77.勧誘
「「「おかえりー!!」」」
「おかえりなさい。あの街に引っ越すって本当なの?」
3姉妹の熱烈なウェルカムダイブを堪能したのち、クルスたちが旅立った後で心機一転に住処を移そうと考えていた旨を伝えるとすんなり受け入れてもらえた。娘たちに至っては森から外へ出たことがないことで、ひきつけを起こすのでは心配するほど喜んでくれた。
「映像で見たと思うけど、あの城に住もうと思うんだ。かなり広い部屋があったから俺らの住処はソコな」
教会の下の階の一室、装飾品は粗方なくなっていたが当時のゲシュタルト王は一体何を考えたのか、アウラが悠々と座り込める広さのベッドが取り残されていた。例え王であっても人間には贅沢すぎるほど広い部屋を、部下の視点から確認した時はすぐさまアウラたちの寝床にしようと思っていた。
「部屋の外壁はすでに大穴開けてあるから、リウムたちはアウラに着いて行きなさい。寄り道はせずにアウラの言う事を聞くように」
「すでに穴開けてるって、決定事項だったのね。面白そうだから構わないけども」
「城って立派な人が住む場所なんでしょ?やったー!」
「お城ってお父さん王様になるの~?」
「城、ボロボロ、カッコいい」
「王様ではないけど教団のトップにならなれたよ」
久しぶりの遠出に全員翼を勢いよくはためかせ、暴風など生易しい表現だといえる風圧に襲われる頃には1人洞窟に取り残されていた。自身は霊体であるが、クルスたちは毎回大丈夫だったのだろうかと不思議に思いながらもぬかりなく眷属第2号へと連絡をする。
「…ニーシャ、話は聞いてたかい?」
<承知しております。我らの住処までご用意頂き、感謝しきれません>
「たまたまだからね。多分俺がココを出払ったら…まぁその時になれば分かるかな。じゃ、先に転移するよ?」
「宜しくお願いします」
眷属たる妖精たち、そして縄張りに存在する全てのアンデッドの部下を旧ゲシュタルトへと瞬時に送り込む。今頃あの廃都はリアル心霊スポットと化しているのだろうが、誰も住んでいないから問題ないはず。生前の習慣で忘れ物がないか改めて山中を彷徨うように確認し、引っ越しが滞りなく済んだことに満足した時、背後から気配が感じられた。
「…誰だ?」
振り返ると空間が歪みながら灰色の霧を出し、再び景色が戻ったかと思うと1匹の魔物がその場に浮いていた。
「お初目にかかります。私の名はデモンゴ。我らが偉大なる魔王様に仕える忠実な下僕が1人でございます」
お辞儀をするかのように目をゆっくり閉じるが、本当にお辞儀であったのかは本人に聞かねば分からないであろう。デモンゴと名乗る魔物は頭ほどの大きさの目玉から触手を生やす、イビルアイと呼ばれる種族であった。そして魔王、と発言したあたりにろくでもない結果しか予想できなかった。
面倒事の気配を察しながらも渋々彼に返事をする。
「[不死王]リッチ=ロードDEATH。そしてさようなら」
「おっと、そんなに冷たい態度を取らないでもよいではないですか」
慇懃無礼な話し方に苛立ちを覚えるも、リッチには目の前の目玉おばけにある既視感があった。何かは思い出せないが、ニヤニヤ笑うように目を細めるイビルアイは構わずに話を続ける。
「貴方も王を名乗る身分のようですが、所詮は私と同じく一介の魔物にすぎません。しかし、我らが魔王様こそが全ての魔の者の頂点に立つべきお方であることは間違いありません!どうでしょうか?魔王様の配下として一旗挙げてみてわ?上手くいけば幹部候補として」
「ウチは結構です」
思い出した、N○Kだ。もしくは新聞勧誘。
テレビも新聞も見ない我が家に頻繁に訪れる不屈の悪魔。今ならもれなく全員アンデッド化してご近所に平和をもたらせる自信がある…思考が逸れたがいずれにせよ、死後に誰かに仕えようなど思う気にもなれない。即答するも回答に不服だったのか、言葉は単調であったが明らかに不快であったかのように目を瞬く。
「それは困りましたね~。貴方の力もですが、この土地から漏れる強大な魔力は魔王様に献上するに相応しいものでしたのに…では言葉を変えましょう。魔王に仕えてこの土地を献上するか、魔王様の威光を前に消し炭となるか、好きな方を選ばせて差し上げましょう」
「君、そういった選択肢を強制できそうなほど強くなさそうだけど」
「…私は頭脳労働専門ですので」
「ふ~ん……じゃあ魔王とやらに仕えんけど土地はあげるよ」
「ほぅ、逃げられるとお思いで?」
「いや、引っ越し先も見つかったし丁度いいかなって。中古物件で良ければあげるよ」
ばいび~、その言葉と共に目の前の男が消え、同時に激しい地鳴りが起きる。異常な揺れと目の前のアンデッドが突如姿を消したことに慌てた魔王の使者は、すぐさま山の外へと転移する。
「……これは」
生い茂っていた樹海。それらは次々と枯れていき、禍々しさも全て消え去った森林地帯となっていた。そして先程まで空高く伸びていた山。崩れ落ち、中央には瓦礫の山が残るだけの跡地となった。崩れた山を除き、3000年前に見た者であれば瓦礫以外は当時の森のままであることを知れたが、それを知る者はもはやいないであろう。
その光景を確認したデモンゴは蒼白となり、瞬時に現状を理解する。
あれほどの力を持った土地が瞬時にして消えた、それはつまりあの男がこの土地そのものであったから。魔王の参謀はこの強大な土地に目をつけ、拠点として使用する計画を立てていたが、土地主に上から物を言ってしまったこと、そして計画の失敗をどう報告すべきか。
せめてあのアンデッドが言っていた[引っ越し先]だけでも確認しようと、再び姿を消す。




