第二十五話 後始末まで
王都に、避難していた住民たちが戻ってきた。主にベヒモスが寝転がっていたあたりの破壊の爪痕に呆然としている姿も見受けられたが、復興の足音のように、建築現場の音があちこちから聞こえはじめた。
かつての王都にはそれほどいなかった外国からの行商人も、道を歩けば見つけられるほど増え、押し寄せる魔物の素材回収業者へ商品を売りつけるために奔走している。
朝日の差し込む宿の角部屋で、ハルトークはベッドに寝転がり、一つのエメラルドの指輪を摘んで陽光にかざしていた。欠けた大きな翠玉が、精一杯に輝く。
壁にもたれかかり、それを見ていたアーセナルは、やれやれと満更でもない様子だ。
「で、報酬はそれか」
のそりと起き上がったハルトークは、頷く。
「ユーディのお袋さんの形見だってさ」
「そんなものでいいのか」
「王家で人間以外で一番価値のあるもの、って言ったらこれしかないって」
魔神エキドナの討伐が終わってから、ハルトークはやっと国王と魔物討伐および魔神討伐の報酬について話し合いのテーブルについた。
しかし、資金や財宝を収めているはずの宝物庫を見て、推測が確信に変わった。何もなくなった宝物庫を前にして、ハルトークは代替案を出したのだ。
それが、スメルナ王家で人間以外で一番価値のあるもの、だ。
壊れた王宮も、金糸刺繍のケープも、汚染された土地も価値はなく、それならばとユーディットがそっと出してきたものが、ユーディットの母の唯一の形見であるエメラルドの指輪だった。
国王は渋っていたが、ハルトークがそれがいいと主張する以上、ましてや宝物庫の現実を勘案すれば、受け入れるしかない。王都滞在中の宿の宿泊代金とエメラルドの指輪、それだけをもらって、ハルトークは報酬の話を終えた。
タダ働きをしたわけではない、それに一番価値のあるものをもらった。そういう名目があれば、内情を何も知らないよその人々は不審には思わないだろう。
知っているのはアーセナルと騎士団の面々くらいで、彼らはハルトークのお人好しな性分をよく分かっているだけに、余計なことは言わない。
一方で、魔物と魔神討伐に協力したアーセナル騎士団は、国王との報酬の調整をすでに終えていた。
「それより、アーセナルは報酬もらわなくていいわけ?」
「最低限はもらったさ。食糧と水と馬の飼い葉の現物支給だが」
「俺のこと言えないじゃん」
「今回の経費は全額お前からもらうからな」
「分かってるって。すぐ近くの国の銀行に行って送るから、費用あとで教えて」
そう、アーセナルも他人のことは言えない。スメルナ王国から金銭などは一切受け取らず、それどころか滞在費用も請求しなかった。王都外を駆け回った際に消費した食糧と水と馬の餌となる飼い葉だけを、報酬扱いにしたのだ。それだけでも極度の物資不足に陥ったスメルナ王国では貴重で、国王の命令によりやっとの思いでかき集めたものだった。
もちろん、それでは騎士団の経営はやっていけない。
命を懸けている以上、慈善事業ではないのだ。だから、かかった他の経費はハルトークが持つことで合意を得たし、それは国王も知って仰天している。
どのみち、アーセナルとしては報酬となる金が入るなら、ハルトークからもらおうがスメルナ王国からもらおうが同じだ。あっさりと決めてしまった。
報酬といえば、吟遊詩人のファシパルーズはすでにスメルナ王国を離れた。最強の騎士ハルトークへの取材の足がかりを作った彼女は、アーセナルに取り次ぎを依頼して、さっさと別の大事件が起きた国へと向かったのだ。
誰にも出自も何も話さないハルトークとの対話の約束を得ただけで十分、という状況をわきまえたファシパルーズの引き際のよさに、アーセナルは感心しきりだった。
「それでだな、ハルトーク。吟遊詩人の」
「あ、思い出した! あのさ、ユーディが吟遊詩人になりたいって言ってた! どうすればなれる?」
無邪気に尋ねてくるハルトークへ、アーセナルは懐から取り出した手紙を渡す。ファシパルーズが残していった、ハルトークへの取材依頼の手紙だ。アーセナルは渡すように頼まれていた。
「交換条件だ。この人物がお前について取材したいらしい、手紙でな」
「ふぅん? いいけど」
手紙を受け取ったハルトークは警戒もせず、まじまじと眺めてから、鞄へと丁寧にしまった。ハルトークへの取材方法を相談してきたファシパルーズへ、アーセナルが「ハルトークは多忙で一カ所に留まれない、直接の面談より手紙のやり取りが効率的だ。拠点としている場所へ送れば定期的に連絡が取れるから、その方法がいいだろう」と勧めたことから、ファシパルーズはハルトークの弱点である女性恐怖症を知ることもなく、その提案を受け入れた。
ちなみに、ハルトークはファシパルーズが女性であることは知らず、おそらくペンネームや芸名であろうファルヴィーズ王国風の洒脱な名前からは類推できない。双方のため、アーセナルが気遣った末の賜物である。
「その人物も吟遊詩人だ。ユーディット王女を一人前の吟遊詩人に育ててもらうよう、任せればいい」
「なーるほど。じゃあそれで。ありがとう、アーセナル」
肩の荷が降りたとすっきりした表情で、ハルトークは礼を言う。
アーセナルはすでに部屋から出ていこうとしていた。そこへ、来客がやってくる。
「ハルトーク、頼まれていた品ができましたよ」
ハルトークの馴染みの技術者の男性がやってきた。丁寧な言葉遣いからは想像もできないファンキーなドレッドヘア、黒褐色の肌から、ファルヴィーズ王国の人間だと一目で分かる。
技術者の男性が手にしていたのは、小型の竪琴だ。特段装飾などはないが、波打つ本体は夜光貝の殻のように虹色を帯び、二十八の弦は傾けてようやくその存在を知ることができるほど細い。
楽器に疎いハルトークやアーセナルでも、それが見事なものだと分かる。
受け取ったハルトークは上機嫌にまじまじと見分する。
「お、いい感じー」
「竪琴か。こんなものが必要なのか?」
「うん、ユーディにあげるやつ。吟遊詩人になるなら必要だし」
「こちらはエキドナの髪と鱗で作ったものです。耐久性は保証しますし、何より音色は抜群です。ただ、あくまで作っただけですので、専門の調律師を訪ねて、楽器として仕上げてもらってください」
魔神の素材を惜しみなく使った竪琴を、ユーディットへ贈る。そのことをアーセナルは、ハルトークの成長の証と捉えた。
女性へ贈り物をすることさえ、今までのハルトークには思いつきもせず、できなかったことだ。ユーディットへ情が移ったのか、はたまた気を許せるほどの仲となったのか、何にしても喜ばしいことだ、とアーセナルは内心喜ぶ。
ただし、後日その話を聞いた騎士からは、保護者の視点で年寄りくさいと指摘され、落ち込む羽目になる。
ハルトークは感謝し、技術者の男性を気遣う。
「分かった。ありがとう、無理言っちゃってさ」
「いいえ。今回は随分と儲けさせてもらいますから、この程度どうということはありませんよ」
技術者の男性はいい笑顔だ。スメルナ王国への種々の支援と引き換えに、ハルトークはファルヴィーズ王国に魔神エキドナの素材利用を独占させる契約を結んだため、この笑顔だ。
莫大な利益、そして人類の手に入った二体目の魔神の死骸。あとから支援を申し出てきたアテノパレネ王国やガリシア帝国という他国の横槍が入る前にさっさと話を進めておいただけに、ファルヴィーズ王国もハルトークの信頼を勝ち得たと喜んでいる。
何せ、ハルトークが討伐した魔物の死骸の素材利用に興味がないことはよく知られている。今後もハルトークからの貴重な魔物の死骸素材供給ルートが維持されるなら、と小国一国の復興支援という無理くらいは受け入れるだろう。
「それでは、今後ともよろしくお願いいたします。魔物の素材利用でお困りの際は、ご連絡ください」
「うん、マジで助かったから上の人たちにもよろしく」
ハルトークは手を振り、技術者の男性を見送る。
アーセナルが今度こそ部屋から出ていこうとした矢先に、扉がノックされた。
「ハルトーク様? いらっしゃいますか?」
その声は、ハルトークもアーセナルも見知った女性の声だ。
アーセナルは緊張した表情のハルトークと顔を見合わせてから、扉に手をかける。
「さて、先に出るぞ」
「ちょっ、置いてかないで!」
「女性恐怖症を治すんだろう? 一人でやれ」
「いやあああ!」




