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一 翁
白洲。
まだ夜とも朝ともつかぬ色をしている。
素木の台がひとつ。
翁が座している。
面の白だけが、うすく浮かんでいる。
〽とうとうたらりたらりら
たらりあがりららりどう
〽——と、落つるは水のこゑ
いづくより来ていづくへか
汲めばはじめのひとしずく
千代よろずよの底に澄む
〽土はしずかに火を抱き
火はしずかに土を締め
なりたるものは名を待たず
名は後の世のたわむれぞ
〽ひとたび集ふ座のうちは
ふたたびあらぬ座なれども
あらぬがゆゑにめでたけれ
一期のほかに何かあらん
〽天が下しろしめすかぎり
湯はたぎり、花は落ち
落つるをことほぐ声もがな
めでたし、めでたし
声が絶えた。
白洲に、なにも起こらない。
降るものもなく、鳴くものもない。
翁の前に、いつからか、女がひとり座している。
黒い椿を、一輪、髪に挿している。
長い、長い沈黙があった。
祝いの続きかとも思われた。
やがて翁が、面の奥で、ふ、と息をゆるめた。
「たまには、ゆっくり茶でも飲んでこい」
それだけだった。
女は一礼して、立った。
白洲を渡る足音は、なかった。
あとには翁がひとり。
もとの静けさが、もとのままに残った。
めでたし、めでたし。




