第1章 5 いざ、ダンジョンへ
受付嬢が最初に指をさしたのは、ルナのカードだった。
そこには、
【レベル】
【攻撃力】
【敏捷】
【耐久】
【器用】
【魔力】
という六つの項目に分けて記されている。
【レベル】は当然1であったが、受付嬢が指し示しているのはその一つ下の項目からだった。
「――ルナ様のステータスは、【器用】以外すべてカンストしているんです」
「カン、スト……」
「かんすと? それってすごいの?」
「要は、もうステータスが限界に達してるってことだな」
驚いたな。
さすがは、百年以上生きてきただけあるというか。
となると、この世界に来てもルナの身体能力やポテンシャルは変わらないってことか。
「それも、まだレベル1時点でのカンストですから……。数字の右を見てください。
例えば【攻撃力】のところだと、『G 199』の隣に小さく、『+350』と書かれているでしょう。これは、上限値を超えてもなお伸びる余地があるということです」
「ええと、つまり?」
「ルナ様のこのステータスを合算すると、レベル3……いえ、もうほとんどレベル4相当です。
ちなみに、この国最強の冒険者の現在のレベルは7なので、そう考えても相当な実力ですね」
「へえ、そりゃすごい」
駆け出しなのかどうかを疑っていたのは、そういうことだったんだな。
「それで、俺はどうなんですか?」
「は、はい。こちらがカードです」
そう言って渡されたカードには、ルナのものと同じように項目別に分かれていた。
だが、
「……なんか、しょぼくないすか」
俺のステータスは、すべての項目で『H』と書かれている。
隣に記されている数字に三桁のものはなく、ルナのものからは明らかに見劣りしているんだが。
俺も一応、十年間あっちの世界で研鑽を積んできたはずなんだけどなぁ。
これも体が元に戻ってしまったことによる弊害なのだろうか。
「何よその数字。ま、流石に百年以上生きてきたあたしには――」
「いつ口開いていいって言ったっけなぁ!?」
「んー! んー!」
この馬鹿、ちょっとでも目を離したら口を滑らせおって!
「各種ステータスとしては、年齢から考えてもごく一般的な数字です。
ですが、ソルさんの場合はステータスではなく、スキルが異常なんですよ」
「スキル?」
「はい。裏面をご覧ください」
言われるがままカードを裏返すと、【スキル】と書かれている枠があった。
「な、何だこれ……」
そこにあった《《文字列》》に、自分でもついドン引いてしまった。
数十……いや、それ以上はあるだろうか。
「何よこのスキルの数……?」
「駆け出しの冒険者は、まず最初からスキルなんて持っていないのが普通です。
これだけの数のスキルを持っているのは、トップ層の冒険者でも中々見ません……」
確かに、異世界では多くの能力を手に入れた。
魔王との戦いで猛威をふるった『光の太刀』をはじめとする、一目ではすぐに数えきれないほどの数のスキルが、裏面にはギッシリと詰め込まれている。
そのどれもが、見たことのない単語ばかりだった。
「『瞬刻過転』……って?」
「スキルの詳細は、私にはわかりません。
ですが、必要な際に文字に触れれば、その場にホログラムとなって詳細が浮かび上がります」
何だそのシステムは。
俺が知らない間に進化しすぎじゃないか、この国。
俺はとりあえず、試しにその文字に触れてみた。
「ええと……。
『動けば動くほど速度が上がるスキル。一度発動するとその状態は維持されるが、速度増幅の上限は発動時点での使用者の【敏捷】ステータスの+500まで』……」
ああ、そんな感じの能力あったな。
あっちの世界でいう、『オーバードライブ』だ。
その他の数多のスキルも、すべて漢字に変換されていた。
いくつか詳細を確認してみたが、どれも見覚えのあるものばかり。
恐らくだが、あっちの世界で習得した能力が日本語に翻訳されているということだろう。
「これで一応、登録のすべての工程が完了しました。
何か聞いておきたいこと等ございましたら……あっ、ダンジョンについて教えてほしい、と仰っていましたね」
「あ、それはもう大丈夫です。他の冒険者から聞いたので」
「そうですか。それでは改めて――行ってらっしゃいませ、冒険者様」
受付嬢に見送られてギルドを後にした俺たちは、見上げるような建造物の前に立っている。
「これ、上に行くほど危険なのか、下に行くほど危険なのか、どっちだろうな」
「あたし、さっき訊いてきたわよ」
「え、いつ?」
「あんたがお手洗いに行ってる間に、さっきの受付嬢に訊いたの」
おお、たまにはやるじゃん。
なんて余計なことを言えばシメられるので、俺は静かに口を噤む。
「ダンジョンは、上層・中層・下層・深層に分かれてる。
つまり、下に潜れば潜るほど危険、とのことよ」
この建造物は、空から落ちてきたと言っていた。
そんな、何階層ものダンジョンを形成するほど深くまでめり込んでいるということか。
よく滅びなかったなこの国。
「さ、早く行きましょ」
「えっ、潜るのか?」
「潜らないなら、何のために登録したのよ。
そもそも、あたしたちみたいにこの世界に来てるかもしれないアルとヴェーナを捜すには、移動費もいるんでしょ? それなら早いうちから冒険者でお金を稼いでおくべきだわ。それに――」
そこで言葉を切ったルナは、
「あんたは仮にも、あっちの世界で勇者になった男よ。
直後に化け物に殺されたとはいえ、一瞬でも英雄になったのは変わらない。
そんな男が、ダンジョンなんかに恐れをなしてるの?」
いつになく真っ直ぐな眼差し。
だが、彼女の海のように透き通った蒼い瞳は、これまでに何度も見てきた。
「……英雄、か」
「あんたは英雄で、あたしはその相棒。
こんなわけのわからないダンジョンなんかで簡単に死ぬと思う?」
そうは、思わない。
でもやっぱり、
「……正直、ちょっと怖いよ」
「どうして?」
「わけがわからないからこそ、何が起きるかもわからない。
万が一、またお前を失うことになるのが、怖い」
「――」
俺たちは、あの化け物に敗北した。
手も足も出ず完敗して、そして全滅した。
ルナなんて、別れの言葉すら交わせずに目の前で死んだんだぞ。
「……ふふ」
「? 何がおかしいんだよ?」
「いや、あんなに恐れ知らずだった太陽がそんな顔するなんて、珍しいなと思っただけ」
それは、負けたことがなかったからだ。
異世界に転移して早々ルナに拾われて、それから力をつけた。
その間も、アルやヴェーナと出会ってからも、俺は敗北を知らなかった。
でも、たった一回のあの敗北で、俺は心をズタズタにされてしまった。
それで怖がるな、なんて無理な話だ。
「あたしは死なないわ。だから、太陽も死なないで」
「ルナ……」
「死ぬのが怖いなら、死なないようにすればいいの。
そんなこともわからないようじゃ、勇者失格ね」
ルナはそう言って、眉尻を下げながら微笑む。
そして細い腰に手を当て、
「安心しなさい。昔みたいに、あたしが守ってあげるから。
ちょっと懐かしくて、いいじゃない」
ルナは、何の力も持たなかった転移直後の俺を守り抜いてくれた。
俺が強くなるにつれてその立場は逆転していったが、その根底にあるのは俺を守ってくれた彼女の存在。
俺はそれを、生涯忘れることはないだろう。
「ありがとな、ルナ。でも、必要ない」
「あら、そう?」
「俺がお前を守る。だから、お前も俺を守ってくれ。
――そうやって、一緒に戦おう」
「――」
微笑み返して手を差し出した瞬間、ルナの顔から笑顔が消えた。
そして再びその顔は綻んでいき、
「それでこそ、あたしが最後まで着いていくと決めた相棒よ」
差し出した俺の手を、固く握り返した。
それを、誰かに見られているような気がした。




