリスクを取るよりかは、さっさと脱出した方がいいだろう。
「そ、そうですか。ううっ、恥ずかしいけど脱がなくていいのなら」
「どうしても出なきゃいけないのか?」
「私たち、この都市近くの森に住んでいるビルダル様のところでお世話になっているんです」
「何!? あの爺さん、こんな若い娘たちと一つ屋根の下で生活しているのか!!」
何気にビルダル様、この都市で少し名が知られているくらいには有名人なのか。
「そ、そうか。無理に引き留めたりはしないが気を付けろよ。出口でチェックしているアイツ、マジでヤバいから」
「それでは」
「おのれ、あの爺さん。うらやまけしからん!」
では、行くか。
「あっ、待ってよクロエ。おじさん、教えてくれてありがと」
「おじ、って。お兄さんって呼んでくれ」
僕とエリンが都市の出入口に向かうと、果たしてそいつはいた。
女の股間をいやらしそうに触っている見るからにヤバい奴だ。
顔は決して悪くは無くなく整ってはいるが、性格の悪さが顔に出過ぎている。
おまけに態度だけが自信ありげなせいで、更に見た感じの印象が悪い。
簡潔に例えるならば、自分をイケメンだと思っているフツメン。
多分、本人はモテると思っているが実際はモテるどころか若干気持ち悪がられているタイプ。
不相応なその慢心した態度を見ていると反吐が出る。
触られている女の方は蔑む感じで確認役の男を睨みつけている。
が、むしろヤバいのは女性の付き添いにいる父親や夫らしき人物の方。
今にも確認役の兵士の男に殴りかかりそうな雰囲気で苛立っている。
「よし、次だ。おっと、ババアは通っていいぞ。黒魔道士はもっと若いらしいからな、ワハハ」
確認役の男はこんな事を言っている。
僕が老人に変装していたら、どうするつもりだったのだろう?
頭の方も悪そうだ。
だが、この方がやり易い。
「よし、次だ次!」
僕とエリンの番が回って来た。
まずは僕から。
エリンから先にやって万が一にも僕の正体がバレた場合、触られ損だからな。
僕からの方がいいだろう。
「あの、早くしてくださいッ!」
僕は、いかにも恥ずかしそうにしている演技をしながら、ローブをたくし上げて下着を露出する。
こうして誘う様に触らせて、更に油断を誘う。
「よしよし、いい子だ」
男は舐め回すかの様に股間の辺りを触りだす。
「うッ……は、恥ずかしい……」
僕の渾身の恥ずかしがる演技に男はニヤニヤしていて、すっかり騙されている。
「よし、終わりだ。他の奴も彼女を見習って確認しやすくするように」
よしッ!
後はエリンがチェックを受ければ騒ぎを起こさずに、この交易都市ポンを出られる。
「次はお前か。って、この鎧邪魔だなあ。ちょっと脱げ」
確認役の男がそう言うなり、エリンの鎧を強引に脱がせようとする。
「何するんだ、テメー! この変態ッ!!」
エリンはそう叫ぶなり、男を蹴とばした。
「て、てめえ何しやがる!」
「それはこっちの台詞だ!!」
頼むから、ここは穏便に済ませてくれ。
僕はエリンを宥めようとしたが、
「お前、よく見たら体が若干ゴツゴツしているな。ははーん、さてはこいつが女装した犯人だな!」
男がそう叫び、周りの兵士もこちらの方を向く。
ヤバいかも。
と、思ったそのタイミングで、エリンが浮遊の白魔法と敏捷の白魔法を使う。
そして、僕を浮かせて手荷物の様に運びながら素早く出口を通り抜けてしまう。
「逃げるよ、クロエ!」
「逃げる前に言って?!」
後ろからは、出入口の門を閉める音が聞こえてくる。
もう少し、遅かったら出入口を封鎖されていただろう。
よかった。
黒魔法で門を壊す展開にならずに済んだ。
しかし、
「何でお前が男判定に引っかかるんだよ!?」
「そんなの知るわけないでしょ! 後、お前って言うな!!」
いけない、思わず口が悪くなってしまった。
だが、あまり猶予は無い。
都市の外側にいた数名の兵士たちが追いかけてくる。
「走るよ!」
と言って、エリンは僕を引っ張って猛スピードで駆け出す。
白魔法の効果で加速しているため、追いかけて来る兵士たちは追いつけず、引き離されてゆく。
浮遊の白魔法はそこそこ難しいらしいのになあ。
これが使えて、何で治癒魔法が使えないのだか。
「さっきの兵士に、ビルダル様の事を話してしまった。だから、もう戻れない。このまま出発しよう」
「お別れ、言いたかったなあ」
確かに、別れの挨拶ができなかった事は若干の心残りである。
だが、これだけの騒ぎ。
きっと、ビルダル様も僕たちが戻らずに出発した事に気付くだろう。
後で取り調べの兵士たちが押しかけるかもしれないが、仕方ない。
こうして、僕とエリンは交易都市ポンを後にした。
修行もこれで終わりとなる。
後は、前に進むしかない。
これで第二章は終わりです。
次の第三章ではエクスエナとの対峙を書く予定です。
七月中に投稿を開始できるといいなあ。
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