第五話 騎士団長と吟遊詩人
使者が去った直後、アーセナルの前に一人の吟遊詩人がテントの影から飛び出し、はしゃいでいた。
「お話、聞かせていただきました!」
アーセナルは身構えることもなく、小さな吟遊詩人の少女を見下ろした。長い金髪をツインテールにして、不釣り合いな大きな丸い帽子と一目で制服と分かるような、いい分厚い生地の長丈ジャケットに乗馬用ズボンにブーツ、という辺境ではお目にかかれない立派な衣装を着ている。
吟遊詩人の少女はずっとテントの影で息を殺していたのだろうが、アーセナルはかすかな気配を感じ取り、何となく誰かがいることは分かっていた。
一方でハルトークは人の気配を察知することが苦手だ、おそらく気付かなかったのだろう。もっとも、誰に奇襲されようがハルトークにとっては問題ではない。
とりあえず、アーセナルは吟遊詩人の少女へ誰何する。
「どちらさまだ?」
「はい、私、旅の吟遊詩人、ファシパルーズと申します! 我がセルン大陸新聞社の名にお聞き覚えが」
「ああ、大手新聞社の記者さんか」
「その言い方よろしくありません! 吟遊詩人、吟遊詩人です! お見知りおきを!」
ファシパルーズは憤慨しつつ、訂正を要求する。新聞記者と言われると怒る理由は明白だ、新聞記者は事件が起こればやってくるハイエナと一般的に毛嫌いされている。
ゆえに、著名な新聞社の多くは各地で情報を集め、詩歌として伝えていく吟遊詩人を偽装、もとい本職を雇い入れて記者扱いをしているのだ。
そんなことはどうでもよく、アーセナルは本題に入る。
「で、何の用だ?」
「はい! 最強の騎士ハルトークの活躍の取材をですね」
「あいつはもう行ったぞ」
「行き先は分かってますから! それに元所属していた騎士団の、アーセナル騎士団長にもお話を伺いたく! 同行しても?」
つまりは、吟遊詩人ファシパルーズはスメルナ王国へ行こうとしているアーセナル騎士団にくっついて、ハルトークを追いかけたいということだ。
アーセナルは初め、断ろうと考えていた。緊急事態に足手まといを増やしたくはない、しかし——アーセナルの頭には、一つ、妙案が浮かんだ。
ファシパルーズをスメルナ王国の救援のために利用できるのではないか。であればそのための取引をしよう。
それに、アーセナルはこうも考えた。
(今回のスメルナ王国への魔物の襲来、どうにも引っかかるところがある。今まで魔物のいなかった辺境の土地に、魔物はなぜ大挙して押し寄せた? 背後に指示を出した者がいる? いるとすれば——滅多にお目にかかれないであろう魔物の上位者、それも多少頭の働く程度の魔物ではなく、さらに上の存在、その可能性が否定できないな……)
もしそんなものがいるのなら、確かに戦力的には今回はハルトークが適任だろう。一方で、対抗するためにはハルトーク一人では担えない面もあり、根本から禍根を立つには、少しばかり手を回す必要がある。
アーセナルは素早く頭の中で算盤を弾き、ファシパルーズを協力者にする道を選んだ。
「まあ待て、いい話がある。君の力が借りたい、ハルトークに恩を売りたいだろう?」
「ぜひともお伺いしましょう!」
「よし、話が早くて助かる」
快諾したファシパルーズはぴょこぴょこ跳ねて喜び、仕事に戻るアーセナルにくっついていく。
結果的に、アーセナルはこの事態をきわめて正確なところまで推測し、適切な手を打っていた。それが証明されるのは、もう少し先の話だ。




