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お盆の夜、閉園後の動物園から配信してたら、視聴者が全員死んでた  作者: 空の異変


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3/7

第三話 おまけの占いを返品します

虎の背中で園路を3つ曲がったところで、扉の音は聞こえなくなった。


降りて首をなでると、虎は私の手のひらを一度だけ嗅いで、暗がりへ帰っていった。


次の看板は、孔雀園。


「善淵さん、ここも占ってください」


「二つ目は半額ですね」


慧さんが先に答えた。一つ5,000円、二つ目が半分で合わせて7,500円の、3つ目の「付け」が注文画面に並ぶ。


古銭が布に落ちる。


「開いた羽を見るな。雄の求愛に頷くな」


「見たら、どうなるんですか」


「……羽の一部になる」


「頷く人、います?」


「いる」


善淵さんがそう言うなら、いるのだろう。私はサングラスをかけなおす。


金網沿いを歩き出してすぐ、前に人が立った。


背の高い男の人だった。色の白い肌に、やけに整った顔をして、閉園後の動物園にひとりで立っている。


【無課金席:顔がいい】


【三年推し:主、頷くなよ】


男は金網に片手をついて、私の行く手をふさいだ。


「見れば見るほど嫌いになる。……嫌いになれないところが、ね」


「はい?」


「この口説き文句は借り物。でも、君を好きなのは本物」


【寝落ち番:油っぽい】


サングラス越しでも、額がてかっているのが分かる。


「すみません、急いでいるので」


「急ぐ人ほど、立ち止まる価値がある」


私は鞄から、あぶらとり紙を一枚抜いた。男の顔めがけて、放る。


「どうぞ。使ってください」


紙が、男の額にぺたりと貼りついた。


男が甲高い声で叫んだ。背中から、緑と青の羽が、音を立てて広がっていく。


羽の一枚一枚に描かれた眼の模様が、全部同時に瞬きをして、こちらを向いた。


私は顔を伏せた。サングラスを片手で押さえたまま、羽と私の間にスマホを差しこんで、ライトを最大にする。


「まぶしっ。人の目にライト当てるなって、習わなかったのか」


羽をたたんだ孔雀が、文句を言いながら茂みの奥へ逃げていく。


「習いましたけど、人の目じゃなかったので」


返事はなかった。茂みの揺れが、遠ざかっていく。


    *


象園の看板の前で、慧さんの声が明るくなった。


「お客さん、ここは二つ買うと一つおまけですね!」


10,000円。4つ目の付け。


善淵さんの手から、古銭が3回に分けて落ちた。


「飼育員は一人。道は南。……占いを、一つ外した」


「最後の、何ですか」


「言ったとおりだ」


「外したんですか。外したって、分かってるんですか」


「分かってる」


「じゃあ、それ返品します」


「占いはデジタル商品なので、返品は承っておりませんね」


「私、未成年なんですけど」


【無課金席:その顔で?】


慧さんが黙った。善淵さんも黙った。


画面の向こうで、二人が小声で何か言い合う。少しして、通知が一件届いた。


――返金完了。商品名「占いを一つ外した」、3,333円。


「……そっちを返されても」


外れが一つある、という知らせだけが消えた。外れそのものは、まだ3つのうちのどこかに残っている。


私は3,333円を、ショップに突き返した。


「返金はいいので、おまけのほうを取り消してください。おまけなら、外れてても文句言いません」


「どれがおまけか決めるのは、お客さんじゃないですね」


【三年推し:おまけって、どれ?】


【寝落ち番:いちばん眠そうなやつ】


【三年推し:「外した」でしょ。外れなんだから、おまけ】


【無課金席:てか、円で返ってきても、ここじゃどうせ使えないし】


慧さんは長いため息をついた。善淵さんが、画面の外へ短く何か言う。


しばらくして、明細の一行が書き換わった。――おまけ取消、マイナス3,333円。


「ありがとうございます。お手数おかけしました」


「二度とおかけしないでほしいですね」


どれが外れかは、歩けば分かる。とりあえず、南。


    *


私は南の門へ向かった。


途中で、飼育員さんに呼び止められた。


腰に鍵束、手にバナナの房。作業帽の下の顔色が、青い。


「南は工事中だ。東へ行ってくれ」


「すみません、南に用がありまして」


会釈して通りすぎようとすると、背中のすぐ後ろで声が低くなった。


「俺の案内が聞こえなかったのか」


振り返る。飼育員さんの口の端から、一筋、血が垂れていた。


私は体ごと向きを変えて、深々と頭を下げた。


「失礼しました。従います。全部従います」


飼育員さんは鍵束を鳴らして、巡回に戻っていった。胸の名札の番号は、「03」。


私は東へ歩き出した。


【三年推し:弱腰コース】


東の柵の内側にも、飼育員さんがいた。象にキャベツをやりながら、題名の分からない鼻歌を歌っている。


名札は、こちらも「03」だった。


象が顔を上げた。澄んだ目をしている。


「お姉さん、ピーマン嫌い?」


「……嫌いです」


「おんなじだ」


「にんじんは?」


「にんじんは好きです」


「おんなじだ」


どこかで聞いたことのある声だった。


【寝落ち番:この声、知ってる気がする】


ひとしきりピーマンの悪口で盛り上がってから、私は聞いた。


「南の門まで、送ってもらえたりします?」


象は耳を伏せた。


「南はだめ。怖い人が見てる」


「見ないでって、言ってもらえませんか」


「怖いから、言えない」


私と象は、黙って顔を見合わせた。


    *


私はスマホを持ちなおした。


「慧さん。何か、手は」


「返金の人! 個別のご案内は、ここまでですね!」


画面の右下に、灰色の通知が出た。――個別チャットはブロックされました。


【無課金席:根に持ってる】


「慧」


善淵さんの声が、一段低くなった。


「売り場の恨みを、こっちに持ちこむな」


「……持ちこんでないですね」


「持ちこんでる」


慧さんは口を閉じた。ブロックは解けないまま、画面の隅で拗ねている。


「返品の話は終わりだ。あんたはショップを見ろ」


公開ショップは、まだ開けた。見たことのない名前のお札を値段の安い順に並べ替えて、いちばん上を押す。


金縛りの札、画面を向けている間だけ有効。注文確定、付け。


【三年推し:いちばん安いの選ぶの、主らしい】


私は南へ戻った。


鍵束の音が、すぐ横から来た。


「どうして戻ってきた」


スマホを突き出す。


「だるまさんが、転んだ」


飼育員さんが、片足を上げたまま止まった。


画面を少しずらすと、指先が動く。慌てて戻すと、止まる。


私はスマホを顔の高さに掲げたまま、後ろ向きに一歩下がった。


「視聴者さん、少々お待ちください。後ろ向きで失礼します」


【寝落ち番:画面ずっと飼育員さんで、酔いそう】


一歩、もう一歩。かかとで段差を探りながら、南の門をくぐる。


門の外に出て、私は腕を下ろした。


金縛りの解けた飼育員さんが、まっすぐ突っこんでくる。


鉄の門を、力いっぱい閉めた。


がしゃん、と金網がたわむ。勢いのまま網の目にめりこんだ飼育員さんの指は、こちら側までは届かない。


「出てこないでください。怖いので」


    *


門から少し離れたベンチに、腰を下ろした。


腕が上がらない。ずっと掲げていたせいで、肘から先がしびれている。


鞄の底から、水玉の巾着を引っぱり出して、膝にのせた。


【寝落ち番:腕、休めて】


「休めてます。今、全力で休めてます」


ベンチの向こうに、観光列車が停まっていた。小さな機関車に、客車が6両。


私は巾着の口を開けて、飴を一つ、口に入れた。腕を膝に置いたまま、しびれが指先から抜けていくのを待つ。

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