第1章 6 光の太刀(ルミナ・スラッシュ)
俺たちは螺旋階段を下りて、三階層へ到着した。
嫌に涼しい風が吹き抜けており、周りは無機質な岩で囲まれている洞窟のような階層だ。
これまでに、モンスターとの遭遇はなかった。
その代わりここに来るまでに何人もの冒険者たちの姿を見たが、互いに挨拶もなしにすれ違っただけだった。
特に印象的だったのは、階段の随所に花束が供えられていたことだ。
多分、ダンジョンの中で死んでしまった冒険者を弔うためのものなのだろう。
「地下にこんなのが広がってるなんて信じられないな……」
「あたしもダンジョン自体は初めてだから、何だか新鮮だわ」
「え、そうなのか? 百年生きてきて一度も経験がないってこと?」
「ええ。狭苦しい場所は嫌いだったから、平原や森で魔物を狩る方がよかったもの」
これは意外だった。
てっきり、ダンジョンには慣れているのだと。
じゃあ、俺たちは戦闘経験は互いに豊富だが、ダンジョンに関しては初心者というわけだ。
ますます、気が抜けないな。
「そういえば、ルナのスキルはどんなもんだった?」
「あたしは五個しかなかったわ」
「しか、って。多分、それでも十分異常だと思うけどな」
「あんたがそれ言う?」
歩きながらスキルの数を確認してみたところ、三十個以上もあった。
それを見てからだと確かに見劣りはするが、ルナはそれプラスでステータスがバグってるからなぁ。
俺も魔王を倒した時の体なら、そうなっていたのだろうか。
「ソルって、魔法が使えなかったわよね」
「ああ。どう頑張っても魔法だけは習得できなかった」
「あっちの世界では魔法が使えない人なんて見たことがなかったわ。
それも、ソルが違う世界の人間だからってことかしら」
「まあ、関係あるかもな」
異世界といえば、まず最初に魔法が挙がる。
俺も最初は憧れていたが、どうやっても使えなかったんだよな。
現に、今回のステータスも【魔力】の分野だけ0だったし。
「それにしても、全然魔物が現れる気配がないわね。
こんな壁だらけの場所で、一体どこから――」
頭の後ろで手を組み、大股で歩きながらそう口走った。
その瞬間――、
「――っ!」
壁に穴が空いたかと思えば、砕けた壁の破片とともに何かが這い出てきた。
それは一つだけではなくいくつもボトッと地面に転げ落ち、ひっくり返ったまま六本の足で必死にもがいている。
コイツ、フラグ建てやがって!
「ソル、モンスターよ!」
「見りゃわかるわ! とりあえず目の前のヤツらを片付けるぞ!」
角の生えたアリのようなモンスターを前に、俺は腰に提がっている鞘から剣を抜こうとした。
だが、
「あっ」
「何? どうかした?」
どうして今まで、この違和感に気がつかなかったのだろう。
ダンジョンに入る前に確認する時間はいくらでもあったはずなのに。
「ルナ」
「だから何よ。もう来るわよ」
「……俺、剣持ってねぇや」
そう告げた途端、目を合わせたルナが凍りついたかのように停止した。
「何で今まで気づかなかったのよアホ!」
「ルナもどうして言ってくれなかったんだよ!」
「何であんたの武器まであたしが管理しなきゃならない、の!」
ルナは怒号を飛ばしながら、飛びかかってきたアリのようなモンスターへ向けて手を突き出す。
そして、
「狂火乱舞!」
掌へ粒子を集め、紅蓮の炎が練り上げられた。
それはすぐに放たれ、飛びかかってくるアリを次々に塵へ変えていく。
爆発音と断末魔が立て続けに通路に響き、俺は思わず顔を歪めた。
「あんたは指を咥えて、見てなさいっ!」
一瞬こちらへ振り返り、余裕の笑みを見せたルナ。
頼もしい笑顔だが、少し悔しいな。
岩壁から落ちてきたモンスターは、あっという間に片づいた。
ルナは敵に指一本すら触れられることなく、逆に返り血を浴びたことを嫌がっていた。
「――はっ! ――ふっ!」
後ろから見ていると、改めて彼女の強さがわかる。
動きにほとんど無駄がなく、それでいて精緻。
【器用】の項目だけ数字が著しく低かったが、それを感じさせない。
俺は本当に彼女よりも強いのか、疑ってしまうくらいだ。
俺にも剣さえあればなぁ。
いや、ステータスはすべて初期値だから、体がついてこない可能性もあるか?
ええ、それならただの宝の持ち腐れじゃないか。
「ねえ、これいつになったら終わるのよ!」
少し進むごとに、すぐにモンスターが湧く。
それはまだしも、今回に限っては倒しても倒しても絶えることなく湧き出てくる。
「ルナ、無理はするな!」
やはり、出てくるモンスターはアリだ。
頭頂に角の生えた、俺の知る個体よりもはるかに大きいアリ。
ルナにとって一体一体は脅威ではないだろうし、数体が束になったところで彼女の敵ではないことくらいはわかっている。
でも、さすがに今回は数が多すぎるような気がする。
「もう、ウザったいッ!」
とうとう我慢ができなくなったのか、ルナは両手を広げて一気に魔法を爆発させた。
先ほどまでは一発ずつ練り上げていたものを、瞬時に膨張させて空間ごと爆破したのだ。
「はぁ。これだから狭いところは――」
呆れたように深く息を吐き、俺の方へ戻ろうと踏み出したその時。
「なっ――」
彼女の背後に、棍棒を持ったゴブリンが姿を現した。
身を隠していたのか、一切その姿は見えなかったのに。
「――ルナぁっ!」
あの時と、景色が重なった。
助けられる距離にいたのに救えなかった、あの時に。
今みたいに、その名を叫ぶ暇すらなかった。
助けようと腕を伸ばすことすら、できなかった。
もう、悲劇は繰り返したくない。
誰も、失いたくない。
――ただその一心で、この手を伸ばした。
「――ぇ」
その瞬間。
キィンと、空間を震わせる金属音が鳴り響いた。
俺がルナに向かって伸ばした手の軌道をなぞるようにして、青白い光の筋が空間に焼きつけられる。
そして、
「ギャッ――」
細い光の筋は凄まじい風圧を伴って、ゴブリンを左右に両断した。
「たい、よう……?」
「はっ……! はっ……!」
突き出した腕は、小刻みに震えている。
ルナの死への恐怖、窮地を脱したことへの安堵。
しかし、今目の前で起こったことに対する驚嘆が、何よりも強かった。
「大丈夫か、ルナ」
「それはこっちのセリフよ。何ともない?」
「いやセリフは譲れないけど……まあ、大丈夫だ」
「それより、今のって……」
何が起こったのかは、理解できない。
だが、俺は今自分から放たれた光の筋を知っている。
「――光の、太刀』」
ルナに次ぐ相棒ともいえるあの剣技が、この手から放たれたのだ。
この技は、剣を振った時に解き放たれるものだ。
でも、俺は今剣を持っていない。
素手でこの技を使ったことなんてないし、使えるはずがないんだ。
光の太刀は、異世界で最も強い剣士から授かった奥義なんだぞ。
それを、ただの手刀で……?
「おい! 何してんだお前ら!」
自分の手を見つめていると、前方から男の声が通路に木霊した。
顔を上げて前を見ると、そこには血が流れている肩口を押さえながら息を切らしている数人の男がいた。
「何って……今日が潜るの初めてなんで、ちょっと腕試しがてらモンスターを狩ってました」
「チッ、駆け出しか。これ以上前には進むな」
「どうしてよ?」
リーダーらしき、頬の古傷が目立つ男は、舌打ちをしながら首を振る。
ルナが訝しげに首を傾げると、男は唇を噛み締めて、
「……異常現象が起こってる」
聞きなじみのない言葉を、ぽつりと呟いた。




