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第1章 10 アザゼル・アーク

「ここだよ」


 俺たちは、とある家の前にやってきた。

 ザ・和風といった感じの家で、扉は引き戸だし、庭にはたくさんの木が植えられている。

 そして一つ言えるのは――この家は、まあまあ大きい。

 豪邸といえるかはわからないが、何世帯も住んでいると言われても不思議でないくらいだ。


「友人、というのは?」

「ボクと同じ天使さ。少し待っていてくれ」


 レミエルはそう言って俺たちをその場にとどめ、一人玄関先へ向かう。

 扉の横に指を押し当てると、インターホンの音が二度鳴り響いた。

 そして、


『はーい』

「ピザ配達でぇす」

「……?」


 レミエルはわかりやすく声を低くして、インターホン越しに聞こえた声にそう返答した。

 俺とルナは訝しげに顔を見合わせて、彼女の動向を見守る。


『ピザなんて頼んでませんけど?』

「そんなこと言われても、ここに届けろと言われたのでぇ。

 ひとまず出てきていただけませんかぁ?」


 こんなので騙せると思ってるのか。

 というか、わざわざ騙さなければならない理由とは。


「あのだから、ウチはピザなんて頼んで……」

「やあアザゼル。三日ぶりだね」


 中から出てきたのは、濃いネイビー色の髪を首元で一つにまとめ上げた女性。

 髪色と同じような色の双眸で、目の前で手を振っているレミエルを見下ろしている。

 そして、


「帰れ」

「ギャァァァァァァ!」


 低い声でそう言い終わる前に、引き戸を勢いよく閉めた。

 閉め切られる寸前でレミエルが足を挟み込んだため何とか阻止したが、彼女は辺り一帯に轟くほどの悲鳴を上げた。


「何しに来たの? 風呂は三日前に貸したでしょ」

「しゅ、週一の風呂ってのはさすがに酷じゃないかい……?」

「入らせてやってるだけ感謝しろっつーの! んで何の用かって聞いてるんだけど?」

「後ろをよく見るんだ。今日はボクだけじゃない」


 レミエルが慌てて俺たちを指さすと、アザゼルと呼ばれた女性は「後ろぉ?」と言いながら俺たちを見た。


「誰?」

「ボクの眷属さ。入りたいって頼まれたんだぜ?」

「「言ってません」」

「ああ言ってるけど?」

「じょっ、冗談だよ! ボクが泣いて頭を下げて入ってもらったんだ」


 わざわざ嘘なんてつかずに本当のことを言えばいいものを。

 天使としてのプライドやらブランディングやらがあるのだろうが。


「ほんとかどうか知らないけど、まあアンタだけじゃないならいいよ。入りな」

「わぁ! ありがとう、ソルくん、ルナくん!」

「礼を言うのは私にだろ、バカ天使!」

「いだっ! いくらなんでも強いよアザゼル!」


 何だかわちゃわちゃしているが、招かれた……のか?

 とりあえずルナと目を丸くしながら顔を見合わせて、アザゼルの家へと入った。



 ***



 中は、予想通りかなり広かった。

 外観は和を漂わせていたが、それに反して中は意外とモダンな造り。

 広間だけは申し訳程度に畳が敷き詰められているし、よくわからないデザインの家だな。


「二人ともまだレベル1の駆け出し冒険者だけど、とんでもない実力の持ち主でね!

 ルナくんはステータスがカンストしてもなお伸びしろがあるし、ソルはスキルを三十個以上持ってるんだ! すごいだろう!」

「レミエル様、それどうして知ってるんですか?」

「ん? 言ったじゃないか、ずっと見ていたって。

 キミたちがダンジョンに潜った後、登録を担当していた受付嬢くんに色々聞いたんだよ」


 怖。


「それでねそれでね!

 この子たちは今日ダンジョンで起こった異常現象で、中層クラスのモンスターを圧倒したんだ! すごいだろう!」

「アンタの手柄かのように語ってるけど、すごいのはその二人だからね?」

「わかってるとも!!」


 ふんぞり返るほど胸を張ったレミエルに、アザゼルは呆れたように目を細める。

 まあ自慢してくれる分には別にいいが、これで変に天狗になられたら困るな。


「それにしても、レベル1で中層のモンスターを圧倒ねぇ。

 なんか、昔のラグナロクを思い出すね」

「ああ、そんなのもいたね。というか今も現役だけど」

「ラグナロク? って誰?」

「唯一のレベル7。トウキョウ最強って言われてる冒険者よ」


 レベル7。

 そういえば、受付嬢がポロッとそんなことを言っていたような。

 ルナの実力がレベル4相当だと考えると、その三つも上か。

 上には上がいるとはこのことだ。


「彼はダンジョン出現当時からの古参でね。

 ボクも一度アークに誘ってみたけど、アークの『ア』の字を口にした瞬間に断られた」


 いくら何でも早すぎないか……?

 最初期ってことはレミエル以外の天使もみんな横一線だっただろうし、そんな即答で断られるなんてよっぽどだったんだな。


「あれ、そういえばアザゼルの眷属たちはどこに行ったんだい?」

「それが、みんな中層に遠征に行ったっきり、帰ってこないんだよね」

「――オレはいるけどな」

「……あの子以外」

「おい忘れてたろ今」


 心配そうな顔を崩さないアザゼルの背後から、何やら新しい人が出てきた。


「ん? 誰だあんたら。こんな時間に客か?」

「なにも、レミエルの眷属なんだって」

「はえ~、こりゃ向こう一カ月は大雨だな。

 備蓄品色々揃えておいた方が良さそうだ」

「バカにしすぎだろヴォルカンくん!」


 ヴォルカン、と呼ばれた黒髪の青年。

 彼は「冗談だって」と、琥珀色の両眼を細めながら笑い混じりに鼻を鳴らす。


「この子はヴォルカン。このアークの鍛冶師として大黒柱を担ってる」

「俺はソルです。こっちはルナ」

「レミエル様にもついに眷属ができたか。よろしくな、二人とも」


 初対面ながら、この人はいい人そうだな。

 レミエルをイジれるほどの間柄ということは、付き合いは中々長そうだ。


「言っとくが、オレは敬語を使われるのが大嫌いだ。

 それと、さん付けで呼ぶのも禁止だ」

「は、はあ。わかりま……

「――」

「……わかった」


 一瞬眉をひそめたのを見てとっさに修正したおかげで、何とか事なきを得た。

 怒らせたら怖そうなタイプの兄ちゃんだし、慎重にいかなければ。


「んで、まだ帰ってねえのか、アイツらは」

「そうなんだよね。ダンジョンと地上では連絡のとりようもないし……」

「でも、キミの眷属たちが潜ったのは中層でも浅い方だと言っていたじゃないか。

 その程度の距離なら最短で一日、どれだけ長くても三日で帰ってこられるはずだ」

「それにあの子たちはレベル2だし、浅い階層なら十分攻略できるはず。

 なのに、もう四日も帰ってこない」


 あまり表に出してはいないが、心配そうな声音で天井を見つめるアザゼル。

 ダンジョンの攻略難易度についてはまったくわからないが、あまり楽観視はできない状況らしい。


「もしかして、異常現象に巻き込まれたとか?」


 ふと、隣に座っているルナがそんなことを口にする。

 すると、アザゼルはハッとしたような顔をした。


「確かに、その可能性はあるかもしれないね。

 一度異常現象が起こると立て続けに別の異常現象が起こることも少なくない」

「君たち二人が解決したっていう異常現象は中層のモンスターが関係してるって話だったよね。それなら、関係性があっても不思議じゃない」


 天使二人は目を合わせながらそう語り合う。

 こういう時のルナは冴えてるから、いつも頼りにさせてもらっていたな。


「ねえ、二人とも。それとヴォルカン」


 しばしの間視線を下げたまま沈黙していたアザゼルが口を開いたかと思えば、俺たちの名を呼んだ。

 そして、


「――あの子たちを、捜しに行ってくれないかな」

「俺たちが、ですか?」

「うん。中層クラスのモンスターを相手にしても無傷で帰還するくらいの君たちなら、中層まで潜っても余裕で生き残れると思う。

 ヴォルカンも一応レベル2の冒険者で戦えはするし」


 アザゼルは真摯な眼差しで、俺たち三人を見る。

 が、レミエルがそれに待ったをかけた。


「ちょ、ちょっと待つんだアザゼル。

 この子たちはまだ一度だけしかダンジョンに潜っていないんだ。

 いきなりそんなに深くまで潜らせるなんて少し不安だよ」

「アタシにどれだけ借りを作ったと思ってるのよ!

 少しくらい返してくれたっていいでしょ!?」

「っ……。それは、そうだけど、ボクはこの子たちを思って――」

「じゃあウチの子たちはどうでもいいってこと!?」

「お、落ち着けって天使様。心配なのはわかるが、そりゃ八つ当たりだ」


 激昂するアザゼルを、ヴォルカンが慌てて宥める。

 レミエルは目を伏せ、そのまま物言わぬ人形のように固まってしまった。

 眷属となった俺たちを心配して、守ろうとしてくれたんだろう。

 この人は、何も悪くない。


「悪いな、二人とも。無理な頼みだった。

 ギルドで捜索願を出せば、どうにでもなるさ。

 東京にはどんだけでも冒険者はいるしな」


 ヴォルカンはごまかすように口の端を持ち上げる。


 アザゼルも、大きなアークを持っているわけではないのだろう。

 話の流れ的にも、今この家にいる眷属はヴォルカンだけで、その他は遠征へ向かったまま帰ってこない。

 こっちの世界のダンジョンの常識と俺の常識では違いがあるかもしれないが、十人や二十人総出で向かうものでもないだろうし。


「――別に、あたしたちは何も言ってないけど」

「……えっ?」

「だから、あたしたちは別に行くとも行かないとも言ってないじゃない」


 ルナの突拍子もない発言に、一同は目を丸くする。

 だが、俺だけはそんな彼女を見て思わずニヤッとしてしまった。


「ソル、捜しに行きましょ」

「えっ、ルナくん!? 何を言ってるんだい!」

「さっきあんなに自慢げにあたしたちのことを語ってたじゃない。

 それとも、あたしたちがそんな簡単に死ぬと思ってるの?」

「――っ」


 レミエルは、表情を変えないルナの言葉に押し黙ってしまう。


「心配してくれてありがとうございます、レミエル様。

 でも、俺たちは昔から……困ってる人を放っておけない性格なんですよ」

「ソル君っ……! 本当にいいの?」

「はい。俺たちも早く強くならないとなので、どんどん挑戦しなきゃです」


 俺は、あの世界でそうやって強くなってきた。

 敵を恐れず、危険を恐れず、ルナや仲間たちと一緒に突き進み続けた。

 それは、こっちの世界でも貫き通さないとな。


「……本当に、大丈夫なのかい?」

「あたしたちの天使になったなら、眷属を信じるってのを覚えることね。

 心配しなくても、全員無事に連れて帰ってくるわ」


 ルナは、声を震わせるレミエルの肩に手を置いてそう言った。


「それじゃあ、明日の早朝にウチに来てくれる? 色々と事前に話しておきたいから」

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