第七話 この王女、実は少しばかりお転婆な性格だった
父親が娘を思うあまり、国王としての責務と板挟みになって苦悩しているころ、王宮の居住区ではユーディットが幼馴染のメイドのリディアと門番のバルトスを呼び出していた。
中庭の物置裏から手を出し、ユーディットはやってきた二人を呼び寄せる。
「リディア、バルトス、こっち」
同じ十六歳のリディアとバルトスは、ユーディットにとっては生まれたときから一緒にいる乳兄弟だ。
元々、貧しいスメルナ王国では身分の垣根はないに等しく、位階の高低に関係なく家臣と寝食を共にすることも珍しくはない。ましてや、ユーディットは国王から、王宮の外には出ないよう命じられている。必然、家臣の子たちと遊ぶほかなく、家族同然の親しい間柄だった。
そばかす顔のリディアと純朴そうなバルトスは、ユーディットの不審な行動に首を傾げながらもやってくる。
「どうしました、殿下」
「どうしたよ、ユーディ」
物置裏の奥に入り込み、ユーディットはスカーフの包みを開き、二人へ見せる。
「これを街でどうにか食糧に換えたいんだけど、何か方法はありそう?」
中身は、古い指輪や首飾り、髪飾りだった。小さいながらも宝石をあしらったもの、金銀のシンプルなもの、王族の持つアクセサリにしては質素ではあるが、スメルナ王国では高価な代物だ。
それを見たリディアは、目を剥いてユーディットを止めようとする。
「殿下、なりません。これらは母君のお形見ではありませんか」
「でも、私には母様の遺してくれたアクセサリくらいしかないもの。他はみんな、大した価値はないわ」
「バルトス、殿下をお止めしなさい。これはだめです、母君が悲しまれます」
「そんなことないわ。こんな状況なら、売ったっていいって言ってくださるわ」
「まあまあ、待て待て」
ユーディットとリディアの次第に白熱してきた言い合いの間に、バルトスが仲裁に入る。いつもの形だ。
バルトスは門番であるだけに、王都の街中の厳しい状況を知っているのだろう。ユーディットに反対はせず、助け舟を出す。
「形見は一つ残っていればいいだろう。ほら、一つだけ選べ。残りはまだやってる馴染みの商人のところへ換金に持っていくから」
「ありがとう、バルトス!」
「言っておくがな、もう王都にも食糧は少ないぞ。国が保管していた食糧は全部放出したらしいし、商人も片っ端から売っている。あとは外国から来た行商人を頼るしかないんだが、当然割高だ」
「それでも」
ユーディットはアクセサリの中から、エメラルドの指輪を取り出した。その他はスカーフに包み直し、バルトスへ渡す。
ユーディットの決意が固いことを、反対するリディアもスカーフを受け取ったバルトスも、認めざるをえない。
「食糧は門番が管理している街の保管庫に届けさせる。寄付ってことにしておけばばれないだろ、こっそり行ってくる。リディア、中へユーディを連れていってやれ」
「言われなくてもそうするわ。殿下、こちらへ」
バルトスはそのまま、外への通用門へと向かっていった。ユーディットは一つだけ残ったエメラルドの指輪を握り、リディアに背中を押されながら、部屋へ戻る。
石とレンガ造りの、風雨はしっかりと防げる王宮の居住区の建物は、何百年も前からここに建っている。隙間風は逐一粘土と漆喰で塞がれ、修繕跡はそこかしこにある。
何代もここで暮らしてきたスメルナ王家は、領土も王宮も拡張などせず、清貧そのものの生活を維持してきた。アンティークや絵画、彫刻など、王宮にはありそうな贅沢品は、一切飾られていない。昔はそれなりに宝物庫にあったようだが、何度もあった飢饉や天災に対応するためにすべて供出してしまった。
ユーディットは王都とその付近から遠くへ行ったことはない。しかし、外国からやってくる小説を読むことは好きだった。天性の才能があったのか、外国語の習得は得意で、街にお忍びで出て外国から来た行商人と話すこともできた。
そのため、小説の文や挿絵、行商人の話から外の情報を得て、どうやらスメルナ王国はとても貧しい国だと知っていた。外国の王族は権威を維持するために贅沢をすることが当たり前なのに、ユーディットの周りでは、ふかふかの絨毯も絹の衣服もない。
唯一、それらしいユーディットが身につけている金糸刺繍のケープとスカートは、代々スメルナ王家の王女が着用してきた防寒具で、一張羅だ。
ユーディットは、ため息を吐く。
リディアがそれを見て、心配そうな顔を見せた。
「ねえリディア、私、ハルトーク様に嫁ぐかもしれないんだけど」
何も知らなかったリディアは、驚きを隠せない。目を丸くして、おろおろとしていた。
「今、魔物と戦っていらっしゃるという?」
「そう。スメルナ王国には報酬になるようなものがないから、私も候補のうちなんだって」
「それは、そんなことを陛下がお許しになるわけがありません。殿下のことをあれほど可愛がっておられるのですから」
苦笑するユーディットは、首を横に振る。
「滅びかけた国で、王も王女も身分をどうこう言ったってしょうがないの。せめて私に価値があるなら、使えばいい。うん、ハルトーク様に気に入られるように、頑張るわ!」
それは強がりではなく、ユーディットが考えた自分にできる数少ないことの一つだ。すべてに納得しているわけではないが、それが国のため、父のためになり、自分が幸せになれば皆が安心する。
それならば、いつまでも王宮に留まって、見初めてくれる男性を待つより有意義な生き方だろう。
何かと意見をするリディアも、ユーディットが決心したならば、と後押しを決めたようだ。
「かしこまりました。では、全力でお支えいたします」
「うん、ありがとう、リディア」
「いいえ。今は、できることをいたしましょう」
リディアが味方になってくれて、ユーディットは嬉しかった。
そのせいで、思わずこんなことを漏らした。
「私が王子でムキムキだったら何とかできたかしら」
「それは無理だと思いますわ」
「兵士になれたかもしれないわ」
「王子なのでなれませんよ」
リディアの素っ気ない対応に、ユーディットは不満げに頬をふくらませた。
この王女、実は少しばかりお転婆な性格だった。




