8 私、聖女ですから
この世界の聖女は、豊穣の力を持っている。
なんでも、神から与えられた祈りの力だそうだ。聖女が祈ると豊作になるという。
そりゃあ国が大切にしますわ。
50年に一度の大干ばつ。聖女の出番である。
聖女ルネは学園を休み、近衛騎士に守られながら各地を回った。ルネの力は確かで、ルネが訪れた地域一帯には雨が降った。
しかしそれでも、取れ高は平年よりも低く、穀物の値段は高騰した。
王家の命令でルネは各地を回ったが、訪れない地域がいくつかあった。
例えば、北の氷雪山脈。例えば、南の島々。例えば、東の少数民族、ミノリテート族が暮らす森。
そう、俺の母上の地元である。
他のいくつかの少数民族が暮らす地域や、近年王国に服従し参入された地方にも、王家は聖女を派遣しなかった。
教会から全国に派遣するよう要請があったが、未来の王太子妃を僻地に赴かせることはできないと突っぱねた。
聖女が来なかった地域の人々は当然怒る。
王国に服従しているのに、旧来の領地よりも高い税を納めているのに、もはや飢えて死ぬ以外の選択肢がなくなってしまうのに、王家は対応してくれない。
各地の不満を抱えた人々が、反乱を起こし始めた。
聖女ルネが南方の地方を回って王都に帰還した。
一時の休養の間に、ルネに会うことができた。
「久しぶり」
「……お久しぶりです、レオン様」
虚ろな目をしたルネに、この前までの覇気はない。
「大変そうだな」
「ほんとですよ。そう思うならどうにかしてください」
「言ったろ、俺には権力がないんだ」
「王子様のくせに」
じろりと睨まれる。
「王子様とは言っても人質みたいなもんだからなあ」
「人質?」
「うん。俺の母上、今回ルネが行っていないとこ出身なんだよねー」
「……私、こんな差別の象徴みたいになるために聖女になったんじゃないんですけど」
「そうだよなあ」
ルネが訪れたところでは聖女信仰が進み、訪れなかったところでは虐げられている象徴のように扱われる。
ルネの意思で行っているわけではないが、分かりやすい旗印として扱われてしまっている。
「兄上とは会ってる?」
「帰ってきた翌日にお会いしました。褒めてくださいました」
褒めてくれたと言うが、その表情は全く嬉しそうではない。
「辺境の方にも行きたいと申し上げたんですが、聞き入れてもらえませんでした」
「兄上はそう言うだろうね」
聖女は人的資源であり、王国を優位づけるものである。おいそれと使えるものではない。
「レオン様から言ってもらえませんか?」
「もう言ったよ。結果は分かるだろ」
せめて母上の地元に行くよう願い出た。だが、答えは「私の可愛いルネをそんな遠い場所には行かせられない」だった。
帰還翌日に一度だけ会って、その後10日も会っていない婚約者を可愛いだと?
やんわり口出しするなと言われたようだった。
俺とマーヤとマテウスの、人質の意味はなんだ? 恩恵が受けられないのに人質まで出しているのか?
ミノリテート族はまだ反乱を起こしたり、出奔したりしていない。
マーヤの実家からの手紙に「困窮してはいるが、王家との約束で私たちは移動できない」と書かれていた。
マーヤが、マテウスが、そして俺が、鎖になっているのか。
王族として生まれたからには国益を第一に考えるべきだ。兄上の考える政策がきっと国のためになるのだろう。たとえ母上の親戚が餓死しようとも。
分かっている。
だから俺は何もしていない。一度だけ願い出ただけで、他は兄上に従って大人しくしている。
少数の犠牲と痛む心は無視して。
俺は第二王子だから。
「逃げたくなったら逃げてもいいよ」
初めて会った時と同じ、ルネのきょとんとした顔。
「俺も手伝う」
せめてもの罪滅ぼし。
教会とのパイプ役にさせてしまった、俺の都合に巻き込んだ罪悪感。それによってこんなにも消耗している。
「ありがとうございます。でも、もう少し頑張ってみます。私、聖女ですから」
ルネはくしゃりと微笑んだ。安心させるような、ホッとさせるような笑みだった。
「だから、レオン様も泣きそうな顔しないでください。私はまだ大丈夫です。私にできることはまだあります」
「ルネは……、強いね」
「レオン様が一緒に逃げてくれるなら逃げちゃうかもしれませんけど。逃げる時は一声かけてくださいね」
「うん。ルネが一緒だったら心強いな」
気づかないうちに俺もしんどくなっていたみたいだ。
◇
それからまたルネは王都から西に立った。今度は数日で戻ってくるそうだ。
俺は教会に行って、万が一のために大司教に眠り薬と一時的に髪色を変える薬を渡しておいた。ルネならば教会が死ぬ気で生かすだろう。
学園は長期休みに入り、俺はいつものように離宮に引きこもっていた。
放置されて人員は派遣されていないとはいえ、東棟の入り口にはなぜか近衛兵が立っている。見張りかな。
不法侵入防止じゃなくて、俺が出ないか見てるんだよあいつら。実質軟禁。
だからこの東棟から外に出られる隠し通路は俺の生命線だ。
暇だなー、早くルネ帰ってこないかなー。
マーヤもマテウスもいつもより忙しそうにしていて、かまってくれない。つまらない。
庭師のじいは老いを理由に週2出勤になっているから、今日はいない。つまらない。
兄上でもいいから俺のことかまってくれないかなー。刺激的なこと起こらないかなー。
なんて思っていたからか。
部屋に戻ると知らない男がいた。
「だれ、っぅぶ」
叫ぶと同時にマテウスに口を抑えられる。
「初めまして、レオン様。私は貴方の母上の弟です」
俺とよく似たブルーグレーの髪のイケオジが恭しく首を垂れた。




