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3 不思議パワー

 学園初日を終え、自宅に戻る。自宅というのは離宮の東棟である。


「お帰りなさいませ」

「ただいま、マーヤ」


 母が地元から連れてきたマーヤは、俺の離宮から人がいなくなっても残り続けてくれたうちの1人だ。第2の母みたいなものだ。


「マテウスは?」

「庭におりますよ」


 マーヤの息子のマテウスも時々離宮に来て、掃除をしたり俺と遊んだりしていた。そして兄上の離宮に移った後、マテウスは正式に俺の侍従として任命された。




 庭に出てのっぽの頭を探す。

 お、いた。


「聞いてよマテウス。デルフィーヌ嬢と朝ぶつかりそうになったんだよー」

「あれ、帰ってたんですね」


 5つ年上のマテウスは、一応俺に敬意を払ってくれてはいるものの、幼なじみのお兄ちゃんといったくらいの関係性である。軽口を言い合える仲だ。


 マテウスの側まで行って、声を潜める。


「それがさ、前会った時と違って、様子がおかしかったんだよ」

「レンヌ公爵令嬢が?」

「そう。俺、狙われるかもしれない」

「暗殺ですか?」

「違う。恋愛的な狙われるってこと」


 狙われているのは命ではなくハートである。

 あれ、どっちも同じようなもんでは?


「アンリ殿下のご婚約者でしょう」

「ちょっと今の感じだとどうなるか分かんない」


 デルフィーヌがどう動くのかは分からないが、ヒロイン乗っ取りをしようとするのだったら、そんなことを許すような兄上ではない。国益にならないようならすぐ切り捨てる人だ。そんなところもさすが兄上。さす兄。


 プライド高々でもちゃんと貴族をしていたから、デルフィーヌとの婚約はレンヌ公爵家との縁繋ぎにもちょうど良かった。

 だが、デルフィーヌがヒロインになり変わって微笑み他の攻略対象にちょっかいを出すなら、婚約解消されるだろう。


「じいも聞いてよ」

「なんですかな、坊ちゃま」


 俺の離宮に残ってくれた使用人その2、庭師のじい。白いもじゃもじゃ髭がチャームポイント。

 庭のその辺にいたから声をかけた。


「自分はこの世界の主人公なんだーって思い込んでる人いたらどうする?」

「人は皆、自分の世界の主人公ですよ」

「それはそうだけどさー、自分の世界だけじゃなくて、他の人の世界にも進撃してくるんだよ」


 巨人じゃないんだからやめなさい。


「それはなかなか面白い人ですな。自分の世界に進撃されないように距離を取るしかないのでは」

「だよねー」


 デルフィーヌがこの世界を乙女ゲームとして見ているのだったら、確実にこれから俺の世界に進撃してくる。

 距離を取れるだろうか。


「それで、坊ちゃま。お友だちはできましたかな?」

「もちろん! ロラン・コルベールという親友ができたさ」

「コルベールというと、コルベール伯爵家ですな」

「多分ね」

「親友になれるとよろしいですな」


 もう親友だって言ってんだろ。一方通行かもしれないけど。


 じいを睨むがふぉっふぉっと笑うばかり。


「子どもでいられる期間は短いですから、坊ちゃまも楽しみなされ」

「人生の先輩にそう言われちゃしょうがない」


 小さく笑い、「じゃあね」と告げてじいと別れた。

 マテウスを引き連れて室内に戻ると、マーヤが支度を整えて待っていた。


「さあレオン様。今日も練習をいたしますよ」

「えー、入学式くらい休ませてよ」

「レオン様から教えてくれとおっしゃったのですよ」

「わーかったって」


 まったく。俺についてきてくれる使用人たちは強い人ばかりだ。俺が主人というのに。


 だが、マーヤに教えてくれとねだったのは確かに俺だし、ちょっと面倒くさいが学びたいのはその通りなので素直に頷いた。


 教えてくれとねだったのは前世を思い出した直後の10歳の頃。







 異世界転生したからには魔法やら剣やらチートやらに憧れる。だが、10年間生きていて「魔法」という言葉を聞いたことはなかった。魔法がない世界なのかとがっかりした。

 しかし、よく考えれば聖女は豊穣の祈りとかいうよく分からない力を使えるから聖女なのである。ゲームでは愛の力などと背筋の冷える文句で説明されていたが、この世界には現実として摩訶不思議な力がある。


 10歳の俺は考えた。魔法だと認識されていないだけで、魔法のような不思議パワーが他にもあるんじゃね???と。



 まず思いついたのは、俺の母は謎に包まれた少数民族出身だったということだ。

 俺の血にも謎の少数民族の血が流れている? なにそれ超格好良い、右目が疼いてるようなもんじゃねーか!と思ったのは必然である。


 何か秘術のようなものがないか、気になった。そして、母と同郷のマーヤに聞いてみたら、ビンゴだった。



 薬草などをすり潰したり、煮たり焼いたり丸めたりして、ありとあらゆる薬を作る秘術があるという。

 キタコレ!!!


 土下座してマーヤに教えてくれるよう頼み込んだ。呆れた顔で「イェリン様がお亡くなりになる前に、レオン様から頼まれたら教えても良いと申しつけられております」と言われた。

 母上ありがとう! さすが母上、俺が望むことを分かっている。


 以来6年間、俺はマーヤの弟子、マテウスの弟弟子を自称している。




 母と父の婚姻譚は、この国に服従する時のお目通りで国王に見初められたから愛妾にされた、などと言われている。

 実際のところは分からないが、得体の知れない薬品を生産する少数民族からの人質ではなかったのだろうか。


 そして同郷のマーヤもおそらく、少数民族の首輪の一つなのだろう。現にマーヤはこの国の男爵と結婚し、マテウスを産んでいる。

 俺とマーヤとマテウスは、現在進行形で人質なのである。






 そりゃあそうだよな!!!


 じゃなかったら面倒事の種にしかならない異母弟を兄上が保護するわけないですよね!




 さすがの兄上にも多少は弟可愛いなという気持ちがあると思う。あってくれ。

 でも、優秀で賢くて国益を思っていて、時に冷酷な兄上が何の利点も無しに俺を育てるわけないだろう。


 マーヤからの話を聞いて気付いた俺は、数日間放心状態だった。頭お花畑だった自分への自己嫌悪もあった。

 兄上のこと普通に大好きだったからね! 今でも大好きだけどね!



 ふと我に返って思った。

 このままだと兄上の紹介する人と結婚し、推されるがまま要職に就き、兄上の政策を通すために汚いこともやらされ、一生兄上の言いなりになる人生だ。

 前二つは王族として甘んじて受け入れるが、汚いことをやらされたり、弱みを握られたらお終いだ。俺は兄上に鎖を繋がれるつもりはない。

 兄上のことは大好きだが、飼い殺しにされることまでは許容できない。大好きと警戒するのは矛盾しない。



 そう考えてから学園入学までの6年間、奔走してきた。

 万が一があったときの退路の確保のため。

 今のまま兄上が俺を可愛がってくれていればいいが、弱みを握ろうとしてきた時に、兄上に対抗する手段を得るため。


 何の権力も後ろ盾もない第二王子の俺には、助けてくれる偉い大人がいないので、自分でなんとかするしかない。自他共に認めるぼんくらのままではいられない。


 忙しい日々が始まった。

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