↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/16

第1章 7 英雄であり、英雄でない男

「異常《アブ》、現象《ノーマル》、って?」

「文字通り、ダンジョンで異変が起こってるんだよ。

 この先には、中層――二十階層より下からしか出現しないはずのモンスターが群れを成して、冒険者たちを襲ってる。……もう、何人もやられてるんだ」

「何人も……」


 男は、悔しさを顔に滲ませながらそう吐露する。

 その後ろにいる男たちも、同じような顔をしていた。


「どのくらいいるか、わかりませんか?」

「わからない。逃げるのに必死で、数を数えている余裕なんてありゃしねぇよ」


 まあ、それもそうか。


「とにかく、テメェらも上層階に避難しろ。

 モンスターは基本的に、二階層よりも上に来るこたぁねぇ」


 そう言いながら、男たちは慌ただしく俺たちの横を通り過ぎていった。

 肩越しにその様子を見つめ、耳を澄ましてみる。


 悲鳴や怒号、そしてモンスターの鳴き声だと思われるものも、前の方からほんの微かに聞こえてくる。

 どうやら、あいつらは嘘をついているわけではないらしい。


「どうする、ルナ。逃げるか?」

「あんたはどうしたいの?」


 ルナの意見を聞こうとしたが、逆に問い返されてしまう。


「俺たちは、今日が初めてのダンジョンだ。

 安全を考えるなら、あいつらの言う通り上へ上がった方がいい。でも」

「……でも?」

「助けに行きたい」

「……」


 俺は、仮にもあの世界で魔王を倒した勇者なのだ。

 勇者たるもの、助けを求めている人間から目を背けるわけにはいかない。

 これまでに人が死んでいく様を、何度も見てきた。

 何度見ても慣れないし、できるならもう二度と見たくない。


 だから、


「俺は行くよ、ルナ。さっきので、剣がない今でも戦えるってわかったしな」


 そう決意を表し、ルナに対して不敵な笑みを浮かべる。

 すると、ルナもまた笑い返して、


「あんたに着いていくわ。どこまでも」


 彼女が着いてくるとわかって踏み出した、俺の後へと続いた。


 進み続けるにつれ、交戦している音がどんどん近づいてくる。

 まだ戦っているということは、手遅れではない……と信じたいが。


「ルナ、見られるか。後ろは任せろ」

「ええ」


 立ち止まってそう確認した俺に、ルナは目を合わせることなく頷いた。

 そして、


「蒼き双眸よ、果てなき彼方を映せ――鷹眼《ホークアイ》」


 小さく唱えた彼女の眼には、はるか前方の景色がはっきりと映っていることだろう。


 エルフ特有の目の良さに加え、彼女がもとより持っていた能力。

 この能力に、何度助けられたことか。


「どうだ?」

「人が何人も倒れてるわ。

 その前で……カマキリ、かしら。大きなモンスター数体と戦ってるのも見える。

 その他にも結構な数のモンスターがいるわね」

「出来る限り正確な数を教えてくれるか?」

「そんなことしてる暇はないわ。ざっと五十ってとこね」

「五十……」


 そんな軍勢が、中層から這い上がってきたとでもいうのか。

 いや、事実として起こっているんだから深くは考えるな。

 今は、いち早く助太刀に行くのが先決だ。


「足は温まった?」

「まあ、多少はな」

「ふーん。足引っ張んないでよね」

「俺に助けられといてよく言うぜ」


 軽口を叩くと、ルナは「うっさい」と言いながら速度を上げた。

 まあ、昔は助けられてばかりだったからとやかくは言えないけどな。



 ***



「ぐあッ!」

「大丈夫か! クッソ……!」


 肉が裂かれる音と悲鳴、そして苦々しく毒づく男の声が、もうすぐそばで聞こえる。

 そしてついに、ずっと視界を狭めていた両翼の岩壁が唐突に途切れ、開けた場所に辿り着いた。


「大丈夫ですか!」

「っ! 上級冒険者か!」

「いえ、あたしたちは初めて潜った駆け出しよ」

「はぁ!? ひよっこが何匹来たところで状況は変わらねえよ!

 とっとと失せろ!」


 助けに来たというのにひどい言いぐさだな。

 『駆け出し』って言葉だけ聞いたら、そりゃ期待外れだろうけど。


「俺たちは、あなたたちを助けに来たんです」

「今のオレの言葉を聞いてなかったのか?

 ひよっこが敵う相手じゃねぇんだ。誰ともすれ違わなかったのか?」

「すれ違った血まみれの冒険者たちに、逃げろと言われました」

「それに逆らって、今日付けで冒険者になった駆け出しがここに来たと?

 今からでも遅くねぇから上層階に逃げろ! 相手は中層以降にしか出現しない格上だ!」


 こうやって言葉を交わしている間にも、前線では冒険者たちとモンスターたちが交戦している。

 こんなよくわからん男に時間を食われている暇は、ないというのに。


「最後の警告だ。早く逃げて、ギルドに報告して上級冒険者を連れてくるように頼め。

 しかも、お前に関しては丸腰でどうやって戦うつもりなんだよ」

「つべこべうるさいわ。あんたももうボロボロなんだから、大人しくしてなさい」

「……! 駆け出しに出る幕なんて――」

「駆け出しじゃ、助けちゃダメなんですか」


 男の声を遮るように、俺はそう尋ねる。

 押し黙った男は大剣を握り締めながら、


「オレのパーティメンバーはそうやって英雄に憧れて、無謀に突っ込んで死んでいったんだ!

 だから、お前らも同じ目に遭ってほしくなくてこう言ってるんだよ!」

「……そうですか」

「っ……!」


 ポロッとこぼすと、男はますます感情を露わにして、


「人の善意を踏みにじるってか! 死にてぇのか!」

「……死にたくないですよ」

「じゃあ、早くこの場から失せろって言ってんだよ!」

「でも、誰も死なせたくない。あんたも、あの人たちも」

「――」


 この人の警告には、悪意も下心もない。

 そのくらい、声を聞いていればわかる。

 でも、俺にだって譲れないものはあるんだよ。


 何度も何度も、人が死んでいくのを見た。

 どれだけ目にしても慣れることはなくて、見るたびに二度と見たくないと思った。

 そして俺は、一番見たくない光景を焼きつけられたまま死んだ。


「ルナ。半分ずつだ」

「わかったわ」

「っ――。お前らっ……!」


 警告を無視して前に出た俺とルナに、男はなおも怒りをむき出しにする。

 俺は一瞬足を止め、


「ヴァラーさん」

「テメェ、どこで俺の名前を」

「剣の柄の部分に彫ってあるので」


 首だけ後ろへ振り返り、彼の握っている大剣の柄を指さす。

 ヴァラーは一度目を丸くするが、すぐにまた眉間にシワを作った。


「俺は、英雄に憧れてなんかいません」

「……? どういう、意味だ?」


 昔は、憧れていた。

 英雄だとか、勇者だとか、とにかく自分には手の届くはずのない恰好のいい言葉に。

 でも、もうとっくに憧れるのはやめたんだ。


「――俺を英雄だと認めてくれた子が、すぐそばにいるので」


 そう言い切った途端、頬が勝手に綻んだ。

 そしてすぐに前へ向き直り、目を閉じて、


「全員、前線から離れてください。

 ――俺たちが、片づけます」


 立っている冒険者たちにそう指示を送り、ルナと顔を見合わせて同時に飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。