第十三話 斧持ってきた!
そして翌日、ユーディットは本当に斧を持ってきた。薪割り用の手斧だ。
「おはようございます、ハルトーク様! 開けなければ斧で扉を叩き割りますが、今すぐ出てくるならやりません!」
「もおおおお!!! 何でそんなことするの! いや!」
部屋の扉の向こう、眠そうな声でハルトークは駄々をこねる。
しかしユーディットは気にしない。
斧を振りかぶり、思いっきりドアノブ横へと叩きつけた。ぐしゃりと古い木の板は割れ、木製の扉にしっかり斧の刃がめり込む。
「ちょっと何してんの!? 本当に斧持ってきたこの王女!」
「やると言ったではありませんか。王女に二言はありませんよ」
「やめてよもおおお!」
「あなたが出てくれば済む話です。ですが、今日のところは、これ以上扉を壊されたくなければ、お話ししましょう」
「本当に話だけでいいの? 大丈夫? 騙そうとしてない?」
「今日は話だけでかまいません。なぜあなたが女性を怖いと思うのか、その理由を聞きたいと思ったのです。何か、事情がおありなのですか?」
斧が刺さったままの扉を挟んで、ハルトークはため息を吐きながら話しはじめた。
「あのね、俺のお袋はマジでアマゾネス女王国の最強の戦士でね。人類史上最強の英雄って言われてる親父と決闘して負けたから嫁入りしたっていう、もうそれ聞くだけでおかしい馴れ初めなんだけど」
それはまたとんでもない話だ、とユーディットは目を丸くするが、扉の向こうのハルトークには見えない。
大陸の東南にある海洋国家、女性兵士だけで構成されたアマゾネス女王国最強の戦士といえば、この大陸でもっとも強い女性と言っても過言ではない。そのアマゾネス女王国最強の戦士をハルトークの父親は決闘で倒して結婚に漕ぎつけた、もはや伝説の域である。
残念ながら、辺境中の辺境であるスメルナ王国には吟遊詩人も滅多に来ず、その話はユーディットまで伝わってきていないため、真偽のほどは不明だ。
だが、ユーディットはその話を信じて、ハルトークの愚痴をちゃんと聞く。
「アマゾネス女王国では普通男子を育てないんだけど、どうもお袋は俺を手放したくなかったらしくてさ、うん、可愛がられてはいたよ、いたけどね? お袋からは親父を超える男になれって散々ひどい目に遭わされて、姉ちゃんたちも同じこと言ってきていたぶられていじめられてとても青少年の情操教育に悪い可愛がられ方もしたもんだから、俺は結局女だらけのアマゾネス女王国から家出したの。それが五年前です」
「なるほど」
「最初は近くの国の騎士やってたアーセナルって人に誘われて、そのまま騎士団入ったんだけどね。いやあれはだめだわ、ちょっと魔物を一掃しただけでキャーキャー言う女に迫られるんだもん。凱旋のとき引っ張られて馬から落とされそうになったし。それが嫌で騎士団辞めて魔物討伐して金稼いでうろうろしてたんだけど、どこに行っても女が追いかけてきてマジで怖い。身に覚えのない子供の認知を迫られたときが一番怖かった」
「それは大変でしたね。じゃあ何ですか? あなた、ひょっとして、女性恐怖症ですか?」
「はいそうです」
「はあ、情けない」
「ちょっとひどくない? 俺悪くなくない?」
「あなたが女性のあしらい方を知っていれば、そんなことにはなりませんでしたよ」
「それを言われるとぐうの音も出ない」
「他の騎士たちは軽くあしらっていたでしょう?」
「やってたけどあのキザさは俺には無理よ」
それはそうである。伝承でも小説でも、理想の姫君に仕えることを至上とする騎士たちは、女性の扱いに熟達している。それはもう傍で聞いているほうが赤面したくなるような浮ついた言葉を平気で発し、女性を手玉に取って上手く制御する。
それをこの青年に求めるのは無理そうだ、とユーディットも分かってきた。
なので、今度はユーディットが妥協案を出した。
「じゃあ、こうしましょう。私と結婚しなくていいので、その女性恐怖症を治すお手伝いをさせてください。それをこの国を救っていただいた報酬の一つにしましょう」
がたん、と扉の向こうで何か反応した音がした。
少しして、ハルトークはか細い声を出す。
「いじめない?」
「しません。最強の騎士をいじめたりしません」
「そんなこと言ったって信用できません」
「明日もここへ来て、お話しします。扉越しなら話せるでしょう? 少しずつ慣れていけばいいのです」
何だかんだと、ユーディットもハルトークに同情心が芽生えてきていた。このまま結婚云々という話をしても仕方がないし、せめて国を救ってもらった恩返しくらいになれば、と考えてのことだ。
余計なお世話と分かってはいる。だが、このまま報酬を拒むハルトークを出国させるわけにはいかない。国王がハルトークに渡す報酬に悩んでいる間に、ユーディットは自分なりに必要と思われる報酬を与えようとしている。
ハルトークは了承したのか、こんなことを言ってきた。
「扉を開けた瞬間に押し倒して既成事実を作ったりしないでね」
「王女になんてことを言うのですか」
この扉が開いていれば殴っている、と言いかけてユーディットは抑えた。女性恐怖症を悪化させることはしてはいけない、と自戒する。
翌日からも、ユーディットは斧の代わりに椅子を持ってきて、宿の部屋の扉越しにハルトークへ話しかける。
昨日、斧で開けた扉の穴は、部屋の中から布切れで塞がれていた。
「おはようございます、ハルトーク様。ひょっとして、ハルトーク様は女性をその気にさせるようなことを言っていませんか?」
「朝からいきなりひどいこと言われたんだけど言ってません」
「本当に? あとでね、とか、嬉しいよ、とか言いませんでしたか?」
「そのくらいなら言ったかも」
「それです。その気がないならしっかり断らないと、女性は押してきますよ」
「えっ何それ怖い」
どうやらハルトークはそんなことも知らなかったようだ。
ユーディットはなぜ断らなければならないのか、きちんと説明する。
「世の女性は意中の男性を射止めるためなら手段を選びませんよ。ましてやあなたは騎士です、平民から見ればちょうど射止められそうな身分で、貴族から見れば囲っておきたい存在です。どちらからも引く手数多ですよ」
「そうなんだ、俺もうできるだけ人と話さないようにする」
「違います。それは余計に迫られるだけです」
「じゃあどうしろって言うのよ」
「一番いいのは騎士らしく仕える姫君がいればいいのですが、あなたにはできなさそうなので、他の手段を考えましょう」
「さりげにディスられた気がする」
うーん、とユーディットは悩み、最近読んだ小説の設定を流用することにした。
「あなたは病気で亡くなった許嫁に操を立てているので誰とも親しくはならない、でどうでしょう?」
「それは噂を流すってこと? もし親父やお袋の耳に入ったらとんでもないことになるんだけど?」
「では別の設定にしましょう」
「設定やめない? 嘘じゃん」
「じゃあどうすればいいのですか。今度はあなたが考えてください」
ユーディットは会話のボールをハルトークへ投げてみた。ハルトークは会話が苦手なわけではなく、単に女性との適切なコミュニケーションの経験が足りないのではないか、と見抜いたからだ。
案の定、ハルトークは会話のボールを適切な位置に投げてこない。
「いいこと思いついた、兜をフルフェイスにしよう。顔が見えない相手なら迫ってこないんじゃ」
「まあミステリアスな方、兜の中は麗しい殿方に違いないわ、って言われたいですか?」
「女の思考が分からない! 何でそう自分の都合のいい方向に考えるの!」
「人間はそういうものですよ。男女問わずです」
「マジで? 俺もう嫌なんだけど」
「はい次。そうですね、羽織るマントに刺繍でもしますか? たとえば戦の女神を描いて、信奉しているから女性に現を抜かさないと表明したり」
「おお、何かいい案出た」
「ところでハルトーク様は何の宗教を信じておられるのですか?」
「特にないです」
「じゃあだめですね。バチが当たります」
「そっかー」
ハルトークは案外素直に諦めた。一応、何の関係もない神を背負ったりするのはマナー違反だ。何か宗教を信じていればそこに関連する神を描けたが、そういうこともできそうにない。
結局、この日も結論は出なかった。ユーディットは悩みながら王宮に戻る。
王宮では、ハルトークに与える報酬をどれにするか、と国王と大臣たちが議論を尽くしていたが、未だに決定していない。
それはハルトークが要望を出したり話し合いに参加したりしないせいでもあるが、そもそもスメルナ王国はそれほど豊かでもない。ましてや、天災のような魔物の襲来のあとだ。
となれば、ハルトークに何を与えればいいか。
ユーディットでも分かる、それはとても微妙な話だ。金銭や財宝ではなく、貴族の位や称号を与えるという手段もなくはないが、大して価値はないし、各地を放浪するハルトークは受け取らないだろう。
世知辛い世の中だ。ユーディットは門番のバルトスの手引きでこっそり王宮の居住区へ戻り、ユーディットの部屋の近くで待機していたリディアに顔を見せる。
「リディア、帰ったわ」
「遅いですわ、見つかるかと思いました」
軽く怒りながらも、リディアはユーディットへ「夕食はもうじきできますから、それまで休んでくださいな」と言って、仕事に戻った。
ユーディットは毛皮を敷いた天蓋付きのベッドへと倒れ込み、ぼうっと考えごとをしはじめた。
もう三日、ユーディットはハルトークと会話をしているが、決して悪人ではないことは分かってきた。それどころか、最強の騎士は女性恐怖症の、ちょっと不器用なお人好しの青年だ。ひょっとすると、王宮からの報酬についての話し合いをやんわりと断っているのは、スメルナ王国の窮状を知っているから報酬を受け取りたくないのかもしれない。
しかし、そういうわけにもいかない。建前上でも、何か報酬となるものを渡さなければ、ハルトークの名に傷がつく。
こんな辺境までわざわざやってきて、魔物を壊滅させてくれた救国の英雄に何も与えないというのも、たとえスメルナ王国が貧乏で何もない国だったとしても道義上許されないことだ。
まあ、国が滅びるかどうかの瀬戸際で、道義も何も言っていられるほどの余裕はないのだが。頭痛のしてきたユーディットはつぶやく。
「あの調子じゃ、しばらく結婚なんて無理だろうし……せめて、顔を合わせて話せるくらいにはなりたいわ。というか、今まで女性と会ったときはどうしていたのかしら」
ユーディットは疑問が次から次へと湧いてくるが、それは明日ハルトークへぶつければいい、と決めた。
大して柔らかくもないベッドから起き上がり、ユーディットはのろのろと動きはじめる。
明日はハルトークとどんな話をしよう。ここ三日ほど、そればかり考えていた。




