第十六話 伝家の宝刀がある
古株の無言の騎士マクマランがハルトークの宿までやってきた。
ただ黙って佇む大柄の男を前にしてハルトークは大体用件を察して、マクマランについていくことにした。騎士団時代から喋らないマクマランとはそれなりに仲がよく、何も言わなくても言わんとすることは分かる。
アーセナルの呼び出しだろうと見越して、ハルトークは駆け足で向かう。
騎士団が拠点としている宿は、王都でもっとも広い三階建ての旅籠だ。ホテルと言うには野暮ったく、旅館と言うには風情がない。旅人が寝起きして簡単な食事を取る、ただそれだけのサービスを提供することが、行商人以外ろくに外国人のやってこなかったスメルナ王国では精一杯なのだろう。
ハルトークがやってくると、旅籠の一階にある小さな食堂のテーブルに、スメルナ王国王都の地図を広げて、アーセナルが万年筆で何かを書き込んでいた。
やってきた騎士たちが報告をすると、アーセナルは地図を睨みつつ、文字や線を書き入れる。その光景は、ハルトークは何度も見たことがある。戦いの前に戦場の地理を頭に叩き込み、戦術を練るために必要な準備だった。
つまり、王都が戦場になる、ということだ。
ただならぬ気配に、ハルトークは地図を見ながら近づく。
「アーセナル、何があったんだ?」
やっと顔を上げたアーセナルは、先ほどまでの顛末をハルトークへ聞かせる。蝙蝠女ミニュアデスの討伐、そこから推測される魔神の出現、そしてその魔神はおそらく大量の魔物を産み出すことができるエキドナであること。
それを聞いたハルトークは、気のない返事をする。
「魔神エキドナ。はあ、なるほど」
「それだけか」
「魔神って見たことないし、どんなのだろ?」
魔神、という言葉を聞き慣れず、いまいち具体的な想像ができないハルトークは、格好だけは悩んでみるが、特に意味はない。
ハルトークにとって敵の種類はそう重要ではなく、最前線で戦っている割にはあまり知識がない。そもそも知識として得た名前と実際に見る敵が一致しないことも多く、固定観念に縛られずに戦ったほうが楽だった。
それでも、とりあえずやるべきことは分かる。
「スメルナ王国を守るには、そいつを倒せばいいんだよな?」
「そういうことになる。逆に言えば、魔神エキドナを倒せなければ、今までの苦労は水の泡だ。大陸中から他の名だたる戦士や騎士たちがやってくるまでに、この土地とこの国に住まう人々は壊滅するだろうな」
状況を把握したハルトークは、瞬時に答えを出した。
「まあ、討伐できると思うよ。うん」
アーセナルから見て、ハルトークは特に自信家でもなく、悲観主義者でもなく、できることはできると言えるだけの実績を積んできた。そのハルトークが可能だと判断したのなら、戦い、勝つことも可能だろう、とアーセナルは結論づける。
「魔神エキドナの狙いが分かれば、すぐに教える。いくら魔物を産み出せようと、素早く頭を叩けばいい。出現場所を予測して待ち構えて即迎撃することが最善だ、何とかやってみよう」
「助かるよ、アーセナル。これが終わったら、報酬上乗せするから」
「言質は取ったぞ」
「えっ、信用されてない!?」
「冗談だ。それより、報酬といえば、スメルナ王国からの報酬はどうする気だ? まだ王宮に話をしに行ってもいないだろう」
「あー……それなんだけど」
いつかは誰かに言わなければならないことでもある。今度はハルトークがことの顛末を話す番だ。
ここ三日ほどの、宿へ押しかけてきて扉越しに話しているユーディットについて、ハルトークはおずおずと話す。それを聞いたアーセナルは、騎士たちがざわめくほど、動揺に近い驚きの表情を見せた。
「ユーディット王女が、お前の女性恐怖症を治そうとしている?」
「そうそう、協力してくれるって言うから、毎日宿の扉越しに話してる。どうにか治すのと、あと女が寄ってこないようにする方法を一緒に考えてて」
「その心は?」
驚きつつも、すっかり見透かしていたアーセナルの言葉に、ハルトークは正直なところを口にする。
「ぶっちゃけ、この国から報酬もらいたくないんだよ。何をもらっても角が立つっていうか、それならユーディット王女のそれが一番穏やかっていうか、誰も損しない解決策じゃないかなって」
魔物討伐の報酬をもらわないというわけにもいかない、しかしスメルナ王国には報酬らしい報酬を出せる余裕はない、何かをもらおうにもどこかに被害は出る。
ならば、形のない善意を受け取ったほうがマシだ。無欲なわけではないが、誰もが損をする手を取れるほど、ハルトークは無神経にはなれなかった。
それをアーセナルが咎めることはない。しかし、他の報酬を考えさせようとはする。
「ハルトーク、ユーディット王女と結婚しないのか?」
「何でそうなるの。やだよ」
「となると、好みじゃないのか?」
「うーん……まあ、でも強引だけど気遣ってくれて親切だし、悪い人じゃなさそう」
「それならちょうどいいだろう。お前だっていつまでも独身でいるより、伴侶の一人くらい見つけたほうがいい。あと女性恐怖症は治せるなら治すべきだ、何かと日常生活に支障が出ているんだからな」
それを言われると、ハルトークは反論できない。女性戦士の多いアマゾネス女王国から遠い最前線には、魔物討伐に関わる女性がそれほどいないため何とかなるが、街中だとそうもいかない。おかげでハルトークはこそこそと夜に街へと忍び込み、日中は行動しないほどだ。
さすがに何とかしなければならない、とはハルトークも思いはするが、これまでなかなか治す手立てが見つからなかったのだ。
そんな中、ユーディットが協力してくれて女性恐怖症が治るのなら、ハルトークにとっては金貨数千枚よりも美人との結婚よりも価値のある報酬だ。そう、結婚は——女性に近づくことさえできないハルトークには、まだ考えられない。
それを馬鹿正直にすべて曝け出すのも恥ずかしいため、ハルトークはユーディットの不名誉にならないよう理由をつける。
「まあそうなんだけど、なんか、借金のかたに身売りするわけじゃないんだからさ、この状況で結婚はちょっと」
さももっともらしい理由だ。付き合いの長いアーセナルには通用しないだろう。しかし、大人のアーセナルはわざわざ指摘はしない。
「まあいい。今は魔神エキドナとの戦いに備えて、装備を整えておけ」
「分かった。ちょうど死骸馬のアーデンスを走らせて、ちょっと剣取りに行ってもらってる」
実はハルトークは自分の先見の明を褒めてほしかったのだが、アーセナルが注目する点はそこではなかった。
「そんなことができるのか? 死骸馬は賢いとは聞いていたが、すごいな」
狙いとは違うが、自分の馬が褒められて嬉しいハルトークはすっかり初志を忘れる。
「うんうん、アーデンス、すんごい賢いよ。手紙持たせてさ、倉庫のあるティタナキアの街の方角を教えたら、あっという間に走ってったし。あと、頼んでる剣が剣だから、普通の人じゃ運べない」
「どんな色物なんだ」
「色物って」
「お前が使う剣は大概威力も効果もおかしいものばかりだからな」
「否定できないことが悔しい」
「それで、どんなものだ?」
えーと、とハルトークはどこまで明らかにすべきかを考えつつ、運んでくる剣の来歴を説明する。
「前にアテノパレネ王国に行ったとき、親父にもらった剣なんだけど」
「お前の故郷はアマゾネス女王国だろう?」
「親父はアテノパレネ王国にいるのよ。仲が悪いんじゃなくて、親父もお袋もお互い仕事が忙しいから」
「なるほど」
「初めて会った親父が、俺の息子ならこれが使えるに違いない、とか言ってはしゃぎまくってくれた剣でさ。名前はアルグムドの杖って言うの」
ハルトークは軽い調子でそこまで言って、バレませんように、と祈る内心を何とか隠し切った。
ここまでの話は嘘ではない。ただ、今余分な情報は削ぎ落としているだけだ。
たとえばハルトークの母親はアマゾネス女王国の女王アンティオペで、父親はアテノパレネ王国国王テセウス、アルグムドの杖は四百年前に先祖が討伐した魔神イフリートの死骸から作った国宝にも等しい宝剣である、ということは黙っている。
それを言ってしまえば色々と面倒だ、と考え、ハルトークはアーセナルにさえ漏らしたことはない。
ただ、アーセナルは無遠慮で無粋な男ではない。そしてアーセナルが聞かない以上、いくら親しくても騎士団の面々も尋ねてはこない。この場はそれでいいのだ、だからハルトークも気が楽でしょうがない。
身分を明かすことにも繋がりかねない、伝家の宝刀とも言えるアルグムドの杖という切り札を出せるほどには、信頼していた。
「一応聞くが、剣なのか杖なのかどっちだ」
「刃がついてるし、剣かな。なんかさー、地面に突き刺したら敵を冥界に連れていく、っていうもう意味分かんない効果があるらしいよ。使ったことないけど」
「それはびっくりで済むことなのか」
「本当かどうか知らないけど、持ち主以外はあんまり長く触ると冥界に引きずりこまれるってさ」
「味方の近くで使うなよ」
「だよね、うん」
もはや、アーセナルはそんな剣をハルトークが持っていることに疑問を投げかけたりはしない。
とにかく、今は緊急事態、どんなものでも役にさえ立てばいいのだ。
魔神には魔神を、という史上初の試みが、人類にとって恐ろしいほど意義と価値があることなのだと知っていても、ハルトークは胸にしまっておく。
状況を打開し、勝利を得る。人々に認識されることは、それだけでいい。




