第1章 9 『天使』・レミエル
「どうぞ」
「いっただっきまーす!」
手を向けて食べるよう促すと、二人は声を揃えて手を合わせる。
そう、二人だ。
「……天使様、でいいですか?」
「レミエル様……いや、まあこの際呼び捨てでも構わない」
「それは何となくダメな気がするので、レミエル様で。
その、何の用があって俺たちに声をかけてきたんですか?」
俺とルナは、ギルドの出入口でこのレミエルに声をかけられた。
夕飯について話しているところに首を突っ込まれた形ではあるが、意味もなくここへ連れてくるはずがないだろうし。
「長い前置きは面倒だから、単刀直入に言おう」
そう短く切り、早速食べる手を止めて、
「――ボクの【アーク】に、入らないかい?」
ナイフを置いて、そう言い放った。
しばらく答えを出さないで二人して固まっていると、レミエルは再びハンバーグを切り分けて口へ運び始める。
「アーク、って何よ?」
「アークというのは、冒険者の九割以上が所属している組織のことさ。
トウキョウには今や無数に存在していて、ボクのような天使たちが主を務めている」
『トウキョウ』のイントネーションが気になったな。
『アイフォン』と同じイントネーションだったぞ、今。
レミエルは見るからに日本人じゃないが、外国人にも見えない。
ふざけているのではなく、本当に天使という存在なのかもしれない。
「アークに入ることは強制なんですか?」
「いいや、そうでもない。
今言った通り、九割の冒険者が所属しているってだけで、例外もいるさ」
「アークに入るとどうなるの?」
「天使に仕える眷属として契約を結び、基本的には生活を共にすることになる」
「ええ、それは嫌よ。あたしたちに何の得もないじゃない」
「もちろん、ボクたちも無条件で仕えてもらうわけじゃないよ。
眷属と奴隷は違うからね」
喋り方や恰好からして、どことなく胡散臭さが否めない。
もちろん嘘をついている感じではないんだが、何だかなぁ。
「天使は、契約を結んだ冒険者のレベルやステータスの上限解放をおこなうことができる。
噂によれば、ルナのステータスはレベル1の上限を超えているみたいじゃないか。
そこで、ボクの眷属となれば各ステータスの上限が引き上げられて、さらに強くなれる。
どうだい、悪い話じゃないだろう?」
確かに、悪くはない。
すぐに受けられる恩恵でいえばルナの方にメリットがあるが、今後の冒険者人生を考えると俺にとっても得のある話だ。
でも、
「すみません。魅力的なお話ですが、今回はお断りさせていただきます」
「うんうん、そうだろうそうだろう。
じゃあ、それを食べ終わったらボクに着いて……へっ、今なんて?」
「いや、だから、今回は遠慮しておきます――」
「――どっ、どうしてだい!? キミたちにとってかなり大きな話なんだぞ!?」
テーブルを叩き、身を乗り出したレミエル。
四方からの視線が刺さったのを感じたのか「うぅ」と小さく声を漏らす。
「俺たち、別にダンジョンで強くなりたいとか思ってないんですよ」
「じゃあ、何のために冒険者を始めたんだい?」
「あたしたち、人捜しをしなきゃならないの。
だから、冒険者活動なんかに現を抜かしている暇なんてない」
「人捜し……?」
何よりも優先しなきゃならないことがあるんだ。
それをそっちのけにしてまで強さを求めるほど、薄情な人間ではありたくない。
きっと、それはルナも同じなはずだ。
「この国で人捜しだなんて、どれだけ金がかかると思ってるんだい!
運よく近場にいればいいが、ニホンはそこまで狭くはないんだぞ!
それに、最近は金稼ぎに最も効率がいいのは冒険者で……」
「だから、とっとと浅い階層で金を稼いで旅に出るの」
「上層にこもっていたら、イマドキのサラリーマンよりも所得は得られない!」
「あたしたちはさっき、『あぶのーまる』?みたいな現象に巻き込まれたけど、中層クラスのモンスターを圧倒したのよ。
つまり、中層でも十分戦える。それなら、上層よりも報酬は弾むでしょ?」
「中層からが本当のダンジョンだ。
いくらキミたちの実力がすでにレベル1の域にないとしても、そこからは実力だけでどうこうなるものじゃない!」
壮絶な口論を繰り広げている二人に、口を挟むことすらできない。
でも、互いに本当のことを言っていることはわかる。
「アークに入ってない冒険者もいるんでしょ? ならもういいじゃない!
あたしたちは入らない! 終わり! 帰るわよ、ソル」
「ちょ、ちょっと待ってくれよぉ!」
「天使だかなんだか知らないけど、あたしたちは忙しいの。
あんたに構ってる暇なんてないの!」
ルナはしぶとく縋ろうとするレミエルを一蹴し、俺の腕を引いて立ち上がろうとした。
が、俺は目の端に映ったレミエルの顔を見て、その場に踏みとどまった。
「何してるのよ、ソル?」
「……」
俺は口を堅く閉じ、ただ椅子から尻を離さずにレミエルの顔を見つめる。
先ほどまで必死にまくし立てていた彼女の顔は、どこかやるせなさを孕んでいるような気がしたのだ。
「……ごめん。本音を話すよ」
「本音、ですか?」
「うん。これまで伝えたことは全部本当だけど、あくまで建前なんだ」
少し待っていると、レミエルの方から口を開いた。
俺は、未だ俺の腕を強く掴んだまま立っているルナをひとまず座らせる。
「ボクは、十年前……ダンジョンが出現したのと同時期に最初に降臨した、七人の天使のうちの一人でね。
それなのに、ボクは現状一人も眷属がいないんだ」
「一人も……?」
「もちろん、過去に何人かはいたよ。
でも、中々アークが大きくならないことを嫌がって、みんな出て行っちゃったんだ。
眷属がいなければ、戦闘能力を持たないボクたちだけでは生きていけない。
だから、ボクはこんなに薄汚れているんだ」
「別に、冒険者以外のことをして働けばいいじゃない」
「アークの存続のために、眷属を探さなければならない。
だから、バイトなんてしている時間なんてないんだ」
バイト、という単語はルナには伝わらないだろう。
だが、どちらの言い分も正しいと思う。
彼女はきっと、妥協をしたくないんだろう。
「十年もあって、どうしてアークを大きくできなかったんですか?」
「知るもんか。でも、誰かが『あのアークにいても強くなれない』なんて噂を流したって他の天使から聞いたことはあるから、きっとそのせいなんだろうね」
レミエルは自嘲げに鼻を鳴らし、すでに平らげてある皿へ視線を落とす。
「満足に食べられたのは、いつぶりかわからない。
風呂だけは週に一度だけ友人に借りているが、それ以外は基本的に外で生活してる。
……俗に言う、ホームレスってやつだね」
「なるほど……」
「その人捜しとやらも、ボクが全力で支援する。
ボクができる限りのことを尽くすと誓おう。
だからお願いだ、二人とも。ボクのアークに、入ってくれ」
レミエルは顔を上げ、懇願するように目を潤ませる。
他意なんて微塵も感じられない、心の底からの頼み。
無論そう見えるだけかもしれないが……
「――わかりました。入ります」
「っ……! 本当かい、ソルくん!」
俺が最終的に下した答えは、イエスだった。
「えっ、ソル? 何考えてんのよ?」
「よく考えてみれば、強くなることがそのまま金稼ぎに繋がるんだ。
それが捜すための資金にもなるって考えたら、入るほかないんじゃないかと思って」
「時間がないのよ? あの子たちがいつまでも生きてるとは限らないのよ?
そこまで考えてるの?」
「逆に考えてもみろ。あの二人がそんな簡単に死ぬと思うか?」
「――っ。それは……」
アルは剣術なら全盛期の俺にも劣らないほどの実力者で、ヴェーナは治癒術師。
ヴェーナに関しては、ある程度の攻撃魔術も使えるほどの凄腕魔術師だ。
日本は異世界とは比べ物にならないほど平和だし、もし生きているとしても簡単に死ぬわけがない。
「強くなることがそのまま二人を捜す手立てになる。
そう考えたら、むしろこの人に着いていくことが近道になるかもしれない」
「……」
「俺からも頼むよ、ルナ。一緒に来てくれ」
不服そうな顔で隣に座っているルナに体ごと向け、蒼い瞳から目を逸らさずに見つめる。
ルナはそんな俺とレミエルを交互に見比べ、「ああ、もう」と苛立ちながらも、
「……わかったわ。ソルが決めたことなら、あたしは逆らわない――」
「うわぁぁぁぁん! ありがどう、二人どもぉ!」
ルナがそう言い終わるよりも先に、レミエルが滝のような涙を流しながら立ち上がる。
そして、ルナの方へ歩み寄ってその体を抱き締めた。
ルナは横目で助けを求めてきたが、俺は見なかったフリをした。
***
「アークに入るにあたって、手続きとかは必要なんですか?」
「必要だけど、今日はもう遅いからまた明日ギルドで済ませよう」
店を出ると、空にはもう星空が広がっていた。
脈動するように瞬いている星々を見ていると何だか怖くなったので、ルナの顔を見て気を紛らわせる。
「レミエル、様。その……」
「何だい?」
「何というか、さっきはちょっと言いすぎちゃったなと思って。
ごめんなさい」
「いいんだ。ボクの方こそしつこくてすまなかった」
歩きながら、互いに謝罪を口にしたルナとレミエル。
ルナは、たまにああやって口と態度が悪くなる。
俺も何度も言い合いになったが、その度に彼女の方から謝ってきた。
大体彼女が発端であることも関係しているが、本当は人との関係を大切にしたいタイプの子なんだよ、この子は。
「それで、俺たちはどこに向かってるんですか?」
「ああ」
そう尋ねると、レミエルはそれだけ返した。
そして、
「とある、ボクの友人の家さ」




