第1章 8 初めて(?)の戦い
血を流して踏ん張りながら武器を構える冒険者の間に入り、モンスターを蹴り飛ばす。
カマキリがそのまま巨大化したようなモンスターだが、やけに甲殻が硬いな。
「なっ、何だ、お前……?」
「下がってください。よく頑張りました」
駆け出しにこんなことを言われるなんて、屈辱かもしれない。
だが今はそんなことを言ってられないということくらい、俺たちよりもこの業界にいる歴の長い冒険者なら理解してくれるはずだ。
「ッ!?」
蹴り飛ばしたものとは別の個体が、巨大な鎌を振り下ろしてきた。
カマキリは、俺の耳元を掠めて冷たい地面に突き刺さったそれを二度、三度と動かすが、微動だにしない。
――好機だ。
そう踏んだ俺は、右手の指をピッタリと揃えたまま、あの感覚を呼び起こす。
体内の血液を指先へ伝わせて、それから剣へ――。
「『光の太刀』ッ!」
否、右手へ光を宿した。
そして、突き刺さったまま抜けない鎌を両断。
腕を切り返す拍子に斬撃を放ち、カマキリの首を落とした。
「何だ、ありゃ……」
傍観しているであろう冒険者たちからそんな声があがったのを聞く余裕すらなく、次なる敵が俺へと巨腕を振りかざした。
右手が光っているおかげで、影となってそれが目に映ってくれた。
「――ッぶな!」
咄嗟に出た声をかき消すほどの衝撃音が、鼓膜を揺らす。
頬を撫でた風の重さからして、カマキリではない。
「アイアントロールだ! 普通の攻撃じゃ通らねぇ!」
身を翻して地面に着地すると、禍々しい赤色の眼光を真っ直ぐに俺に向けている巨躯が目の前にいた。
全身からその名の通り鉄のような光沢を放っており、だらしなく出た腹が俺の右手の光を反射している。
確かに、こりゃ一筋縄ではいかなさそうだな。
それなら、
「――ッ!」
地面を押し返すように蹴り、宝石を手当たり次第にくっつけたような棍棒を振り下ろしてきたアイアントロールの攻撃を避ける。
「どこ行った、アイツ!?」
一秒前まで俺がいた地面は、軽く抉れている。
冒険者たちの言葉がモンスターごときに理解できるはずがないので、アイアントロールは未だ俺を見失ったままだ。
「バーカ、上だよ!」
滑稽な動きで辺りを探ろうとするアイアントロールを嘲笑いながら、俺は光り輝く手刀を振りかぶって真上から突進する。
敵が気づいた時には、もう遅かった。
俺は、その硬い首を一閃した。
が、
「あぁっ! 惜しい!」
アイアントロールの首に傷が入っただけで、落とすまではいかなかった。
確かに斬ったという手応えはなかったから、想定通りではあるが……。
「……面倒臭いな、お前!」
堂々と愚痴を吐き捨て、再びその場から飛び出す。
今度は安直に真上ではなく、右、左、上、下と広い空洞を縦横無尽に駆け巡る。
俺のステータスは、すべてが初期値だ。
それなら、それをスキルで埋め合わせるしか今は術がない。
この――、
「――瞬刻過転!」
ここに至るまで、ずっと温め続けていたこの足。
徒歩では中々温まらないが、ここにいる冒険者を助けるために走り続けたことで着実にエネルギーが蓄積されていた。
そしてこれは、動けば動くほどエネルギーは溜まる。
もちろん上限はあるみたいだが、頭打ちになるまで速度を上げるんだ。
「み、見えねぇ……!」
「何がどうなってやがんだ……?」
大半の冒険者は、俺を見ている。
「なんて強さだ、あの黒い姉ちゃん……」
「本当に、駆け出しなのかよ……」
でも、こうやってルナのことを見守ってくれている冒険者もいる。
あんたらのそんな声が、俺やルナの助けになってるんだよ、ヴァラー。
ルナは大丈夫だ。
だから、俺はこのデカブツに集中するだけでいい。
まだだ。
まだ、速度は上げられる。
「――? ――?」
アイアントロールが混乱している様子が、はっきりと見える。
中層のモンスターだかなんだか知らないが、目で追うことすらできないだろう。
今の光の太刀は、きっとまだ未完成だ。
魔王を倒したあの一撃には、遠く及ばない。
だが光の太刀に瞬刻過転のスピードを乗せれば、少しは威力が増すはずだ。
まだ行ける。
もっと、もっと速く。
どこかで、体が教えてくれる。
「ぐッ……!」
脛のあたりにわかりやすく痛みが走り、俺は顔の半分を引き攣らせた。
――――これが、サインだ。
「――」
空洞の壁で一度脚の力を緩め、壁に足をめり込ませる。
ルナが小型のモンスターやカマキリのモンスターを蹂躙しているのを見て、わずかに口角を上げて、
「――――――ッッ!!」
雄叫びを轟かせながら、フルチャージの瞬刻過転を解き放った。
弾かれたように、一瞬でアイアントロールの首元まで迫る。
そして、全力で右腕を振り抜いた。
「お、おお……!」
「やった! やったぞ!」
重たい金属音とともにアイアントロールの首が落ちた瞬間。
冒険者の側から、歓声が沸いた。
「いや、まだです! まだモンスターはたくさん……」
「もう終わってるわよ」
次なる襲来に身構えたが、ルナの一言で拍子抜けする。
もう、俺たちの周りに敵はいなかった。
「何が半分ずつよ。ほとんどあたしが倒したわ」
「わ、悪い。思いのほかこいつが硬くてさ」
アイアントロールの首を指さしたが、すでにそこに首はなかった。
代わりに、赤い石のようなものと棍棒だけが残っていた。
「何だこれ」
「魔石とドロップアイテムだ。
ギルドに持っていけば、金に換金してくれる」
「へえ」
「へえ、じゃねぇよ! お前ら、どんだけ強いんだよ!?
駆け出しとか、嘘つきやがったな!」
「あれでしたら、今ギルドカードを見せてあげてもいいですよ」
「おう、見せてみろ!」
大きな手を差し出されたので、懐からギルドカードを取り出して見せる。
「ま、マジだぜコイツら……。本当に今日登録してやがる」
「なっ、何だよこのスキルの数!? ありえないだろこんなの!」
「お、おい、こっちの女はステータスがカンストしてるぜ!?
しかも『+350』って……こんな表記見たことないぞ!」
一応この中はダンジョンなんだから、ここまで気を抜くのはいかがなものかと思うが。
これだけ褒められて、嫌な気はしないというのが本音だった。
「もういいでしょ。ひとまず帰りましょう。
動ける人は怪我人を背負って。道中の護衛はあたしとソルに任せなさい」
フードを被ったままギルドカードをサッと取り上げ、冒険者たちに指示を送ったルナ。
人前では絶対にフードを被ってくれと頼んでおいたことを、律儀に守ってくれている。
「ソルに、ルナ、だったか」
「はい?」
「……助けてくれて、ありがとよ。借りはまた返すぜ」
初めて、穏やかな笑顔を見せたヴァラー。
それを見て俺もまた頬を緩ませて、
「それは、無事に上に着いてからにしてください」
「二度は言わねぇ」
「何でですか!?」
意固地なヤツだなぁ、この人。
***
「中層のモンスター約五十体を、たった二人で……?」
数十分かけて地上へ上がり、俺たちはギルドへ帰ってきた。
道中で特に敵襲はなく、誰も欠けることなく戻ってこられた。
そして今、集めた魔石やドロップ品を集めてカウンターに持ってきたところだ。
「ま、ほとんどあたしのおかげだけどね」
「俺は一番デカいのを倒した」
「半分ずつとか言ってたくせにね」
「あのデカブツは五十体分に相当する!!」
「なわけないでしょ!」
「ま、まあまあ。お二人とも落ち着いて……」
まあさすがに言い過ぎだが、あのトロールは強かった。
ぜ、全盛期の俺なら初撃で倒せてたけどな。
「それでは、こちらが報酬になります。お疲れ様でした」
「こっ、こんなにいいんですか……!?」
おいおい、マジかよ。
冒険者ってこんなに稼げんの!?
「アイアントロールの棍棒はレアドロップ品なので、その分が一番大きいですね」
「そうだったんですか……」
「また、自分よりも格上のモンスターを倒すとより多い経験値がもらえるので、どんどん挑戦してみてくださいね。ですが、無理をしてはいけませんよ」
「はい。ありがとうございました」
丁寧に対応してくれた受付嬢から報酬金を受け取り、カウンターを後にした。
あの人、登録の時にも担当してくれた人だったな。
「どのくらい稼げたの?」
「家買える」
「いい加減にしなさいよあんた」
「ま、まあご馳走くらいは食べられ――」
「ご馳走!?」
凄まじい音圧に顔ごと持っていかれそうになるが、何とか踏みとどまる。
色々あったが、初ダンジョンは一件落着。
頑張った自分たちへのご褒美に、何かご馳走を食べに行ってもいいかもしれないな。
「何か食べたいもんとかあるか?」
「こっちの食べ物はわからないから、任せるわ」
「――それじゃあ、ボクが案内しよう」
夕飯のことを相談しながらギルドの出口へ向かっていたところへ、背後から知らない声が聞こえた。
振り返るとそこには、今の俺と同年代くらいの見た目をした少女が立っていた。
「……誰ですか?」
「なっ、ボクを知らないとは世間知らずだね。色んな意味で有名だというのに」
それは俺たちには通用しないぞ。
なんたって、今朝日本に来たんだから。
「本当は大げさにいきたいところだけど、場所が場所だから少し慎ましくいくよ」
何を言っているかはよくわからない。
だが、この少女からは色んな意味で並々ならぬオーラを感じる。
身にまとっているのはルナとは対照的な純白のローブ……だが、所々破れているし泥汚れも目立つ。
無造作に散らかった金髪に、ルビーのような紅い双眸。
明らかに、日本人の風貌ではなかった。
そして――、
「――ボクは天使・レミエル。
キミたちを、ずっと観察させてもらっていたよ」
控えめに両手を広げて、涼しい声でそう言い放った。




