第1章 14 髪飾りと血痕の先に
あれから約半日、ダンジョン中を歩き回った。
ヴォルカンが先導してくれたおかげで迷うことなく到着することができたが、道中では様々なモンスターに絡まれた。
ただまあ、上層のモンスターはやっぱり大した敵じゃなかったが。
そしてついに、中層の入り口である十六階層に辿り着いた。
「ここが……中層か」
思わずそんな感想がこぼれるほど、辿り着いた景色は壮観だった。
上層までは、いわば巨大な地下迷宮といった感じ。
果てしなく広いのは確かだが、丸一日も歩き回れば網羅はできそうな気がした。
ほとんどが冷たい岩の壁に囲まれた通路で、特段広い空間があるわけではなかったし。
でも、ここは全然違う。
十五階層からの階段を下りて通路に出て、それからフィールドに出た瞬間。
目の前には、終わりの見えないような岩窟が広がっているのだ。
「中層はどこもこんな感じだぜ。
下層に入ると、森林やら湿原やらが広がってるらしいが、オレもそんなところまでは行ったことねぇ」
「でも、あんたはここまで来たことがあるってことでしょ?」
「まあ、アークのメンバーたちと一緒だったけどな――」
地鳴りのような振動が、地面の下から聞こえた。
ヴォルカンは視線だけを動かして辺りを警戒し、ルナも同じように身構えているのが見える。
「下だ、ヴォルカン!」
そう叫んだ瞬間、地面を食い破るようにして何かが這い出てきた。
泥まみれの長い胴をうねらせて、大口を開けて咆哮をあげたそれは、
「キモッ!? 何だこいつ!?」
「サンドワームだ。地中から不意打ちで攻撃してくるから厄介だぜ、こりゃ」
よく見ると、サンドワームの大きな口にはいくつもの牙が備わっている。
食われたが最後、ミンチになって終了だろうな。
「あたしに任せなさい!」
そう言いながら、ルナが先陣を切ろうとする。
俺はその背中を見ながら、腰に提げている鞘に手をかける。
そして、柄を握って一気に抜き放った。
――ルナが魔法を放つよりも、先に。
「えっ……」
剣を抜いたと同時に、その軌道をなぞるように青白い斬撃が飛んだ。
地面の小石を巻き上げながら空気を切り、一瞬にしてサンドワームの胴に到達する。
瞬く間に、サンドワームは鮮血をまき散らしながら真っ二つになった。
「ちょっとソル! 任せなさいって言ったでしょ!」
「一撃一撃が小さいルナより、一撃が大きい俺の方がこういう大型の敵には合ってるだろ」
「うぐっ……それはそうね……」
一度不満を露わにしたルナは、俺が考えを説明すると口を尖らせつつも引き下がる。
やっぱり、剣があるのとないのとでは威力が桁違いだ。
昨日手刀で使った光の太刀は、言っちゃ悪いが威力としては大したものではなかった。
剣の方が手刀よりもはるかに大きい以上、効果範囲の違いはどうしても出るわけだし。
「ほう、聞いてた通り強いんだな、お前」
「あたしの方が強いわ!」
「いやだって、お前戦ってねぇじゃん?」
「ソル、次は絶対に手を出さないで。あたしの方が早く終わらせてやるわ」
「へい」
こういう負けず嫌いなところが、彼女のいいところだったりする。
一見すると面倒臭いやつに見えるが、そんなルナと互いに高め合って強くなった。
死ぬ前は俺の方が圧倒的に強かったが、今となってはルナの方が間違いなく上だな。
早くステータスを上げて、ルナに追いつかなければ。
「……なーんか、平和ね」
それから数十分、同じ階層を探し回っている。
未だ手がかりはゼロ……というにはまだ早いが、とにかく接敵がない。
先の戦闘を俺が一瞬で終わらせてしまったことでリベンジに燃えているルナだが、接敵どころか敵の影すら見えない。
「ある意味異常だな、こりゃ。
上層の方がまだ敵がいるぞ」
「あたしに恐れをなして逃げたのかしらね」
「たはは」
「何笑ってんのよ!」
愛想笑いで受け流したが、ルナに頭をひっぱたかれてしまった。
どういう反応が正解だったんだ。
……ん?
「何か見つけたのか、ソル」
「あの蝶みたいなのって、髪飾りじゃないか?」
俺が指をさした先。
紫色の蝶のような髪飾りが落ちているのが見えた。
「――! これは……」
「見たことあるの?」
「アゲハの髪飾り……オレのアークの前衛で、薙刀を使って戦う女の子だ」
地面に落ちたそれを拾い上げるなり、ヴォルカンは声を震わせる。
なぜなら――、
「――血痕が、続いてるわ」
髪飾りの周りには、そのアゲハという冒険者のものだと思われる血の痕が広がっていた。
血だまりというほどではないものの、引きずられたような残り方をしているその血痕。
それは、向こうの方まで尾を引いて続いていた。
「何が……あったんだよ」
「とりあえず、辿ってみよう。油断はするなよ」
「わかってる」
ヴォルカンの額に、一瞬にして脂汗が浮かぶ。
仲間が身に着けていたものと血痕が同じところにあったら、焦るのも無理はないだろう。
俺たちは、一歩一歩慎重に歩みを進める。
抜き足差し足というほどではないものの、武器を抜いたまま警戒を怠ることはない。
「っ! アゲハ!」
ほどなくして、ヴォルカンが声を上げた。
その視線の先には、埋め込まれた木の杭に縛りつけられた数人の冒険者が血を流したまま倒れていた。
和服を身にまとっている彼女だけが辛うじて意識を保っており、血で染まっている真っ赤なサラシにさらに血の塊を吐き出す。
「ヴォルカン……? どうしてあなたがここに……?」
「いつまで経ってもお前らが帰ってこないから、アザゼル様に頼まれて探しに来たんだ。
レミエル様んとこの眷属のコイツらにもついてきてもらってな」
「そう、か……迷惑を、かけてしまった」
「出血がひどい……あんまり喋らない方が良さそうね。
手短にでいいから、何があったか話せる?」
ルナはフードを被り直し、その場にゆっくりと屈む。
アゲハは苦しそうに顔を歪めながら、途切れ途切れながらも話し始めた。
「十六階層付近で……みんなでレベリングをしようとしていた。
でも、とんでもなく強いっ……リザードマンが現れて、全員一瞬でやられた……」
「ノエルやジークたちは無事なのか?」
「ああ……何故か、殺されはしなかった。
自分たちを木に縛りつけたまま、双剣を握ってどこかへ行った」
殺されなかった……
意図的に、生かされたということか?
いや、モンスターにそんな知能があるとは思えない。
でも、偶然全員が生け捕りにされているというのも考え難い。
「コイツらは、レベル2でも3に近い方のはずだ。
中層のこんな浅い階層に、それを壊滅させられるほどのモンスターが現れるなんてのはおかしい」
「……また、異常現象ってわけか」
あまりにも、立て続けに起こっているような気がする。
通常では起こらないことが起こることを指しているはずなのに、むしろそれが当たり前になっているのは一体どういう冗談だ。
「ひとまず……自分の拘束を解いてもらえないだろうか。
自分はこれでも治癒魔法が使える故、倒れている仲間たちの治療をしたい」
「わかった」
アゲハの頼みにそう応じ、彼女を縛っているロープを解こうと膝を曲げる。
剣を短く持ち、慎重にロープの結び目を切ると、解放されたアゲハはよろめきながらも俺に頭を下げて、仲間たちの治療を始めた。
こんなに長い薙刀を使う前衛でありながら、味方の治療もできるのか。
もしあっちの世界にアゲハのような存在がいれば、重宝されていただろう――
「――伏せろ!」
その瞬間。
ヴォルカンの警告が、その場に響き渡った。
とっさにうつ伏せになったと同時に、頭上から甲高い金属音が鳴った。
「何だ!?」
「モンスターの奇襲だ!」
ルナが声を張り上げて尋ねると、ヴォルカンはそれを上回る声量で答える。
「こいつ……!」
見上げると、体の大きなヴォルカンを凌駕するほどの巨躯を持つモンスターが、二本の剣でヴォルカンを押し切ろうとしているのが見えた。
そしてそのモンスターは、トカゲのような顔をしていた。
双剣持ちの、トカゲ顔のモンスター。
まさか、こいつが――
「逃げてください、皆さんっ……!」
例の、リザードマンだというのか。




