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騎士「強すぎてゴメンね!」王女「でもあなた女性恐怖症ですよね?」  作者: ルーシャオ


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第十九話 王都決戦の火蓋が切られた

 月夜の晩だった。


 風が強く、闇夜に暗色の雲が流れる。不気味なほどスメルナ王国王都の空気は冷たく、重苦しい。人間の住処である街でありながら、そこは人間の領域ではないかのように——殺意が張り詰めていた。人間への殺意、そんなものが王都中にばら撒かれ、蜘蛛の巣のように捕まえて、離さない。


 王都の目抜き通りを人影が歩いていた。足先まで隠すような漆黒の薄布がはためき、何者かを悟らせない。


 そんな人影へ、堂々と、ツインテールを揺らす小柄な少女、ファシパルーズが背後から声をかける。ファシパルーズは金縁の眼鏡をかけていた。


「あのー、あなた、人間じゃないですよね?」


 人影はふわりと薄布を揺らしながら立ち止まる。振り返らず、ファシパルーズへ応じる。


「これは異なことをおっしゃいますね、お嬢さん」

「あ、大丈夫ですよ! この眼鏡、人間以外を判別するための魔法道具です。ドッペルゲンガーを討伐するときに使われるものです!」


 さらりと、弾む声でファシパルーズはこう言った。お前の正体は分かっているぞ、と挑発したのだ。


 人影の羽織る漆黒の薄布が、目抜き通りの道の端から端までを覆うように、広がる。


 どこからかざわめきが生まれ、人語ではない獣の声が無数に響きはじめる。怒声のような唸り、地の底から上ってくるような雄叫び、さまざまだ。


 だが、ファシパルーズは態度を変えることはない。ここまでは想定内だからだ。


「まあまあ、落ち着いて。私は伝言を預かっただけの吟遊詩人です」

「伝言?」

「最強の騎士リーベル・ハルトークとアーセナル騎士団長から、魔神エキドナへ」


 ファシパルーズは、愉快そうに笑い、侮辱的な宣告を突きつける。


「手を引くのなら、今回は追いかけない。魔神イフリートの再現はしない。だが、スメルナ王族を含め、スメルナ王国の民にこれ以上危害を加えるようなら——討伐する、と」


 目抜き通りの四方八方から、嬌声や叫び声がファシパルーズを敵と認識して、威嚇してくる。もはや、正体を隠すつもりもない。


 魔神エキドナは、振り返らない。一歩も動かず、揺れる地面に何てことはないように、佇む。


 その声は、どうにも蕩けていた。男へ甘い言葉を紡ぐ娼婦のような声だ。


「随分と、誤解をなさっていますね、お嬢さん。私はそのようなことはいたしませんよ」

「でも、人間ではありませんよね?」

「ええ、そうですね」


 遠くから、馬蹄が地面を叩く音がした。


 ファシパルーズは冷や汗一つかかず、魔神エキドナの背を睨む。本能的に分かっているのだ、逃げ出すのはまだだ、このタイミングではない、と。


 近づくざわめき、蹄の音は増え、魔神エキドナの中から生まれてくる狂騒へ混ざっていく。


 漆黒の薄布が、一気に膨れあがった。それは現れるだけで、目抜き通りの両側の建物を破壊し、数本向こうの通りまで巨体を寝そべらせる。


 たったそれだけなのに、王宮近くまで肥え太った——そう言い表すことが不適当に思えるほど、山のような大きさの巨豚が腹を上下に動かす。手足を揺するたび、レンガ造りの古めかしい建物が吹き飛ぶ。


「私がやるのは、ただの食事。喜ぶべきですよ、あなたたちの血肉は新たな魔物となる。そうですね、この国で食らう人間はあそこに」


 漆黒の薄布は、高々と変化する魔神エキドナの体を覆い、広がる。その頭部は、すでに三階建ての銀行の建物を越えた。


 ようやく振り返った魔神エキドナの顔は、蛇だった。人間の顔の形をした、蛇だ。二又に分かれた舌が忙しなく動き、獲物と見定めたファシパルーズへ何度も見せつける。


 漆黒の薄布は、舞台の緞帳のように上がっていく。風でめくれ、魔神エキドナの足があるであろう場所に、樹齢を重ねた大木よりはるかに太い蛇の尾を無数に絡めた二本の足があった。


 それを見て、平静を保っていたファシパルーズも顔を引きつらせた。蠢く蛇に嫌悪感を露わにしている。


 魔神エキドナは背を丸め、ファシパルーズの頭上で高らかに笑い、言い放つ。


「せいぜい、ベヒモスを肥え太らせてくださいな。それを私が食べます。ここを怪物の巣としましょう」


 ファシパルーズは動かない。


 獲物を前に舌なめずりをする捕食者というのは、往々にして、油断しているものだ。


 だから、つけ込む隙などいくらでもある。


 それを証明するかのように、魔神エキドナの向こうにいた山のような巨豚ベヒモスの腹が、はち切れんばかりの肉が、爆発のような破裂音と同時に勢いよく飛び散った。魔神エキドナとファシパルーズの上空を、肉塊が吹き飛んでいく。汚い血の雨と水音が、街中へと降り注いだ。


 魔神エキドナは何が起きた、とばかりに巨豚ベヒモスへとぐるりと首を捻り、見開いた目を向ける。


 巨豚ベヒモスは、腹の半分以上を失い、肉も内臓もむき出しにして末期の痙攣をしているばかり、死に体であることは一目瞭然だ。


「ああ、破裂しちゃいましたねぇ!」

「なっ……!?」


 魔神エキドナが驚異に支配された顔を、どれほどの人間が今まで見たことがあるだろう。


 ファシパルーズはにっこりと、それを目に焼き付けてから、背を向けて全力で走り出す。


「じゃ、あとは討伐されちゃってくださいね! それでは!」


 そう言うが早いか、目抜き通りの横道から、数騎の馬を駆る騎士が抜けてきた。


 ファシパルーズはすれ違いざまに差し出されていた手を掴み、軽々と持ち上げられ、騎士の鞍の前に跨る。そのまま、馬は月光も届かない路地裏へと疾駆する。


 ファシパルーズを救助したアーセナルは、騎士たちの先頭へと馬を移動させながら、叫ぶ。


「よし、よくやってくれた!」

「はー! 魔神を煽るとか、本当もうやりたくないですよ!」

「おかげで魔神エキドナの目はこちらへ向く。本能的に倒すべき敵と認識すれば、だが」


 アーセナルの企みはこうだ。


 今回、魔物を討伐できる人間は少ない。ハルトークと騎士団の面々のみ、主戦力は当然ハルトークであり、障害物の多い街中の戦闘では死骸馬から降りた身軽なハルトークが動きやすい。


 しかし、魔神エキドナの狙いはスメルナ王家の人々だ。真っ先に彼らのいる場所を探そうとするだろう、だからと言って郊外に逃すと広々とした荒野で圧倒的多数の魔物との会戦が避けられなくなる。


 ならば、もうスメルナ王家の人々は餌として王宮に立てこもらせ、そこを目指す魔神エキドナを建物の影から奇襲する。


 潜んでいたハルトークによる巨豚ベヒモスへの不意打ちは成功した、魔神エキドナはハルトークという脅威を認識しただろう。


 あとは、ハルトークに任せる。それしかない。


 ちなみに、アーセナルがファシパルーズを挑発役に起用したのは、より小さく無害そうな人間のほうが油断してくれるだろう、という藁にも縋るような思惑からだ。


「王都の人々は全員避難済みですか?」

「ああ、これで被害を気にする必要はない。念のため、騎士団はそちらの護衛へ向かう。あとのことはハルトークにすべて任せる」

「いいんですか?」

「俺たちが近くにいるほうが、あいつの邪魔になるからな」

「もはやそういうレベルなんですねぇ!」


 あとは逃走するだけ、となったアーセナルたちへ、蕩ける声が降ってくる。


「逃すものか」


 アーセナルは手綱を握りながら、振り返る。他の騎士とファシパルーズも同様に、そして追いかけてくる魔物の群れを目にした。


 緑色の、水のような体の馬が、恐ろしい速さで迫ってくる。


 アーセナルは騎士たちを叱咤する。


「走れ! こいつらはそう長くは保たない、息切れさせろ!」


 ファシパルーズが恐怖のあまり笑いながら、追ってくる魔物を指差す。


「うっわうっわ! ケルピーですよあれ! どうします!?」

「分かっている。アントワーズ、爆破しろ」

「はい」


 たったそれだけのやり取りで、騎士アントワーズは迎撃に移る。


 すでに弾をこめた銃砲を、後ろへと向けて放つ。ただそれだけだ。


 一瞬の間を置いて、耳をつんざく爆発音がアーセナルたちを追いかけて、通り過ぎていった。何が起きたのか、とファシパルーズが視線を向けると、劫火のような火柱が立ち、路地裏に接する建物ごと燃やし尽くしていた。その炎の中で、ケルピーたちが暴れて激しい嘶きを上げ、後続のケルピーがぶつかっては燃えて消えていく。


 とんでもない威力の一発の銃弾は、騎士団の切り札のようなものだ。アーセナルは追っ手を始末したことを確認して、走り続ける。


「これでいい。ハルトークもここまで魔物が広がっていることに気付くだろう」

「いえいえそれより、爆破ってことは……属性複合魔法弾とか、いくらするんですか?」

「一発で馬十頭は買えます」

「ひえー!」


 騎士アントワーズの抑揚のない声での答えに、ファシパルーズは度肝を抜かれていた。平然とそんなものをぶっ放す兵器庫の異名を持つ騎士団の異常性をやっと認識したのだろう、開いた口が塞がらないようだった。


 アーセナルの頭上を、素早い影が動いた。


 それだけで、これから先は安全だとアーセナルは知る。


「そら、来たぞ」

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