第1章 15 格上のリザードマン
リザードマンの攻撃を受け止めたヴォルカンだが、じりじりと押し込まれている。
俺は剣を握り締めて間合いを詰め、間に入って斬り伏せようとしたが、
「暴風穿空!」
それよりも先に、伏せたルナの手から翠色の光が放たれた。
生前、俺たちよりも体の大きい魔物に対して幾度となく効果を発揮した風の槍。
どんなに硬い装甲でも突き破るほどの威力を誇る彼女の切り札の一つが、リザードマンを襲う。
だが、
「なっ……!?」
リザードマンは片方の剣を瞬時に動かし、ルナの魔法を弾く。
すぐさま縦長の瞳孔をルナの方へ向け、ヴォルカンのもとから飛び退いた。
そして、リザードマンは狙いをルナに定めて一気に距離を詰めた。
「ぐっ……!」
「ソル……?」
俺は即座に割って入り、攻撃を受け止める。
何て力だ。
こんなのが、このあたりの階層にいていいはずがない。
渾身の力で双剣を跳ね返し、吹き飛んだリザードマンを見据えたまま己の剣を力強く握り直して、
「光の太刀――ッ」
光り輝く剣を振り上げ、剣筋から青白い光を飛ばす。
至近距離にいたリザードマンを飲み込み、跡形もなく消し飛ばそうと放った一撃。
いくら生前の俺からグレードダウンしたからといって、この距離で攻撃を外すなど――
「当たってねぇぞ、ソル!」
あろうことか、リザードマンはそれを見事に躱していた。
ヴォルカンは大剣を振り構えて声を張り上げながら、俺たちから距離をとったリザードマンに向かって一直線に突っ込む。
俺にはわかる。
これだけ格上の相手には、馬鹿正直に正面突破なんていうのが通用しないことが。
「バカ、ヴォルカ――」
「――ゴハァッ……」
ヴォルカンは、先ほどまで彼の同一直線上にいたはずのリザードマンに背後から斬り捨てられた。
赤黒い鮮血が舞い散り、ヴォルカンは力なくその場に倒れ込んだ。
「ヴォルカン!」
「まずい! アゲハ――!」
「灼熱穿光ッ!」
悲鳴を上げたアゲハを睨み据えたリザードマンに、ルナが炎の矢を撃ち放つ。
二発、三発――無数の矢がリザードマンに降り注ぐが、リザードマンはそれをものともせずルナを捕捉した。
自分を攻撃してくる相手を優先的に狙い、それを邪魔する者から排除しようとする。
見る限りだと、戦い方自体は他のモンスターと何ら変わりない。
「ッ!」
ルナはフィールドを縦横無尽に駆け回り、リザードマンを翻弄する。
リザードマンはその場に佇んだまま、どこからか現れるであろうルナを仕留めようと神経を研ぎ澄ませている。
注意は、完全にルナに向いている。
それならば――、
「光の太刀――ッ!」
再び剣を振りかぶり、真っ直ぐ振り抜いた。
先ほどよりも溜める余裕があったためか、その威力と効果範囲は先ほどの比ではない。
一直線上をすべて焼き払うほどの勢いで光が広がり、地面を抉りながらリザードマンを捉える。
ルナは空高く飛び上がって俺の斬撃を避け、こちらに戻ってきた。
やはり、それが狙いだったのだ。
注意を敢えて引きつけて、俺の一撃で仕留めようと考えていたのだ。
でなきゃ、こんなに示し合わせたようなタイミングで飛び上がったりしないだろう。
「……嘘でしょ」
しかし、現実はそう上手くはいかなかった。
リザードマンは気味の悪い笑みを浮かべながら、顔の前に双剣をクロスさせたまま鎮座していた。
「ソルの攻撃でも、通用しないなんて……」
そうこぼすルナの顔は、ひどく絶望感に満ちていた。
思い出したくなんてないが、前に同じような顔を見たことがある。
――黒い怪物に俺の攻撃が効かなかった時と、同じ顔をしていた。
「ソル殿! 治療が終わったぞ!」
「わっ、わたしたちも加勢しますっ……!」
「みんなで戦えば勝てる。僕たちにも戦わせてくれ」
その時、背中越しにそんな声が耳朶を打つ。
振り返ると、先ほどまで倒れていたアザゼルアークの面々が武器を手に立ち上がっていた。
「ッ! ――ッ!」
前方では、武器など何も持たない生身のルナが孤軍奮闘している。
レベル4相当のルナですら苦戦するほどの強敵。
そんな相手に、レベル2、よくてレベル3の彼らが応戦できるのか。
「……ッ!」
「ソル殿!?」
俺はアゲハたちに答えを示すことなく、その場を飛び出した。
そして、ルナの猛攻を立ち止まったまま防ぎ続けているリザードマンに剣を振りかざし、鋭く振り抜いた。
「ソル?」
「ルナ。聞いてくれ」
当然のように攻撃を弾かれたが、俺はそれをよそに隣に張りついてきたルナに呼びかける。
それから、背中合わせになったルナに、
「ヴォルカンたちを連れて逃げろ」
「……は? 何言ってんのよ、あんた……。
あんたはどうするのよ?」
「後で合流するよ。誰かが時間を稼がなきゃ、最終的には全滅して終わりだ」
「それは、ソルじゃなくても……」
「じゃあ、他に誰ができる――ッ?」
俺はそう問い返しながら、リザードマンの斬撃を弾く。
一撃一撃が重く、モロに食らったら致命傷じゃ済まないだろう。
「それなら、あたしが残るからソルが逃がしなさい」
「ダメだ。お前にしかできない」
「どうして!? だって、あたしなんかよりもあんたの方が強いのよ!
道中の護衛をしろってことでしょ? それならソルが適任じゃない!」
「相手は武器持ちで、お前は何も持ってない。
魔法が使えて速く走れても、一歩間違えれば即死だ。
このままルナが持ちこたえられるとは思えない」
捉えようによっては、俺がルナを見くびっているように聞こえるかもしれない。
でも、それ以外に言い方が見つからなかったのだ。
異世界を旅していた時、ルナは武器を持った魔物に弱かった。
もちろんゴブリンやオークといった彼女にとって格下の相手は除くが、バーバリアンやミノタウロスのような体の大きな魔物に対しては後手に回ることが多かった。
「でも……ソルが勝てるとも思えないわ」
「なにも、勝とうとはしてない。あいつを食い止めるのが目的だ。
隙を見て逃げ出して合流するから、早くヴォルカンたちのところに行って俺が残るって伝えてくれ」
「何であたかも決まったことみたいな感じ出してるのよ! あたしはまだ何も――」
「――たまには俺の言うことを聞け!」
「っ……」
思わず口をついて出た強い言葉に、ルナは体を微かに震わせる。
目を伏せて、拳をギュッと握ってから顔を上げて、
「死んだら、許さないから」
「ああ。頼ん――」
俺が言い切る前に、ルナは目の前から姿を消した。
「あれ、追わないのか? 俺に惚れ込んでくれたみたいだな」
頬を伝う冷たい汗。
それを拭うことなく剣を構え、口角を無理やり持ち上げた。
「――こっからは俺とタイマンだぜ、トカゲ野郎」




