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お盆の夜、閉園後の動物園から配信してたら、視聴者が全員死んでた  作者: 空の異変


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2/7

第二話 鶏は買いません。ください

「挑発、やめてもらえます?」


私は止まり木の前で、足を止めた。


「この配信は、今いちばん頼りになる人とつながってるんです。猿も止めてもらいました。お札も、ちゃんと効きました」


オウムは返事をしない。濡れた羽の先が、止まり木の上でかすかに揺れている。


「それに視聴者さんは、私の親みたいなものです。親の悪口は、やめてください」


オウムは首をかしげた。一拍置いて、短く言う。


「……ぺっ」


【三年推し:チセちゃんを推して3年。俺の見る目、間違ってなかった】


【無課金席:配信は2年。私の数え間違いじゃなければ】


「はい、そこ。年数で揉めない」


細かい数字はいい。今は、出口までの距離のほうが大事だ。


画面の善淵さんは、何も言わなかった。


私はオウムに背を向けた。


    *


日が落ちた。


閉園の音楽は、とっくに止んでいた。売店のシャッターも、全部下りている。


「みんな、閉園時間、過ぎちゃいました」


「知ってる」


「知ってるなら、もう少し早く言ってほしかったです」


「最初に言った」


言われていた。


園路の街灯が、一本ずつ遅れて点いていく。青白い光が低いところで揺れて、燐火みたいだった。


虎園の看板の下で、立ち止まる。檻の奥は真っ暗で、何頭いるのかも見えない。


「善淵さん。ここ、占ってもらえます?」


「5,000円ですね」


答えたのは慧さんだった。注文画面に、二つ目の「付け」が並ぶ。


善淵さんは、膝の前に小さな木箱を置いた。振ると中で古い銭が鳴って、布の上に3枚こぼれた。


「管理人から、物を買うな。人間の金は、ここじゃ通じない」


「通じないって、電子マネーも?」


「全部だ」


スマホのライトをつけた。


虎園の入口に、黒い人影が立っていた。


【寝落ち番:誰かいる】


【三年推し:管理人さん、かな】


足が動かない。私は口の中で、昔ドラマで見た呪文を唱えた。


「臨兵闘者……皆……列、在、前?」


「一つ抜けてる」


「すみません、覚えてないです」


人影が、こちらへ一歩出た。私も一歩出て、向こうもまた一歩。


足の震えが、膝まで上がってくる。私はスマホを顔の前に構えなおした。


「念のため、視聴者さんの安全のために、モザイクかけておきますね」


【無課金席:モザイク、やさしい】


フィルターをかけ終えて、顔を上げる。


作業着の男が、もう目の前にいた。


引きつった笑みで裂けた口の端から、提げた鶏の首へ、同じ色の血が糸を引いていた。


男は腰袋を叩く。予備の作業手袋が、二組はみ出している。


「虎にやる鶏、2,000円。買っていく?」


買うな、と言われたばかりだ。


それなら、もらえばいい。


「学生なので、ください」


「……え?」


「しくしく。貧しい学生なので、鶏をいただけると助かります」


自分でも驚くほど、平らな声が出た。


「家には、80の母と、3歳の弟がいまして」


男の手が止まった。


「……お母さんと弟さんは、いくつ違うの?」


「話すと長いんですけど、母は実の母ではなくて。弟も、実の弟ではなくて」


「俺、そんな事情までは聞いてないよ」


「しくしく」


「鶏、要るの? 要らないの?」


「要ります。ただで要ります」


男はしばらく、鶏を見下ろしていた。それから、私の手に脚の側を押しつけた。


「分かった、持っていって。お金はいらない」


鶏の脚には、荷札が結んであった。銭の形の模様が6つ横一列に刷ってあるだけで、値段も店の名前もない。


男は背中を丸めて、暗がりへ戻っていった。


【三年推し:主の泣き方、棒すぎる】


    *


檻の中には、虎が3頭いた。


どれも、あばらが浮いている。3頭とも、私の手の鶏だけを見ていた。


鶏は、一羽。


「みんな、相談です。虎が3頭に、鶏が一羽。角の立たない分け方、ありますか」


【寝落ち番:虎、細い……】


【無課金席:3等分。一頭あたり0.33羽】


【三年推し:「歯に青のり付いてるよ」って言って、鏡を見に行ってる隙に帰る】


【寝落ち番:鶏を真ん中に置いて、みんなで昼寝】


【無課金席:主、保育士っぽい言い方なら聞いてくれるかも】


スクロールしながら考えて、保育士コースを選んだ。


「はーい、虎さんたち。いちばんいい子に、鶏をあげまーす」


3頭が、柵に寄ってくる。光る目が6つ、横に並んだ。


「お座り」


3頭とも、座った。


「伏せ」


3頭とも、伏せた。思っていたより、育ちがいい。


「お手。……はい、隣の子と、握手」


一頭だけが、隣の虎の前足に、自分の前足をそっとのせた。


「はい、あなたがいちばん。どうぞ」


柵の隙間から、鶏を放りこむ。真ん中の一頭が空中でくわえて、奥へ下がっていった。


残りの二頭は、座ったまま私を見ている。お座りの姿勢のまま、尻尾だけが地面を打っていた。


「ごめんね。一羽しかなかったの。明日また来るから」


私は手を払った。これで、虎園は終わり。


背中で、鉄の軋む音がした。


    *


【寝落ち番:主、扉】


【三年推し:走って】


振り向くと、鶏をもらえなかった二頭が、虎園の扉ごと外へ出てくるところだった。


蝶番の外れた鉄の扉を、片方が背中に載せている。もう片方は、その横を並んで走ってくる。


がん、がん、と扉がアスファルトに当たる音が近づいてきた。


「話が違います。お座り、したじゃないですか」


「善淵さん」


「見てる」


「見てるだけですか」


返事の代わりに、古銭の鳴る音がした。占ってくれているのか、手持ち無沙汰なのか、分からない。


二頭とも、痩せすぎていて足は遅い。それでも、私よりは速い。


「そこの、鶏食べた子」


奥の暗がりで、さっきの一頭が顔を上げた。


「おいで」


虎は骨を落として、私の横まで駆けてきた。


「しゃがんで」


素直にしゃがんだ背中に、私はまたがった。毛が温かくて、あばらの段差が太ももに当たる。


鞄を前に回して、首の毛をつかんだ。


「お願い、振り切って」


【無課金席:保育士、急に騎乗】


虎が、地面を蹴った。


すぐ後ろで、背負われた扉が、がん、と鳴った。

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