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♯23 アイディアリストの拙い下書き

──久方ぶりの肌寒くない屋根の下で、二人は仰向けになる。


「ベッドだけどさ、本当に使ってもいいの?」

 白熱電球の中心……消えてもなお未だ熱を帯びて赤く光るフィラメントを眺めながら、ジャックは囁く。


「……ああ、遠慮すんな。

寧ろ堂々と使え。その方が、余計な事考えずに済むからよ」

 床板に敷いた、薄いブランケットの上で寝そべるマイケルが、腕を頭の後ろに組みながら正直に言い返す。内心、すべてにおいて、迷惑しかかけていないじゃないかと、申し訳なさに胸を埋め尽くされるジャック。生まれながらに謙虚な彼だが、ここで言い返すとまた厄介だとやむなく自粛した。

 

 そんな彼の様子を知ってか知らずか、マイケルは拍子抜けした様子で続ける。

「オマエのことだからな、てっきりいつもみてぇに

だぁって~申し訳ないじゃぁ~ん……とか抜かしやがるのかと思ってたけどよ。やけに今日は、物分かりいいじゃねぇか?」

 

 誇張した猿真似に思わずムッとしたジャック。それでも、今までの彼なら、まず間違いなく言っていただろう。言い返すことも出来そうにない。

「なんか腹立つ言い方だな……ま、だてにここまで連れ添ってるわけだしね? うふふっ」


「っ気持ちワリ、オレはテメェの嫁さんかってんだ」

 癪に障ったジャックは適当に揶揄う。だが、これにもすっかり慣れてしまったようで、相方はさも当然のように、最短ルートで身をかわした。言葉に詰まったジャック。二人の間に、扉からの冷たい夜風が通る。──何か、大切なことを伝えられていないような気がする。おやすみ、いや違う。ありがとう……これ以上は流石に蛇足じゃないか?


 ジャックは喉元まで出掛かった何かを抱えたまま、挨拶もせず眠りに付こうとする。その際だった、不意にマイケルが切り出した。

「あの時は……その、ワルかったな」

「押しつけがましいっつぅか、無理言い過ぎた。それにオレだって、知らねぇ存在を怖がったりすることがないわけじゃねぇ。なのによ、ナメクジ……」

 生まれたての小鹿のように、慣れない物言いでマイケルは謝意を示す。玄関先のひと悶着、確かに言い忘れていたのはあの件だったが……ジャックは思わず跳ね上がる。そんな事よりも、マイケルが──あの堅物で、個人主義者(エゴイスト)で、いつだって自分の非なんて絶対認めねぇみたいな面をしていたあのマイケルが。

 喧嘩事で自分から謝るだなんて、彼には信じられる光景ではなかったのだ。


「おいそのツラはどういう意味だ! んでわざわざんな大げさになんだよ! 

自分から謝ってワリぃか? あ゛!」


「いやいやとんでもない! こっちこそ、ごめん。マイケルの方が詳しいんだし、素直に従っておけば良かったのにさ、なんか意地張っちゃって」


「はぁ……くだらねぇことに意地張っちまったのはオレの方だ。──ックソ、あのアマ。久しぶりだからってボコスカ殴りやがって……まだジンジン痛みやがる」

 マイケルは羞恥をはぐらかすように、頭頂部をさすりながら不平を垂れる。


「んなこと言ってると、また殴られても知らないからな?

 にしても、とんでもない腕してるよね、ヘドさん。殴られたら湯気が出るなんて言うけど、実際に出るのは初めて見たよ……」

 ジャックは布団に包まりながら身を震わせる。──片方はあの無骨な義手だ。マイケルはまだしも、オヤジさんは無事なのだろうか?


 ジャックの心づもりを見抜いたのか、マイケルはまたしても言い当てる。

「オヤジなら大丈夫だろうよ。アレ位、馴れっこだしな。

……人の心配なんてしてる余裕ねぇだろオマエ。1万だぞ? 分かってんのか?」


「分かってる……つもり」

 ジャックは自信なく応える。凡俗で、頼りのない答え。まず想像できる規模ではないからこそ、仕方がないだろう。それでも……これだけは断定できるのだと、続けてはっきりと告げる。

「断る気はなかったさ。止まったら……そこで終わってしまうんだ。

やってみなきゃ、どうなるかなんて最期まで分からないだろ」

 

 意気揚々としたジャックに驚嘆しつつ、それでもマイケルは冷たくあしらう。

「相変わらず、めでてぇ頭してんだな……ほんのひと月だ。オレにオヤジも、んな短い期間で一万なんか稼いだことなんてねぇんだよ」

「それに契約ってのは、んなどんぶり勘定で取り付けちまっていいもんじゃねぇ」

 しかし、警句に対する返事が戻ってくることはない。マイケルはベッドの方へ顔を向ける。ジャックは真っ直ぐに、ただ天井……その先に広がる()()を見ていた。

「……オマエ、あの言葉の意味分かってんのか?」


「っえ? 何がだよ」


「Man geht nie weiter, als wenn man nicht mehr weiß, wohin man geht」

「ウッリの姐さんがぶつくさ言ってたろ。行き先が見えないのに、どうして進むことができるというのだろうか、口癖だ。今のオマエに、お誂え向きだろうよ」

 呆れたように言い放つマイケル。ジャックは今日の出来事を思い返して、深く思慮を巡らせる。──あの時、ユーリケさんは俺を憐れんでいるみたいだった。何かを知っていて……それでも尚、大きな流れに逆らうことは出来ないんだって。

 

 彼には確信があった。謂れこそなかったが、簒奪者を乗り越えたあの日以降、独り立って成り立つ決意があった。それ故にジャックの中にある揺らぎない信条が、この程度で折れることなどない。

 ジャックは目を凝らし、貼られた屋根のその先を見据えたまま話す。

「なぁマイケル、これは直感だ。どうにも言い表しにくいんだけど……

あの時、ユーリケさんは向き合っていなかった。だから、その言葉の意味……俺は違うと思う」


「何だよそいつは、あの(うた)狂いのウッリ姐が?

……じゃあ、どういう意味だってんだよ」


「……うーん、分かんないや」

 ジャックは呆けたように呟く。束の間だけ思案したが、収集も付かない問いにうんざりして伸びをする。酷く根も葉もない自惚れに、マイケルは片膝をついて、寝そべる上体を勢いよく起こした。


「で、でも! ここから離れる時までには見出してやるって!」

 開こうとした口をそのままに、呆然とこちら側を向くマイケルへ、ジャックは制するように伝える。

「だからさ……それまではよろしく。絶対に、立ち止まったりしないから」

 小さく微笑みながら、ジャックは真っ直ぐに言い切る。


 マイケルは苦渋を飲むかのような倦んだ面持ちで眉を顰めて眺めていたが、とうとう唸ったかと思えば大きくため息をつき顔を上向かせた。

「わぁったわぁった! オマエはこの程度じゃヘコたれねぇ大バカだ! 今更疑ったりもしねぇ。一度、乗りかかった()()だからな。しばらくは付き合ってやるよ」


「……久しぶりに聞いたな? その例え。

マイケルって時々、変わった言い回しするよね……」

 ジャックは懐かしむように、体を揺らすマイケルの語彙を指摘する。──ここらはあっちもそっちも岩肌だらけだから、ソリなんて使わないような気がするけど……冬も酷くなれば雪だって降り積もるのかな。


「ッチ、やかましいんだよ! さっさ寝やがれ!

明日からは忙しくなるからな。やれ登録やれ依頼──他にも教えなきゃいけねぇことがよ。そりゃもう山ほど……」

 ──いつものように顔を赤くして怒るマイケル。その催しに聞き耳を立てている内に、ジャックは浅くとも深い眠りにつくのだった。


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