第1章 12 両手に狂犬
「おっ、思ったより早かったね」
「おはようございます、アザゼル様」
翌朝、俺はルナとレミエルとともにアザゼルの家を訪れた。
昨日はステータス更新の後に泥のような眠りについたので、いつもよりも早く目が覚めた。
「ちょっと待っててね。ヴォルカンを呼んでくるから」
アザゼルは玄関から顔を出したかと思えば、そう言って扉を閉めた。
まだ寝ているということだろうか。
「アザゼルは、ヴォルカンくんが鍛造した武器や道具を販売してるんだ。
眷属が少ないのにここまで家が大きいのは、それが理由なんだよ」
「やっぱり、そういうのって価値が高いものなんですか?」
「ヴォルカンくんの鍛冶師としての腕は、その界隈では定評があるらしい。
だから、高く買う人は結構いるんじゃないかな」
冒険者としてはレベル2だって言ってたし、鍛冶師が主要な仕事なのだろうか。
そんなヤツを中層なんかに連れて行って大丈夫なのか、ちょっと心配ではあるが。
「悪い悪い、待たせたな」
「おはよう、ヴォルカン……って、何でそんなに汚れてるんだ!?」
「夜通し武器を打ってたからな。ちなみに、一睡もしてねぇ」
「寝てなくて大丈夫なの?」
「徹夜で作業するのには慣れてるから、心配ないぜ」
中から出てきたヴォルカンは、全身が煤で汚れていた。
ダンジョンに潜る前日に徹夜なんて、中々度胸が据わっているな。
なんて言っている場合ではない。一体何を考えているんだ。
「一晩中も何を打っていたんだい。
キミたちはこれから危地へ赴くというのに」
「その危地を生き抜くための武器だよ、レミエル様」
ヴォルカンは力強くウインクを飛ばし、頬についた煤を指で拭う。
その隣から、アザゼルが何やら重たいものを持っているかのように「よいしょ」とこぼしながら、
「ソル、ルナ。これを」
「――! これは……」
「夜中の一時頃に、突然レミエル様がここを訪ねてきてな。
そんで、『ソルもルナも武器を持ってないから、一晩で武器を打ってやってくれないか?』なんてムチャぶりまでしてきてよ。だから、要望通りに作ってやったんだ」
アザゼルが差し出してきたのは、剣と杖だった。
剣は朝日に照らされて眩く黒光りしており、杖はレミエルの背丈と同じくらいの長さをしている。
……オーダーメイド、ってことかよ。
「やっと帰ってくれたかと思ったら、その数時間後にウチに来たのよ、この天使。
どっちも起きてたからよかったものの」
「だって、やっぱり心配だったんだもん……」
レミエルは両手の人差し指の先を突き合わせながら、口を尖らせる。
俺は思わず笑みをこぼし、
「ありがとうございます、レミエル様。
ヴォルカンもわざわざありがとうな。大事に使うよ」
「おう。いやまあ、オレも同行するからいつでもメンテはできるんだけどな」
「……すごく言いづらいんだけど、あたし杖はいらないわ」
笑顔で顔を見合わせた俺とヴォルカン、そしてレミエルとアザゼルは、ルナがそう口走った途端一斉に彼女の方を見た。
「はぁぁぁ!? オレが不眠不休で作ってやった杖だぞ!?」
「いや、それは本当にありがたいんだけど……あたし、何も持たずに魔法を使う方が戦いやすいのよ。
大きな魔法はあんまり撃たないし、前衛でちょこまか動きながら戦う方があたしらしいわ」
レミエルは顔を青ざめて、「あわわわわ」とヴォルカンを凝視しながら漏らす。
やっぱり、怒らせない方がいいのか……?
「ま、まあまあ。その杖は商売に回せばいいじゃない。
無駄にはならないわよ」
「…………まあ、そうか。無駄ではないか」
「そうよ。無駄にはならないわ」
「お前が言うんじゃねぇぞぶっ殺すぞ!」
「何ですって!?」
レミエルとヴォルカンは互いに歯をむき出しにしながら睨み合う。
おいおい、遠征前にこれって。
俺は狂犬を二匹も従えてダンジョンに潜らなきゃならないのか。
先が思いやられるな。
ヴォルカンはアザゼルが、ルナは俺とレミエルが二人がかりで止め、何とか沈静できた。
その後俺はアザゼルから剣を受け取り、鞘ごと腰に提げた。
あー、これだよこれ。
腰に剣がある、この実家のような安心感。
でも、思いのほか重たいな、これ。
これも体が小さくなったことの弊害か。
「三人とも。私……いいえ、私たちから一つ伝えておくから、よく聞いて」
「何ですか?」
「絶対に、無理はしないこと。
もちろん全員を無事に連れ帰ってきてくれるのが一番だけど、特にソル君とルナ、アナタたちまで無理をする必要はない。
必要とあらば……見捨てて、逃げることも――」
「いいえ、そんなことはしないわ」
アザゼルの声に被せるように、ルナはそう言い切った。
「あたしとソルは簡単には死なない。
それに、あたしたちは完全勝利しか要らない。
みんな助けて、みんなで生きて帰ってくる。ただそれだけよ」
「ルナ……ありがとう、本当に」
アザゼルは目元を綻ばせて、首を軽く傾ける。
なんか、俺より主人公してないか、こいつ。
「遠征に向かった眷属は四人よ。男二人、女二人。
見た目はヴォルカンがわかるから、彼から離れないようにね」
「オレに着いてくれば、少なくとも誰だかわからないってことにはならない。
だから、戦闘は全般的に任せたぜ、二人とも」
「ああ。任せとけ」
中層のモンスターは、俺とルナの敵ではない。
それは、昨日の異常現象の処理でわかった。
あとは、別の異常現象に巻き込まれないように立ち回るだけだ。
「じゃあ、行くか」
「えっ、風呂とか入らなくても大丈夫なのか?」
「一刻を争う状況かもしれないだろ。のんきに風呂なんて入ってる場合じゃねぇ」
「臭いわ」
「もっぺん言ってみろコスプレ女ァ!」
怖いよ、レミエル様。
俺、この二人とやっていける気がしないよ。
「行ってらっしゃい、三人とも。健闘を祈っているよ」
「ええ。レミエル様も、寂しくて死なないようにね」
「ボクはアザゼルの家にいるし、独りじゃないから大丈夫だよ」
「……まあ、今回は特別に許してあげる」
「~! アザゼルぅ~!」
レミエルはパッと表情を明るくさせ、アザゼルに飛びついた。
だがアザゼルはそれを華麗にかわし、レミエルは勢いよく地面に激突した。顔から。
……絶対に、生きて帰ってこよう。
誰も欠けることなく、ここに。




