第四話 救助要請が来たから
騎士団員たちに囲まれ、陣地の入り口に留められていた訪問者と思しき男性は、疲れ切った顔に、頬が痩けてはいるものの目は生気を失っていない。たった今ここにたどり着いたようで、髪や服を整える暇もなかったのだろう。
それにしても粗末な胸当てや剣を持ち、唯一身分を表すであろう帽子は、生成りの麻で作られたもの、ということしか分からない。アーセナルは目ざとく男性を品定めするが、敵意がないことは一目瞭然だ。挨拶を略して、簡潔に用件を聞く。
「何か用か?」
「えっと、ハルトーク様はどちらですか?」
「こいつだ」
アーセナルはハルトークを指差す。すると、男性は一気に顔を明るくして、ハルトークへ向けて勢いよく一礼をした。
「あなたがリーベル・ハルトーク様ですね!」
「はいそうです」
ハルトークは特に隠すこともなく、素直に頷く。男性は前のめりになりつつ、用件を訴える。
「私、スメルナ王国からまいりました使いの者です。どうか、スメルナ王国を襲っている魔物を討伐していただけませんか!」
スメルナ王国という国名に、ハルトークは聞き覚えがなかった。しかし失礼に当たるので知らないとは言えない、ちらっとアーセナルを窺う。
アーセナルは当然のようにスメルナ王国を知っていた。それだけに、すぐに異変を感じ取る。
「スメルナ、ああ、ここの隣国の……待て、あそこは建国からずっと魔物が出ない安全な土地じゃなかったか?」
「はい、しかし数日前より北から魔物の大群が来襲し、戦の経験もない兵たちは民を避難させることで精一杯です。それに、このままでは全土が魔物で溢れかえるでしょう。そうなってはどこにも逃げ場はなく、我々は住む土地を失うばかりか、命までも……このまま手をこまねいて間に合わなければ、国民数千人の命が危ういのです」
使者の男性は、必死の形相だった。とても演技とは思えない、それに嘘を吐いたところで真偽は明日明後日には判明する。
その一日二日という時間さえも惜しい事態なのだ、とハルトークは受け取った。
「分かった、すぐ行く」
即断即決、ハルトークはもう荷物をまとめはじめていた。
今日、ついさっき戦ったばかり、ということもあって、アーセナルは引き止めようとする。
「おい、ハルトーク。せめて今日は休んでから行けば」
「やだ」
一言である。ハルトークは、もともとまとめたまま持ってきていた荷物を背負い、死骸馬ナスティーシャの手綱を持って、立ち上がらせる。
ハルトークはアーセナルへ——依頼を出す。
「アーセナル、ここの俺の報酬全部取っていいから、騎士団ごとスメルナ王国に来てくれ。俺が先行する」
ハルトークの依頼は、別段、アーセナルにとって断る理由はない。次の戦場を定めなければならなかったし、依頼報酬に不足はない。しかも、前金で全額入るようなものだ。
もっとも、今回に限らず、依頼主との信頼関係が依頼を引き受ける一番の理由でもある。
まもなく、アーセナルは承諾した。
「了解だ。しかし時間はかかるぞ、装備と人員を整えて二日だ」
「大丈夫、露払いがてら俺が何とかする。アーセナルは騎士団の連中と一緒に道中のスメルナの人たちを避難させてくれ、途中で魔物がいたら」
「分かっている、狩り尽くしてやる」
目の前で次々と国を救うための話が進み、ぽかんと呆気に取られていた使者の男性は、やっと二人の話に追いついて慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます! あの、これが王から預かった前金の金貨です。少ないですが、お受け取りください」
そう言って使者の男性が差し出してきた、金貨入りの皮袋を受け取り、ハルトークはアーセナルを見る。
「アーセナル」
「今日の稼ぎで十分だ」
それだけで意思疎通は終わり、ハルトークは金貨入りの皮袋を使者の男性へそっと返した。
「じゃ、これは返すね」
「え?」
「先に行って、王様に連絡しといて。俺が急いで行くから、食料とかあれば送ってくれると助かる、って」
出戻ってきた金貨入りの皮袋を持って、使者の男性はどうしていいのか、とうろたえる。
ハルトークと使者の男性のやり取りを見ていたアーセナルは、ため息を吐いた。ハルトークが大人しく受け取っていれば、使者の男性はあくまで使いっ走りなのだから困ることもなかっただろうに、と。
それに万一、使者の男性が金貨に惑わされて持ち逃げすれば、スメルナ王国への連絡もできない。ハルトークはそんなことを一切考えておらず、アーセナルは自分が尻拭いをしなければならないことを悟っていた。
アーセナルの苦悩はさておき、ちょうど騎士団員に呼ばれた少年のネクロマキナトスがやってきた。
「おーい、ハルトーク。死骸馬返せ」
「一ヶ月くらい貸してくんない? 急ぎでさ」
「別にいいが、消耗の激しいそいつじゃ無理だ。すぐ作るから新しい特別製のやつにしろ。あとで別料金はもらうからな」
「ん、オッケー」
さっさと足の調達を済ませて、ハルトークは死骸馬ナスティーシャを連れ、少年のネクロマキナトスの工房へ行こうとする。
「あ、あの……?」
使者の男性は反射的に呼び止めようとしていたが、アーセナルに遮られた。
「聞いただろう。王宮に帰って、王に報告しろ。うちの騎士団も救助に参加するから、食料と水と飼い葉を用意しておいてくれ」
「は、はい!」
「ああ、そうだ。最強の騎士ハルトークと、このアーセナル騎士団が来たからには大丈夫だ、と喧伝しておけば、少しは逃げる連中も落ち着くだろう。それもやっておいてくれ」
使者の男性はアーセナルに背中を押され、騎士団員に案内されて陣地の外まで連れて行かれる。
途中、騎士団員は「馬のあてはあるか」、「体調は問題ないか」と気を遣っていたが、使者の男性はそれどころではなかった。
とにかく、早くスメルナ王国の王宮へ、国は救われるのだと希望を届けなければならない使命を抱えて、走り出した。
「間に合え、間に合え……!」
使者の男性は、馬を休めている場所まで、一目散に駆けていく。そして、故郷のすべてを思い出しながら、悲喜交々の涙を堪えてスメルナ王国へととんぼ帰りしていった。




