78.魔の子供たち、勇者との邂逅
「一体どうなってるんだ!」
魔の山が崩れ、最凶の森として恐れられていた樹海がいまやどこにでもある森林と化していた。生息していた魔物もまるで生を抜かれたかのように弱体化しており、直ちにランクAの冒険者パーティに調査を向かわせたところ、問題なく前人未踏の魔の山に辿り着けてしまった。そこはもはや瓦礫に埋め尽くされるだけの空間となっており、それ以上何一つの報告が挙がっていないことに各地の冒険者ギルドは苛立ちを隠せなかった。
それはカンジュラにおける冒険者ギルドも例外ではなかった。
「…お父様たち、大丈夫かしら」
「やっぱり一度戻った方がいいのかな…」
ほどほどにカンジュラを観光する以外、全てランク上げのための依頼に費やしたクルス一行は晴れてランクBに昇格したことを祝おうとした矢先の出来事であった。リロはギルド内の騒がしさそっちのけで、煩わしいとばかりに視線を向ける受付を気にすることもなく淡々と昇格の手続きを行っている。
魔の山の崩落、つまりは生まれ育った故郷がなくなったことを指す。ギルド内でも事態を完全に把握できておらず、今であれば新人でさえ問題なく森を攻略することが容易だという噂まで流れてくる。仕切りに持ち上げられる[魔の山]の話題に、クロナたちは気が気ではなかった。
「やはり戻りましょう!今ならドサクサに紛れてお父様たちを探しに行くことだってできます!」
「…そうだね。父上が倒されるはずがないけど状況の確認はしておくべきだね。よし、先生が戻ってきたら早速森へ向かおう」
互いに頷き合い、リロの手続きが早く終わりように念じるが彼女はいまだに受付を前に書類を記入している。肩透かしに溜息を吐き、時間を可能な限り有効に使おうと旅支度の会議を開いていると不意に背後から話しかけられる。
「あの~、サイレントウォーカー、の方々ですよね?」
振り返ると歴戦の戦士といった風貌にしては実年齢とミスマッチする、若い男女のパーティが笑顔で接してくる。通常、若くして頭角を現すことなどまずありえない。ゆえに話しかけてきた6人パーティ、そしてクルスたちのことを知らない者はギルド内におらず、密かにこのパーティのどちらが先に魔の山に辿り着くか賭け事までされていた…もっとも今ではもはや意味をなさなくなってしまったが。
「皆さんとこうしてお会いするのは初めてですね?お噂は伺っております。クルスと申します」
「よ、よしてくださいよ。それほど歳も違わないですし、もっとフランクにしてください」
「リオンさん、で宜しかったでしょうか?クルスの妹のクロナです。私たちに何かご用で?」
「おー!クロナちゃんだね!?俺はガイア!よかったら今日晩御飯でも一緒に、アイッデーーー!!」
カンナに足を踵で踏まれるガイアを尻目に、リオンは続ける。
「先程山に行かれるというお話が耳に入りましたので、もし良ければ僕たちと一緒にどうかと思いまして」
「…本日ランクBになったばかりの冒険者を、ランクAの皆様が何故?」
「他の冒険者って年上の人が多いからあたしら、あんま上手くいく気がしないのよね。その点で言えば歳も近そうだし、異例のランクアップは私たちに続いて2つ目のパーティだって聞くし、実力は申し分ないと思うわ」
ガイアの足を踏んだまま淡々と続けるカンナの話に首を傾げ、クルスたちは顔を見合わせる。リロと3人だけでも以前の森を切り抜けることができたため、今更合同でパーティを組む必要は全くない。むしろ魔物である両親と妹たちを見られた時の方が問題であった。
しかし…
「わかりました。現状、ランクAの補佐なしに森の中へは入れないようですし、皆様と同行させてください」
森が弱体化したとはいえ、ランクAの引率が念の為に義務付けられている。ランクBに上がった彼らがこっそり入るのを目撃されれば称号の剥奪だけでは済まされない可能性もある。何よりも家族に合わせる顔がなくなってしまう。
…最悪両親と出会ってしまった場合、この冒険者たちを口封じに…
ドス黒いものがクロナの腹を満たしている頃、何とかなるだろうと父親の事なかれ主義をしっかり受け継いだクルスは笑顔で申し出を承諾する。
「わ、私は戦うことは得意ではありませんが、回復だけはこの世界の誰にも負けない自信があります!ですから何かあれば遠慮なくこのライラを頼ってください!!」
「は、はい…宜しくお願いします」
カンジュラに辿り着いてから女性からのアプローチを幾度と断ってきたが、真っ赤な顔をしながら鼻息を荒くするライラに多少引いているクルスを面白くなさそうにスターチがそっぽを向く。
「クルス様、クロナ様。おめでとうございます、これで私たちも今日からランクBの冒険者として…」
笑顔で更新されたギルドカードを手に2人の元へと向かったリロは、奇妙な光景を目撃する。足を少女に踏まれて悶絶される青年、クルスに色目を使っている少女と睨みつけている青年、そしてリロ自身を口を開けながら呆然と眺めている青年とそれを鬼の形相で睨む少女。
「あ、おかえりなさい先生!手続きありがとうございました!」
「いえ、それよりこの状況は一体…」
「は、初めまして!リオンと申します!!クルスさんたちが森へ向かうと仰っていたので一緒にどうかと誘わせて頂きまして」
早口にまくし立てる青年はどんどん顔を赤くしていくが、状況はどうあれ、この後の予定を察した彼女は無言で頷く。
かくして一行は旅支度を整えたのちに問題なく森へと向かうことができた。




