第十四話 急襲・前
アーセナルは、すでにスメルナ王国側には連絡をしている。
密かに魔物の拠点と化している場所がある、そこを捜索し、何かあれば対処する。アーセナルのその連絡を受けて、スメルナ王国は王都に残る兵士たちへ通達し、アーセナル騎士団の行動を容認してくれた。
魔物の侵攻はまだ終わりではない、というアーセナルの話に国王以下は度肝を抜かれていたが、決して否定も侮りもしなかった。どうやら、国王たちもなぜ突如魔物が現れたのか、その原因を究明し、二度と現れないという確証を得たかったようだ。
残念ながら、出現の兆しを見つけてしまい、魔物との戦いはまだ終わっていないという厳しい現実を突きつけられていた。
しかし、ただ魔物の討伐を依頼されただけのアーセナルがそこまで働くとは思っていなかったらしく、国王からは必死に民を助けてほしいと懇願された。
そして緊急事態ということで報酬の話もしないまま——それはアーセナルがわざとしなかったのだが——なしくずし、という形を取っているが、だんだんアーセナルはスメルナ王国からのまともな報酬については諦めてきていた。
なので、この国でかかった費用は全額ハルトークへ請求することを決めている。ハルトークなら余裕で払えると踏んでのことだし、あとできっちり話をしておかなくてはならない。
ハルトークをお人好しとは言うが、アーセナルも大概である、とは騎士団の面々も、最近ではファシパルーズも知っていることだ。
当該店舗と周辺を班に分けたアーセナル騎士団が取り囲み、人払いをする。
それぞれが短めの剣や銃砲などの室内戦闘用の武器を持ち、街中では仰々しい鎧兜を着け、臨戦態勢を整えている。魔物がまだいる、それも王都に、となれば民は混乱するだろう。それを防ぐため、できるだけ人目につくことをアーセナルは避けたかった。
しんと静まり返った店舗前で、サクスという鉈のような剣を手に、アーセナルが指揮を取る。
「よし。正面からは俺が率いる班が入る、裏口の見張りはアントワーズの班だ。他は周辺で待機、怪しいやつが逃げ出したら捕まえろ」
了解の声が小さく異口同音に発せられる。ファシパルーズはぴょこんとアーセナルの横にやってきた。
「行くんですか?」
「君はここに残れ」
「いえ! 行きます! 私だって確かめたいですよ!」
「なら、後ろに隠れているといい。行くぞ」
アーセナルは同行したいと言うファシパルーズを止めなかった。どうせ、言うことを聞かない。吟遊詩人とは好奇心の塊のような人間ばかりだ、さもありなん。
店舗の固く閉ざされた扉を、ハンマーで壊し、アーセナルは真っ先に中へ入る。
そのあとをファシパルーズがくっついてきて、騎士団の面々が続く。迅速に、手慣れた様子で騎士たちはたいまつを掲げて暗い店内を照らす。
荒らされた形跡、といっていいのか、中は猛獣でも暴れたのか、それとも店主は気が触れていたのか、とばかりにものが散乱していた。カウンターはいくつも穴が空き、砂糖の入った袋は破れて、ブーツの靴裏がじゃりじゃりと踏みつける。
アーセナルはさらに店舗の奥へ、廊下の先へと向かう。すると、ファシパルーズが疑問をぶつけてきた。
「でも、魔物は人語を解さないんじゃないんですか? すぐに行動せず王都に潜んだって、何の意味が?」
「ああ、魔物は、な」
意味深なアーセナルの言葉に、ファシパルーズは今のところ思い当たる節はなかったらしく、首を傾げていた。
廊下を一歩一歩、慎重に進みながら、アーセナルは答える。
「俺の予想が当たっていれば……まあ、当たっていないほうがいいんだが、厄介な存在がこの国を狙っていることになる」
「厄介な存在。それは一体?」
「魔物の上位存在、魔神だ」
こともなげにアーセナルが言い放った単語は、ファシパルーズだけでなく後続の騎士たちの耳にも生まれた緊張感とともに届いていた。
魔神、人類生存圏を『黒い鎖』で囲み、魔物を送り込んで人類を滅殺しようとしている理外の存在。
有史以来人類との戦争を望み、幾度か魔神勢力圏から出征して人類と直接相対したこともある。
だが、人類が魔神を討伐できたのは、四百年前のたった一度だけだ。ほとんどは逃げられ、または十分すぎる損害を与えられ、人類の敗北同然の結果に終わったことも少なくない。
当然、魔物と戦う騎士たちも、その物語を吟じるファシパルーズも、魔神の逸話は耳にしたことがある。人類最大の強敵、天敵といっても差し支えないだろう。
その存在が、今、このスメルナ王国を狙っている。
ファシパルーズは顔をこわばらせ、声だけは虚勢を張る。
「ま、まさかぁ! え、嘘ですよね?」
アーセナルは答えない。廊下の突き当たりにある扉の前に、何か大きなものが落ちていた。
アーセナルはたいまつの光を当てさせ、それの正体をあっさり明らかにする。
「死体か。干からびているな、餌にされたか」
暗い室内のたいまつの火程度の光でも、その死体が水分という水分を抜かれて、骨と硬く変質した皮だけになっていることは一目瞭然だった。顔から足先までいくつもある細い黒点は、牙の跡、噛んだ穴だ。
人間の血だけを吸う魔物というのは、意外と少ない。吸血種と大別される数種の魔物のうち、牙を持って獲物の血を吸うのは蝙蝠の特徴を持ったものだけだ。
ただし、ここにいるのは蝙蝠そのものではなく、また、普通の魔物でもない。
アーセナルは振り返り、騎士たちに目で合図した。次の瞬間、扉を蹴り開ける。
「たいまつを投げ入れろ!」
その言葉が終わる前に、後続の騎士たちは我先にと持っていたたいまつを部屋へ放り込む。
同時に、アーセナルは懐から出した包みを広げて、部屋の中へと振り撒いた。即座にファシパルーズを体ごと捕まえたアーセナルを含む全員が廊下を走って引き返す。
途中にいた騎士二人が大盾を構え、先頭にいたアーセナルがファシパルーズとともにその後ろに入り切ったところで、溢れ出る炎と爆音が建物を揺らした。
衝撃は大盾を構えた二人の兵士が引き受けた。天井や梁から視界を塞ぐほどの砂や埃が落ち、アーセナルたちは態勢を整えて敵の反撃をしばし待つ。床に放られて咳き込むファシパルーズがやっと起き上がり、黒ずんで崩れ落ち、変わり果てた廊下とその先を盾の隙間から見る。
「ひえっ!?」
人間並の大きさの蝙蝠が、部屋の入り口で力尽きていた。声を上げる暇もなく、屋内の家具と同じく炎で焦げた体から、脂混じりの煙が出ている。
大盾の構えが解かれ、またアーセナルが先陣を切って大蝙蝠へ近づく。サクスの切先で大蝙蝠をひっくり返すと、煤まみれの人間の女の顔と生えかけた片腕があった。さらに部屋の中を覗く。こちらには、明らかに人体、そこから蝙蝠の羽を生やしたものが壁に磔のようになって死んでいた。体の大部分が炭になっているが、肉付きから女を模したものだと分かる。
アーセナルの背の後ろから首を伸ばしたファシパルーズが、上擦った声を出した。
「こ、これは?」
アーセナルは落ちている大蝙蝠を蹴って、隅に寄せる。
これが何なのか、と尋ねられれば、アーセナルの知識には思い当たるものは一つしかない。
「ミニュアデス。元は人間、と言われている蝙蝠女だ」
「魔物じゃないんですか?」
「いや、魔神に仕えて魔物にされた末、使い魔として使役されている。元人間だから人語は分かるそうだ。魔神について記した古文書によれば、こうして人類生存圏へ送り込まれて、偵察に使われる……つまり、こいつがいるということは、間違いない」
騎士三人が部屋の中へ入り、割れた窓の外に手を振って、裏口で待機している騎士たちへ無事を知らせていた。生存者はおらず、入り口前の人間の死体と魔物の死骸の検分を始めている。
アーセナルは、推測と目の前の物証をもとに、思考を巡らせる。
「近くにいるな。何が目的でやってきた? 狙っているものがあるとするなら何だ? 『黒い鎖』からも遠いスメルナ王国を落としたところで、何の利益がある?」




