7 王子様なんだよなー
聖女ルネを離宮に招いた話は瞬く間に広がった。俺と兄上とルネの歓談は、ほとんどの貴族の知るところとなった。
兄上は平民出身ながら礼儀作法がしっかりしたルネを気に入ったようだ。次のお茶会の招待を送ると約束していた。
話の広まり方が早かったのは、兄上の側近たちが工作したのだろう。
聖女であり子爵令嬢とはいえ、元は平民、たかが子爵家。まさかとは思っていたが、兄上の側妃に迎えられる可能性が仄めかされ、デルフィーヌの不穏な噂を聞いている者たちは正妃の可能性さえ視野に入れ始めた。
学園でもルネの周りには新しいお友だちが増えていた。おそらくルネの家、ナミュール子爵家もてんやわんやになっているだろう。
ちなみに、ナミュール子爵家は教会との結びつきが強く、大司教がルネの養子先として選んだ家だ。
そして、兄上とルネの接触に反発したのは、予想通りデルフィーヌだ。
学園で震えながらルネに話しかけている姿を見かけた。面白そうなので盗み聞きをした。
「あな、あなた、アンリ様とお会いしたのですって?」
「はい」
「ど、どうして? アンリ様と知り合う機会があったの?」
「いえ、レオン様にご招待されてお伺いしましたら、アンリ様も途中でいらっしゃいました」
「れ、レオン様にはどうして?」
角に隠れて聞いているため表情などは分からないが、デルフィーヌが顔を赤くしてぷるぷるしている様が目に浮かぶ。
「平民だった頃の話が聞きたいと仰せでした」
「そう、あなたは平民出身だものね。あくまで研究対象として、ということね」
「そうだと思います」
「わたくしのことは何か言ってらした?」
「いえ、特には」
「……そういえば、あなたはニコラとも仲が良いわね?」
やはりデルフィーヌはニコラにも接触しているようだ。
「ええ、ニコラも平民ですから」
「そう。もう良いわ、お話聞かせてくれてありがとう」
まずい、翻ったデルフィーヌがこっちに来る。
慌てて柱の影に隠れてやり過ごした。
デルフィーヌが去ったのを確認して、その場に止まっているルネに声をかける。
「ルネ」
「レオン様! 見てたんですか?」
「うん。面白そうだったから」
「レオン様ってそういうところありますよね」
なぜかため息を吐かれた。
「デルフィーヌとは今までも話したことある?」
「一年生の一番最初の頃に一度だけ話しかけられたことがあります」
「へー、その時はなんて?」
「なんでしたっけ、なんか、ゲームがどうのとか言われた気がします」
「ゲームのヒロインが云々みたいな感じ?」
「うーん、あんまり覚えてないんですけど、そんな感じだったと思います」
デルフィーヌは最初に、ルネも転生者ではないかどうか確かめたのだろう。
ゲームの中に登場するルネと、この世界のルネには違いがある。転生者であって、ヒロインの座を奪還されることを危惧したのだろう。
「そうそう、ルネから見て兄上はどうだった?」
「すごい格好良かったです。いかにも王子様な姿してましたね。でも、ちょっと目が怖かったです」
「そうだろ、格好良いだろ、イケメンだろ」
「こんなこと言っていいのか分からないんですけど」
ルネが耳に口を近づけてくる。
「ちょっと腹黒そうだなと思いました」
俺にしか聞こえないくらいの小声で言った。
「そこが良いんだろ」
「えええ?」
牧草を好むオオカミを見るような目で見られた。
「ルネにはお気に召さなかったか」
「それ、どう答えても不敬になりません?」
「わはは」
「誤魔化されませんよ!」
ルネは強かになったな。
「そういえば、デルフィーヌ様はニコラのことも気にしていましたね」
「あー、あいつも格好良いもんな、俺と兄上と同じように」
「自分で言っちゃうところがなんというか」
「客観的な事実を言っただけだけど?」
攻略対象なんだからイケメン以外の何者でもない。
ちなみに、兄上は正統派イケメン、俺は甘い系、ニコラはおどおど気弱系なイケメンだ。
「レオン様って黙っていれば王子様っぽいんですけどね」
「どっからどう見ても王子様じゃん」
「顔はそうですけど」
「さっき不敬を気にしてたけど、今めっちゃ不敬働いてるからね?」
「だってレオン様はそういうんじゃないですから」
「俺もれっきとした王子様なんだよなーこれが」
「じゃあ王子様らしくしてください!」
「検討しておきます」
「絶対しないやつ!」
「まあまあ」
ルネをあしらいつつ教室に戻った。
◇
兄上の動きは早かった。
一年生が終わる頃には兄上とデルフィーヌの婚約が解消され、聖女ルネ・ナミュールとの婚約が成立した。
デルフィーヌの兄、レンヌ公爵家の長男を兄上の側近にすることで、レンヌ家との縁を結びつつ、折り合いをつけた。
自宅謹慎になっていたデルフィーヌは半狂乱になったため、修道院に入れられたと聞いた。
同じ転生者として多少の親近感は抱いていたが、残念な結果となってしまった。どういうつもりでデルフィーヌはヒロインに成り代わろうとしていたのか、機会があれば聞いてみたい。
学園でのデルフィーヌは、騎士団長の息子の婚約を破談にし、ニコラと俺にちょっかいをかけ、男好きの浮名と空気読めない人のレッテルを獲得していた。親しい友人もできていないだろう。
騎士団長の息子は学園卒業後、近衛騎士に入る予定だったはずが、辺境の国境防衛軍に従事することとなった。
ルネが側妃ではなく、唯一の王太子妃となることがほぼ確実となった。ナミュール家には以前にまして、すり寄る貴族が増えた。ナミュール子爵は忙殺されていることだろう。ご愁傷様。
兄上とルネの婚約により、聖女、ひいては教会に対する王家の影響力が強まった。怒涛の王太子妃教育が始まり、学園で見かけるルネは疲れを隠せないでいた。
話を聞いたところ、「超キツい」とのこと。
頑張れ。
やがて、俺たちは学園の二年生に上がる。そして、50年に一度と言われる干ばつが起こった。




