第3話:名前に「ン」がつく絶望と、元現代人が気づいた最強の真実(ビタミン視点)
私には、誰にも言えない秘密がある。
それは、自分が前世で『地球』という世界の日本人だったという、いわゆる異世界転生者であることだ。
……だけど、転生したからといって、誰もがチート能力を持って無双できるわけじゃない。
この『しりとり国』に生まれた私が授かった名前は、【ビタミン】。
環境的にも、この国の絶対的なルールは――名前に「ン」がつく奴は、一発アウトの無能。
「ハッ、ビタミン? 最後に『ン』がついてるじゃねえか。近寄るなよ、無能が移る」
「しりとりコンボを汚す呪われた子供だ」
幼い頃から、私は周囲にそう蔑まれて生きてきた。
自分の名前を見るたび、前世の知識が「ビタミンは体に必須な栄養素なのに!」と叫んでいたけれど、文字の繋がり(しりとり)だけが評価されるこの狂った世界では、私の声など誰にも届かなかった。
私の心は完全に折れ、暗い部屋で引きこもる毎日。
そんな絶望のどん底にいた私に、唯一、優しく手を差し伸べてくれたのが――義理の兄である【カフェイン】だった。
「気にするな、ビタミン。周りが何と言おうと、俺はお前の味方だ」
お兄ちゃんもまた、名前に「ン」がつくという理由でギルドの連中から都合よく使われ、ババにされていた。それなのに、自分のこと以上に私の体調を気遣い、いつも「ほら、これでも飲んで元気出しなよ」と、温かい漆黒の魔導飲料を淹れてくれた。
お兄ちゃんが淹れてくれたお茶を飲むと、不思議と頭がシャキッとして、暗い気持ちが吹き飛んだ。
不器用だけど、いつも底抜けのやる気とバフを私に注ぎ続けてくれたお兄ちゃん。
いつしか私の胸の中には、実の兄に対するものとは違う、じんわりと熱い『淡い恋心』が芽生えていた。
だから、お兄ちゃんが幼馴染のゴリラやリンゴに裏切られ、パーティーを追放されたと聞いた時、私の怒りは頂点に達した。
(あんな泥棒猫のリンゴや、筋肉ダルマのゴリラなんかにお兄ちゃんはもったいない! もうこんな国、こっちから捨ててやる!)
私たちは王都を飛び出し、最果ての辺境の町――通称【社畜】へと向かった。
◇
数日後。辿り着いた「社畜」の町は、過酷な労働環境のせいで、住民全員がゾンビのように死んだ目で働いているディストピアだった。
そこで、お兄ちゃんは不敵に笑い、固有スキル『脳内覚醒』を発動した。
その瞬間だった。
どんよりとしていた労働者たちの目がカッと見開かれ、狂ったように超高速で書類仕事を片付け始めたのだ。
「す、すごい……お兄ちゃんのスキル、この町の住民に刺さりすぎてる……!」
驚愕する私に、お兄ちゃんは優しく微笑みかけた。
「ビタミン、お前もやってみろ。お前の『聖女の慈愛』なら、ここの人たちをもっと救えるはずだ」
「うん、やってみる……! スキル――『聖女の慈愛』!」
私の手から放たれた極彩色の光が、疲れ果てた労働者たちを包み込む。
すると、彼らの目の下のクマが一瞬で消え去り、荒れた肌にハリが戻り、口内炎や立ちくらみが劇的に改善していった。
「おおおお! 身体が軽い! 栄養が満ちていくぞ!」
「あのアニキのスキルで脳をシャキッとさせ、聖女様の光で肉体を極限まで回復させる……これなら24時間戦えるぞ!」
熱狂する社畜たち。
その光景を見ていた私の脳裏に、前世の記憶が凄まじい勢いでフラッシュバックした。
(……待って。現代社会において、過酷なデスクワークやデスマーチを生き抜くために、人間が一番頼っていたものって何だっけ……?)
そうだ。缶コーヒー。エナジードリンク。そして、マルチビタミンのサプリメント。
どれもお互いの効果を高め合う、現代の労働者にとっての『最強の神器』。
(しりとり国の人たちは、文字の繋がり(ローカルルール)に縛られて気づいていない。だけど……お兄ちゃんの『カフェイン』による脳のブーストと、私の『ビタミン』による肉体の完全栄養回復。この二つが合わさったら……)
目の前で、信じられない効率で町を開拓していく社畜たちを見つめながら、私は確信した。
(この過酷な労働環境において――私たち、世界の覇権を握れるくらい最強なんじゃない……!?)
「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんのことを全力でサポートする! この町を、世界一の場所にしよう!」
「ああ、頼むよビタミン。俺たち二人で、しっかり稼いで幸せになろうな」
お兄ちゃんは私の手を握り、爽やかに笑った。
その笑顔に、私の心臓はまた小さく跳ねる。
私を無能と呼んだ王都の奴らは、今に知ることになるわ。
お兄ちゃんはしりとり界の敗北者なんかじゃない。この世界のすべての『働く人』にとっての、絶対的な神様なんだから!
私はお兄ちゃんの最高のパートナー(ゆくゆくは、お嫁さん)になるため、この「社畜」の町で、彼を全力でプロデュースすることを固く誓ったのだった。




