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騎士「強すぎてゴメンね!」王女「でもあなた女性恐怖症ですよね?」  作者: ルーシャオ


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第九話 え、やだ

 シチューの鍋をかき混ぜながら、くすんだ金髪の兵士はこんな弱音を吐いていた。


「これから、この国はどうなるのでしょうか。ここまでの道のり、魔物の血と死骸だらけで、腐臭だけならまだしも酸のように土地を溶かしているところまで見てしまいました」


 弱音はいいのだが、ハルトークはすかさず魔物の取り扱いについて注意を促す。


「あれは全部毒だから、触っちゃだめよ。ちょっと触るくらいならまだしも、ちゃんと防護服来た素材回収屋とか、その筋の専門家じゃないと死骸の利用もできないくらいだし」

「やはりそうですか。スメルナ王国にはそうした人々がいないものですから、我々はとんと疎くて」

「だろうね、それはしょうがない。アーセナルがそのあたりのこと周知しといてくれればいいんだけどねー」


 ハルトークはなるべく朗らかに言ったつもりだった。


 だが、短い黒髪の兵士も、くすんだ金髪の兵士も、顔に影を落としていた。魔物の死骸も、これからの現実のことも、思い出してしまったのだろう。二人の兵士たちの、鎧を拭く手も、鍋を木製のレードルでかき混ぜる手も、止まってしまった。


 どこにも明るい要素のないこの荒野で、本当にスメルナ王国は生きていけるのか。


 何百年も魔物の出ない安全な土地だったはずなのに、一度魔物が出てしまえば、これからも安全とは言いがたくなる。安全は多くの場合、金で買わなくてはならない。


 それができるほどスメルナ王国が裕福であるようには、ハルトークには見えなかった。目の前の兵士たちの装備さえ、新米の戦士のほうがまだいい鎧兜や武器を持っているくらいだ。


 どうしてやればいいのだろう。ハルトークは精一杯考えたが、自分にできることがあまりにも少ないことにうなだれそうになるのを我慢した。


 ハルトークは二人の兵士たちへ向けて、できるだけ明るく振る舞う。


「ま、まあ、何とかなるって! これだけ魔物がいるんなら素材もたんまりだし、売りつければ復興費用にもなるよ、うん」

「そう、ですか……それなら何とか、この国にも未来はありそうですね」

「そうそう! 今は目の前の魔物を全滅させることに集中しよ! な!」

「ええ、もちろんです! シチューはもういいですか? まだ少し残っていますが」

「マジで? 残りは俺がもらっていい?」

「どうぞどうぞ」


 くすんだ金髪の兵士が、ハルトークのシチュー皿を受け取り、残りのシチューを遠慮なく放り込む。湯気立つミルク色のシチューの中に、ところどころ、焦げが浮いていた。意外と美味しい部分なのだ、自分で作ると例外なくただの炭なのだが、とハルトークは首を傾げたくなる。


 そんなときだった。


「あ、そうでした! こちら、陛下から書簡を預かっています!」


 シチュー鍋を片付けていたくすんだ金髪の兵士は、思い出したように荷物の中を漁る。


「手紙? 何だろ、もっと早くしろとか?」

「それはないかと」


 微妙に弱気になっているハルトークへ、鎧の手甲を拭く短い黒髪の兵士は、思わずツッコんでいた。ハルトーク、怒られることが大の苦手なのである。


 くすんだ金髪の兵士から手紙を受け取り、ハルトークは焚き火の近くに寄って、中身を読む。


 幸い、読める言語だったため、それに丁寧な文章だったことからすぐに内容を理解できた。


 できたのだが、ハルトークは文章をまじまじと眺め、「んん?」と唸る。


 その様子に、二人の兵士たちは顔を見合わせ、心配していた。


「ハルトーク様?」

「どうなさいました?」


 ハルトークは、二人の兵士へ尋ねた。


「なんか、未婚かどうか聞かれてるんだけど、どういう意味だろ?」


 二人の兵士たちは、一気に真剣そのものの顔となり、まさか、とばかりにまた顔を見合わせる。


「そ、それは、もしかして」

「え? 俺、結婚してないよ?」

「そうではなくて、いえそれも重要なのですが」

「なになに、何の話?」


 ハルトークは事の重大さをまだ分かっていない。二人の兵士たちはとっくに気付いている。


 短い黒髪の兵士が、手紙のキーワードから、国王の言わんとしていることをこう推測した。


「もしかするとですよ、陛下はハルトーク様へ、ユーディット王女を魔物討伐の報酬としてお与えになるのでは」


 くすんだ金髪の兵士が大きく頷く。ハルトークへ、我がことを喜ぶように、力説する。


「ユーディット王女を……ハルトーク様、朗報ですよ! ユーディット王女はこの国一の美女です、お歳は十六、しかもお淑やかで滅多に外に姿を見せない。年賀の挨拶でお姿を拝見した者は、こぞって自慢するほどです」

「なるほど、それならどんな大金にも引けを取らない価値のある……ああ、いや」


 短い黒髪の兵士は、ハルトークの表情を見て、言葉を止めた。くすんだ金髪の兵士も同じく、意表を突かれた顔になる。


 ハルトークは、何とも嫌そうな顔をしていた。


「え、やだ。そんなのいらない」


 ハルトークの答えに、二人の兵士たちはひどく動揺する。貧しい国でありながらも大国に引けを取らないもの、自分たちの数少ない自慢の美しい王女を欲しないハルトークへ、信じられないとばかりに問いかける。


「な、なぜ?」

「だってさ」


 ハルトークが理由を口にする前に、くすんだ金髪の兵士が短い黒髪の兵士を叱る。


「おい、聞くな! ハルトーク様は、そんな人身売買のようなことはしたくないんだ!」

「えっ、ちょっ」


 短い黒髪の兵士は、己を恥じてか顔を赤らめ、謝罪する。何も言っていないのにどんどん進んでいく話に、ハルトークは何が何だか分からない。


「ああ、そこまで気が回らず失礼しました! おっしゃるとおり、本来ならそのようなことは厳に慎むべきです、しかし」

「おっしゃってないです」

「それでも我が国には、何もないのです。財宝はおろか、開拓できる土地も示すべき権威も、お渡しできるものは何も残っていません。おそらく、陛下はハルトーク様がご満足されるほどの金銭を用意することさえも厳しいかと」


 しん、と場が静まり返る。焚き火のはぜる音だけが、夜の荒野に響いていた。


 あまりの気まずさに、ハルトークは何かを言おうとしたが、そもそもこの状況を打破できるほど口が上手なら、どうしようもないほど根も葉もない噂を立てられたりはしない。


 スメルナ王国が貧乏であることは明らかだったが、そこまで懐事情が壊滅的だったとは想像がついていなかった。前金の金貨入りの皮袋を受け取らなくて正解だった、とハルトークは内心ほっとする。


 別にハルトークは金のために戦っているわけではない。生活費や必要経費を除いて余った分は——いつも余るのだが——アーセナルに何かを依頼したり、鍛治師たちの報酬に色をつけたり、できるだけ手元に残らないようにしているほどだ。努力しているだけで、銀行に預けている今までの報酬はすでにとんでもない金額になっているのだが、ハルトークは見ないふりをしていた。


 決して無私無欲なわけではなく、あまり金にいい思い出がないのだ。往々にして大金というのは災いを呼び寄せる、少なくともハルトークはそう信じていた。


 しかし——お金はいりません、魔物討伐だけして帰ります、というわけにはいかない。


 ハルトークは悩む。


 ボランティアが悪いとは言わないが、善意の押し付けはよろしくない。それに、貧乏とはいえ一応は国家、スメルナ王国にだってプライドというものがあるだろう。この手紙が何を報酬とするかを探るためであるなら、渡す気はあるのだ。ならばスメルナ王国は報酬として何かを渡さなければ気が済まないだろうし、そのせいで一悶着、というのはハルトークも御免被りたい。


 その上で、アーセナルに何とかしてもらうしかない、と結論づけた。丸投げである。


 黙って悩むハルトークを見て、あまりの気まずさに、短い黒髪の兵士は動揺しながらも場を取り持つ。


「は、話を変えましょうか。申し訳ありません、寝床のご用意をしますので」

「あ、いえ、お気遣いなく」


 短い黒髪の兵士は、そそくさとテントの組み立てのため焚き火を離れた。


 くすんだ金髪の兵士も、シチューの鍋や食器を片付けるため、愛想笑いをしながら働きはじめる。


 いたたまれなくなったハルトークはシチューを手に、死骸馬アーデンスの様子を見ると言って逃げる。背中を丸め、ため息を堪えて、二頭の馬と仲良くおしゃべりしているような死骸馬アーデンスの邪魔もできず、ハルトークは夜空を見上げた。


 星座など一つも知らないし、方角は大体勘で済ませているハルトークには、満天の星空もきれい以外の感想は浮かばない。それに、日に日に増えていく悩みの種が、ハルトークから情緒ある考えをする余裕を奪っている。


 国民さえも認める何もない国、スメルナ王国。魔物の大群に襲われ、国土を汚染され、命しかなくなってなお、何を差し出そうというのか。


 スメルナ王国は、手元の温かい食べ物をハルトークへ与えた国だ。食料だって底を尽きかけているだろう、それでも美味しいシチューを作ってくれた。


 それはそれで、自炊できないハルトークにとってはなかなかに得がたく嬉しい贈り物なのだが——普通はそうは考えない。つまり、スメルナ王国の国王は、これでは満足しないだろう。


「シチュー、こんなに美味しいのに、何にもないなんて嘘だよなぁ」


 ハルトークは夜空に向けて、ぶつくさとつぶやく。


「これが終わったら、この国の王様のとこ行かなきゃまずいよなぁ。どうしよ」


 何とも気が重い、誰にも聞かせられない悩みだ。


 うーん、と悩みつつも、ハルトークは翌日からも元気に魔物討伐を続けていく。


 その様相は、スメルナ王国の人々へ日を追うごとに歓喜と希望を与え、「最強の騎士が来た、これで救われる」という確信をもたらした。


 だが、本人は魔物の討伐が進むにつれ、終わったあとのことをつい考えてしまい、ますます悩みは深くなっていった。


 そうして、ついにその日はやってくる。

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