operation.66_ジパング社の主戦力について
この先下記作品の既読前提で進めていきます。
City State 隔たれた世界
時間軸的にもCity State 隔たれた世界の終章→Sisters of LAWS 2人の軌跡の序章となっています。
「温泉とは良いものですね」
ホテルの部屋にも備え付けのユニットバスがあるものの、大浴場を紹介されてからコバルトはそちらを利用するようになっていた。
他人に肌を晒す事に抵抗が無いわけではなかったが、培養槽で隣に並んでいた姉妹は皆裸体であったためそれと大差ない印象だった。
何より広いのが良い。頭だけ出し手足を投げ出して湯船に身体を沈めているだけのはずなのだが、これだけ心地良いとは思わなかった。
「ウチにも欲しいですね⋯⋯またはすでにどこかにあるんでしょうか。設備を大規模にしているだけですからね」
おおよそ得たかった情報は得られたため、アウトベースに戻るまでの残り時間はワーキングホリデーの気分で過ごすこととした。
誰かを匿っているにしては姉妹のガードは緩く、宿泊しているホテルの部屋にも遊びに行かせてもらった。何も見つからなかったが、それは何もないという情報に他ならない。
できればミランダ・キースの遺体なり遺骨なりの一部を持ち帰られれば文句は無いのだが、無理をして身元がバレては元も子もない。そこは正式に接触した際に交渉する方が確実だ。
問題になりそうな点は姉妹の扱いについてだが、ホムンクルスで出奔者の例が無いわけではない。
どちらかと言うと、件の無人兵器の方が母親の逆鱗に触れかねない。
「なんにせよ、帰ってからですね」
そこは本社に判断を仰げばよい。
一仕事終え、幸先が良いと思っていた。
「⋯⋯何やねん!」
「待て待て!」
何やら1室から男女の声が聞こえてきた。
「⋯⋯喧嘩でしょうか?」
防音がしっかりしている部屋なのでかなりの大声で言い合っているのか、ドアの前での痴話喧嘩なのか。
巻き込まれるのも面白くない。別フロアから迂回して部屋に戻ろうかと足を止めたのと合わせるかのように1室のドアが勢いよく開いた。
「嫌そうな顔したやん!ええよ!そんなら他所行くし!!」
黒髪の女性が⋯⋯黒のベビードール姿で飛び出してきた。癇癪を起こしているというか、酒臭い。
「そんな格好で外に出るな!せめて服を着ろ!」
部屋の中から男性の声が聞こえた。こちらの方は言動が理性的に思える。警戒するべきは女性の方だろう。
よく見るとけっこう顔が赤い。酒の臭いからして酔っているのは明らかだ。
外見としては黒い髪もサラサラとしており、顔も整った綺麗な女性だった。肉付きもしっかりしているが引き締まった体型をしているので体力を使う仕事を、もしかしたらジパング・インダストリーの傭兵かもしれない。
そんな黒い女性と目が合ってしまった。
胡乱な瞳がコバルトを見据えた。
たとえベテランの傭兵だとしても酩酊しているのであればコバルトでも制圧できる。
護身術をやっていたで言い訳になるだろうか。
青い少女はすっと姿勢を低くした。
「お嬢ちゃん慰めっ⋯⋯」
「未成年に手を出すな!!」
部屋から出てきた銀髪の男性が女性を捕まえる。
おかげで身バレの心配をする必要がなくなった。
この女性につけられたのか、銀髪の男性の首に赤いキスマークがある。
「何やねん!嫌なんやろ!」
「⋯⋯嫌とは言っていない」
とは言っているものの、流石に悪酔いをしている酒臭い彼女を見て表情に出てしまったのだろう。彼は努めて平静を装っているように見える。
「じゃあチューせえ」
完全に絡み酒だ。
「部屋にもど⋯⋯」
「ここでや」
コバルトは男が哀れになってきた。
男がコバルトを一瞥する。言いたいことは分かったのでコバルトは顔を逸らした。
「んー」
わざわざ声を出す必要があるのだろうか。
数秒、女のそんな態とらしい声が聞こえてきた。
「赦す!」
「⋯⋯そうか。続きは部屋でいいか」
「ええで!」
女の了承を得ると、彼は黒髪の女性を片腕で抱きかかえて部屋に戻っていった。
コバルトは嵐が過ぎ去ったような気分で彼と彼女を見送った。
「⋯⋯あんな身勝手でも愛されてもらえるなんて、世の中不公平ですね」
誰の事とは言わないが、コバルトはその場で独り言ちた。
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そんな事があってから数日。
コバルトが休みの日に件の男とホテルのロビーで顔を合わせることとなった。カズサが銀髪の男をコバルトのところまで案内してきたのだった。
「あってるかい?」
「ああ。彼女だ」
「⋯⋯なんでしょうか?」
あんな痴話喧嘩を目にしたからといって口止め料をせしめるつもりは毛頭なかったが、彼は菓子折り持ってコバルトの元にやってきたのだった。
「ジパング・インダストリーの教導部隊隊長を務めている。ウェイン・リヒトだ。この前は見苦しいところを見せてしまった」
「あ、丁寧にどうも⋯⋯コバルトです。貴方に非はないと思ってますので」
「⋯⋯なんかあったのかい?」
2人のやりとりにカズサはあ首を傾げる。この事を掘り下げるのは流石に酷な気がする。
「⋯⋯この人の連れが酷く酔っていまして、いろいろと⋯⋯」
「あー、そういう事かい。礼ひとつでいいだろうに。大袈裟だね」
「⋯⋯まぁ、助かった」
コバルトも流石に痴情の縺れのような現場を目撃したとは言えず、誤魔化すことにした。
ウェインも適当に口裏を合わせてきた。当然、彼としても口外したい事ではないに違いない。
「それなら、お礼がてらもう一つコバルトちゃんにしてやってほしいことがあるんだが」
「⋯⋯できる範疇であれば」
彼には女難の相でもついているのだろうか。
占いなど興味がないコバルトだが、どうにも女性に絡まれているウェインを見るとそんな事を考えてしまった。
「この娘にジパング社を見学させてやってくれないかい?若い娘にはいろいろ見せておいてやりたくてね」
「え?」
「⋯⋯その程度であれば問題はないな。メディアやインターン説明など社外向けの見学プランになるが」
「十分だね。お願いできるかい?」
「わかった。もし空いているのであれば、今からでも可能だ」
「ええ!?」
コバルト本人の意思を放置して話が進んでしまい、コバルトはジパング・インダストリーの施設に連れて行かれる事になった。
社会見学に。
完全に子ども扱いだ。
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「ここは都市外施設直営の防衛部隊が使用している格納庫だ。MⅢレプスが多いのは戦力の均一化を図るためだな。この機体は強化人間でなくても扱いやすい」
「⋯⋯そうなんですね」
コバルトの相槌にウェインは小首を傾げる。
あまり喋り過ぎないようにと考えると、どうしても簡素な相槌になってしまった。だが、下手に喋りすぎてしまうのも問題だ。
ただの少女がそこまでハイテク兵器に詳しいはずなどない。そんなのがいたらかなりの変わり種だろう。
同年代の話題となると化粧や色恋の話ばかりのはずだ。
「あまり好みではなかったか?」
「⋯⋯機械どころか、兵器が好きな女の子は少ないと思いますけど?」
普通に考えればそのはずだ。見学なら工場施設や実験室、管制塔など、企業連合の技術をアピールできる部分があったはずだ。
「アルフレッドが同年代のMⅢパイロットがいたと喜んでいたから、君の事かと思ったんだが」
「⋯⋯」
聞き覚えのある名前が出てきてコバルトは眉を顰める。
「青く髪を染めた女の子だとも言っていたな」
「⋯⋯あの人けっこうお喋りなんですね!」
「誰にでも、という訳ではないがな」
と言うことは相手を選んでいるものの喋っている可能性はあるということか。あの姉妹やカズサ達にペラペラ話していないことを祈るばかりだ。
「では、聞きたいことはないか?」
「⋯⋯MⅢレプスばかりだと射撃精度に難がありませんか?」
「基本的には戦車隊との連携を主軸に置いている。MⅢは現状では最速の機動兵器だ。ジパング・インダストリーとしては、隊列を組んでの戦闘は戦車と自走砲、歩兵に任せてしまえばいいという考えによるものだな。そのため白兵戦に特化したMⅢが多い」
奇襲や目標の誘導、遊撃戦や混戦といった機動力や器用さが物を言う戦闘はMⅢに、単純な火力での戦闘は戦車などの車両に任せるということだろう。
「それだとMⅢスキュータムのコンセプトは矛盾していませんか?」
「外向きに出しているコンセプトはそうだな」
「⋯⋯含みがありますね」
「世間の噂通りだ。MⅢスキュータムは本来は量産型の強化人間専用機だ」
市販のMⅢスキュータムとジパング・インダストリー内で使用するMⅢスキュータムでは搭載しているホバーエンジンも違うらしい。
「あんなトップヘビーな上に多腕のMⅢを強化人間インプラント無しで操縦するなど、俺もゴメンだ」
「話していい内容なんですか?」
「噂通りというだけだ。そもそもMⅢの見た目からして隠す気もないだろう」
大々的には口外していないものの、既知の事実ということか。
「ちょうど今、俺の部隊のMⅢが模擬戦をやっている。見ていくか?」
「そうですね。気になります」
戦闘職であることがバレているなら、コバルトは遠慮しない事にした。何かしらアルビオン・バイオニクスでも参考になる部分があるかもしれない。
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「あ、ウェインおった」
「⋯⋯お前の仕事はどうした」
屋内演習場の管制室に案内されると、そこには件の黒髪の女性がいた。コバルトは思わず身構えてしまうが、当然ながら彼女が昼間から酔っているはずもなかった。
「⋯⋯そっちこそ、可愛らしい娘連れて何しとるん?」
「迷惑料の代わりに施設の案内をしている」
「え、あんた何かしたん?」
黒髪の女性の反応に、ウェインは長いため息をついた。どうにも彼女はあの夜の痴態を覚えていないらしい。
「それよりな、この前ウェインの部屋で寝てた日のこ分かる?セイカちゃんらと飲んどった時までは記憶あるんやけど」
「⋯⋯泥酔したお前がこの娘を襲いかけて、俺が止めることになったな」
「⋯⋯え?」
ウェインの言葉に彼女は首を傾げた。
確認するかのように、コバルトの方に目を向けてきた。
なんとなく身の危険を感じ、コバルトはウェインの後に隠れる。
「⋯⋯ごめん」
「⋯⋯女遊びは構わないが未成年相手は止めてくれ」
「⋯⋯ホンマごめん」
女性ながら女遊びということは、そっち方面もいける両刀という事か。身の危険を感じたのは勘違いではなかったらしい。
「⋯⋯こんな奴だが、ジパング・インダストリーの実動部隊の隊長を務めている。第9執行部隊隊長のエマ・タマモノマエだ。弊社の個人戦力としては最上位と言っても過言ではない」
実力と人格は必ずしも合致するものでは無いにしても、あの晩の事を考えるとどうリアクションしたものか。
「これがですか⋯⋯」
「⋯⋯なんやねん。ウェインかって若い頃は娼館遊びが日課やったやんか」
エマの言葉にコバルトは思わずウェインからも離れる。
「⋯⋯子供の前でそんな事を話すな」
「死なば諸共やでー」
エマはケラケラと笑っているが、そんな風に軽く流していい話なのだろうか。
「⋯⋯嫌ではないんですか?」
「何が?」
「その⋯⋯、好きな人がそういう場所に行く事です」
エマは恋人が娼館に行くことに嫌悪感は無いのだろうか。小首を傾げている。
「まぁこんな関係になる前の話やし。そもそもウチはもと娼婦で、ウチはウェインに買われてんで」
「えっ⋯⋯」
年頃の少女にとってはかなりショッキングな話を軽率な態度で話すエマにコバルトは目を白黒させた。
「今でも一応ウチはウェインのもんやで?ご主人様って呼んだ方がええ?」
「いらん。それに、お前はもう自立してるし恋人もいるだろう」
「ええ⋯⋯」
もはやウェインとエマの関係がよく分からない。肉体関係にあることは確かなのだろう。
「ウチにとってはウェインもアキラちゃんも本命やねん」
この女性は自由過ぎないか。彼女の物言いに対してウェインはため息をつくだけだった。
「⋯⋯全く。お前との無駄話で見る間もなく模擬戦が終わってしまった」
気にするのはそこなのか。交際している相手が二股かけている事はどうでもいいのだろうか。
ウェインの言葉に演習場の映像を見てみると、アルフレッドのMⅢオロチ以外は、訓練用の樹脂塗料弾で鮮やかな蛍光色に染まっていた。
MⅢオロチはというと、追加装甲でもあるサブアーム以外に対した被弾後は無さそうだった。
「あんなん見てもしゃーないやん。アルフレッド相手に新米が勝てるわけないんやから」
「面白い面白くないが見学ではない」
「それより、ウチの部隊の整備しとる格納庫なんかどうや?」
「最新鋭機と重要機密の塊だ。見せられる訳がないだろう。あとは事務系の施設を見て回るくらいだ」
このウェインという男はきっちり機密関連は見せないように案内していたらしかった。
「えー。じゃあウチもついて行く」
「お前の仕事をしろ」
「⋯⋯若い娘に手ぇ出したらあかんで」
「冗談も休み休み言え。子供相手に嫉妬をするな」
唇を尖らせるエマを置いて、ウェインとコバルトは屋内演習場を後にした。
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「当たり前かもしれないですが、会議室はギルドのものと大差がないですね」
先程のエマへの宣言通り、最後に回ったのは事務所やサーバー室、そこに付随した食堂や会議室、休憩室など当たり障りのないものだった。
非戦闘職の職員はコバルトを見ると孫や甥っ子にでも接するようにお菓子やジュースを手渡してきた。戦闘訓練をしている者たちと比べるのは酷だろうが、より緩い雰囲気のように感じた。
「事務所や会議室は効率重視にしてもファッションのようにトレンドがあるようだ。だからどこも似たようなレイアウトとデザインになる」
「最先端のものだと立体モニターに円卓状の会議室がトレンドらしいですね」
会議室に入り大型モニターやら、登壇台やら変わり映えのしないものを眺める。物品がジパング・インダストリーの企業連合所属の会社製であること以外、大きな特徴は無かった。
「都市外でそこまでのものを揃えている所は少ないな。規模の大きいアウトベースのギルド施設くらいか」
「そんなもので⋯⋯」
ガチャリと鍵の閉まる音が聞こえた。
見ると、ウェインが会議室を内側から鍵をかけた所だった。
「⋯⋯なぜ鍵を?」
「ここなら人も来ない。会議室は予約制だからな」
どういうつもりだろうか。彼は逃げ道を塞ぐよつにドアに寄りかかっている。悪辣な趣味があるという訳では無さそうだ。
「互いに情報交換といこう」
「⋯⋯言っている意味が分からないです」
コバルトはまさかと思う。
だが、まだ確定していない。
あくまでとぼけた変事を返した。
「君はアルビオン・バイオニクスの人間だな」
問われるでもなく、言い切られてしまった。




