2 友だち100人できるかな
時は経ち、俺もついに16歳。乙女ゲームの舞台、王立学園入学の年である。
「おお、ほんとにこの場所あるんだ……」
学園の正門の前に立って感動する。聖地巡礼じゃないが、ゲームで見た場所に来られて感激。
そういえばゲームでは、入学式の日にヒロインが攻略対象の誰かにぶつかるのではなかったか?
誰にぶつかるかは毎回ランダムで、ぶつかった人の好感度を上げるアイテムゲットができるはずだった。
入学式前に聖女が見つかったと話題になっていたし、ヒロインは無事に平民から貴族になっている。ゲームのシナリオ通りにいけば同じクラスになるだろう。
さて、ヒロインは誰に激突するんだか。
なんてことを考えながら呑気に歩いていると、体の右側から誰かが突進してきた。
「うおっと。危ねーな」
「きゃあっ」
咄嗟に避けると、突進してきた人が自分で転がっていった。
ヒロインか? ヒロインなのか? もしかしてランダムぶつかりは俺だったのか?
「ちょっと! 避けるなんて嘘でしょ!」
黒髪縦ロール、高飛車そうな美人。
いつか出会った兄上の婚約者、デルフィーヌだった。
なーんだ、ヒロインじゃねーのかい。
「あー、デルフィーヌ嬢、お久しぶりです。人がいるところで前を見ずに歩くのは危ないですよ?」
1歳年上で兄上の婚約者なので、デルフィーヌには一応敬意を払っておく。
「あら、わたくしとしたことが。ぶつかったのがレオン様だったなんて、運命を感じますね」
取り繕うような棒読みだった。
……ん? これヒロインの台詞じゃなかったか?
ランダムエンカの後、自己紹介をしてヒロインが「ぶつかったのが〇〇様となんて、運命的ですね」みたいなことをニコッとしながら言うのだ。
「えあ、兄上の弟ですからね」
初対面の時と同じことを同じくらいの衝撃的な気分で口に出す。
「ぶつかった衝撃で、何か、例えばハンカチなど落とさなかったですか?」
「い、いえ、何も落としていないようです。お気遣いありがとうございます」
「あら、おかしいわね……」
小声でデルフィーヌが言ったのを聞き逃さなかった。
レオンの好感度アップのアイテムは、レオンの母の形見のハンカチだ。
デルフィーヌの様子が明らかにおかしい。
「入学式に行かないといけないので。失礼します」
光の速さで逃げ出した。
入学式が行われる講堂の座席に座る。
え、待って待って待って。つまりどういうこと?
なんで悪役令嬢のデルフィーヌがヒロインの台詞言ってんの? もしかしてデルフィーヌも転生者の可能性ある???
初対面の後も数回兄上と一緒にあったけど、その時は気位高いなくらいのまともな人だったんですが? その後思い出しちゃった?
にしても、なんでヒロインの台詞を? ヒロインに成り代わろうとしてんの???
え、俺もしかしてロックオンされてる?
怖。
頭を抱えていると、続々と新入生が入ってきている。
「隣、失礼します」
「お、どうぞ」
隣に座った男子に話しかけられた。
「初めまして、ですよね?」
「ああ、初めまして」
俺は王妃派を過度に刺激しないため、社交界には出ていない。面倒くさいからというのもある。
第二王子がいるという話は有名だが、それが俺だということは知られていないはずだ。
「えっと、ロラン・コルベールと申します。貴方は?」
貴族社会は基本的に下の身分の者から名乗る。ロランは俺の身分を測りかねたのだろう。
「あー、俺は、レオンです」
「レオンですね。これから3年間よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「クラスも同じになると良いですね。レオンはきっと1組でしょう?」
どうやらロランは俺のことを平民だと思ったようだ。学園には高難易度の入学試験を突破するか、お金を大量に積むかした数人の平民が奨学生として通える。そしてクラス分けで奨学生は1組にまとめて入れられる。
家名を名乗らなかったし、態度が貴族らしくないので、奨学生だと勘違いしているのだろう。
「多分ね」
まあ、王族も大抵1組なので肯定しても嘘ではない。
「それにしても、私には良いですが、他の貴族にそのような態度をすると罰せられるかもしれませんよ」
「気をつけるよ。ありがとな」
「本当に分かっていますか?」
「うんうん」
ロランは悪い奴ではなさそうだ。
式典が始まり、在校生代表として、第一王子アンリが挨拶を行った。
さすが俺の兄上。
完璧にこなし、女子生徒からの熱い視線を掻っ攫った。
入学式が終わり、自分の教室に向かおうと立ち上がると、教師に呼び止められた。教師の後ろから兄上が悠々と歩いてくる。
「レオン。私の挨拶は聞いていたか?」
「もちろんです。超格好良かったです。最高です。イケメンです」
「ははは、よく分からないが、褒めてくれているか。相変わらずだな」
「兄上は俺だけじゃなくて世界のヒーローですから」
聞き耳を立てていた周囲が一瞬ざわめいた。
「レオンならば上手くやれるだろう。何かあったら私に言うといい。……入学おめでとう」
隠し攻略対象様が笑顔でそんなこと言うなんて、俺でも惚れちまうだろ!
後ろで女子の黄色い悲鳴が上がった。
顔が良い兄上の片頬を上げた微笑みの威力は半端ないのだ。人を気絶させるくらいなんてことないくらいの威力である。
「ありがとうございます、兄上」
去り際に手を挙げて応える仕草までイケメンだ。さすが俺の兄上。さすが人気投票No. 1。
「ああああの、レオン、様?」
「どした、ロラン」
声をかけられ振り向くと、顔を真っ青にしたロランがいた。
「もしかして、第二王子殿下、でしょうか……?」
「うん、一応」
「ひょぇ。先ほどの無礼、お許しください」
なんだか不思議な音がロランの口から飛び出た気がした。
「無礼? 別に俺は友だち欲しかったし、嬉しかったんだけど。さっきみたいに接してくれて全然構わないし、そうしてくれた方がいい」
そう、社交界に出ていないので、俺には貴族の友だちがいないのである! ぼっち確定のところの救世主がロラン君である!
…………これから友だち100人作るし。
「ででですが」
「俺がいいって言ってんの。今更距離とられたほうが悲しいわ」
「……本当によろしいので?」
「あったり前よ。さ、教室行こうぜ。1組だろ?」
まだ青い顔のロランの肩を強引に組んで連行した。
◇
教室に担任の教師が入ってくると、そのままホームルームが始まり自己紹介タイムとなった。
「レオンです。3年間よろしくお願いします」
上出来。自己紹介なんてこんなもんだろ。できるだけ目立たなくて無難な方がいい。
俺の前世の記憶から学んでいた。
この自己紹介ならきっと記憶に残らない。素晴らしい。
クラスメイトも何とも言えない顔で拍手している。きっと、こいつはモブだな、くらいに思っているのだろう。
「デルフィーヌ・レンヌと申します。気軽にフィーヌと呼んでください。身分なんてこだわらず、ぜひいっぱい話しかけてくださると嬉しいわ。趣味はお菓子作りです。今日もクッキーを作ってきたので後でお配りしますね」
デルフィーヌ。まじか。ゲームと全然違うな。確かゲームだと「皆様ご存知だと思いますが、アンリ第一王子殿下の婚約者のデルフィーヌ・レンヌと申します」みたいなことを言っていたと思うんだが。
普通の貴族令嬢、ましてや公爵令嬢がキッチンに立ち入ることなどあり得ない。お菓子作りが趣味だなんて、寿司屋に行って板前どかして寿司を握ることが趣味ですと言っているようなものだ。客だろお前。
「ルネ・ナミュールと言います。どうぞよろしくお願いします」
聖女ルネ。やはり同じ1組だった。
ピンクゴールドの髪に新緑を思わせる緑の瞳。さすがのヒロイン。安定の可愛さである。
兄上は聖女任命式の時に会ったことがあると言っていた。
「……―――お願いします」
おっと、我が親友ロラン君の自己紹介を聞きそびれてしまった。仕方がない。聖女の後という順番が悪い。




