operation.64_セイカとミヤビの日常
この先下記作品の既読前提で進めていきます。
City State 隔たれた世界
時間軸的にもCity State 隔たれた世界の終章→Sisters of LAWS 2人の軌跡の序章となっています。
「すみませんでした⋯⋯」
「いや、こっちも配慮が足りなかったと思うわ。ごめんなさい」
目の前で嘔吐してしまっただけでなく、その片付けまでさせてしまうことになり、コバルトは頭が上がらなかった。
セイカは背骨にその沿うように着けられたインプラントが露出するパイロットスーツから作業着に着替えていた。だが、配線は1本だけ繋いだままであり、その先には車椅子に近い形をした4脚のロボットに繋がっていた。
「そうよね。強化人間のインプラントって普段目にしない人からすると機械義手より衝撃的な見た目よね」
「でも、私のは気にしてなかった」
ミヤビの反論にセイカは自身の襟足を指差す。
「ミヤビはここだけじゃない。私は腰辺りまであるのよ?」
「いや、俺も悪かった。待ってりゃよかったな」
「本当よ」
顔を見て吐かれてしまったセイカは若干ご機嫌斜めのようだ。ハワードが護摩をするような仕草で機嫌をとろうと苦心している。彼の部下の整備士達は触らぬ神に祟りなしとでも言うように、ハワードを生贄にし、セイカのMⅢの点検に集中していた。
「こんど飯でも奢らせてくれよ」
「まぁ、これで安くしろって言うのも変な話だし、それで手を打つわ」
「じゃあ、予約するから今日か明日にでも2人で夕食にでも⋯⋯」
なんだか下心が混じっていそうな提案にミヤビがジロリとハワードを睨みつけるも、セイカに平手で征されてしまう。
「いいわよ」
「お?まじで?やった」
「お店はここで」
セイカもハワードのアプローチは満更でもないのだろうか。コバルトがそんな予想をしつつ眺めていたが、タブレット端末の画面を見せられたハワードが天を仰いだ。
「容赦ないなぁ⋯⋯了解だよ」
「楽しみにしてるわね」
口の端を歪めるハワードを見てセイカが笑いを零す。彼の小遣いを犠牲に、彼女の機嫌は直ったようだった。
コバルトは改めてセイカの容姿を確認する。
顔付きはセラ・キースそのままであり、強化人間のインプラントを取り付けているためなのか真っ白な髪は肩にかからないくらいのショートヘアにしている。アルビノ特有の瞳は血のように赤く、同じく真っ白な肌は化粧であえて色味を乗せているようだ。
身体は、細い。病的にも見えるが、そうでもないのか車椅子型のロボットを使う様子はない。
コバルトが異質に感じるのはやはり強化人間インプラントで、ミヤビと異なり背骨に沿うように並んで着いており主張が強い。
気分も落ち着いてきた。コバルトは気になっていた点を口にする。
「それって、不便じゃないんですか?」
「インプラントのこと?」
「⋯⋯はい。お手入れとか⋯⋯」
コバルトの問いにセイカは顎に手を当てて思考している。口調や性格に差異があっても、仕草はセラ・キースにそっくりである。
「確かに誰かに手伝ってもらうことは多いわね。前なら母さんに⋯⋯、今はミヤビとお互いに洗い合うことが多いかしら」
「お母さんと3人暮らしなんですか?」
母とはミランダ・キースの事だろうか。何となしに投げた問いだが、重要人物に関わる話に繋げられるタイミングを逃す訳にはいかない。
「あ、母さんは⋯⋯もう亡くなってるのよ」
「え⋯⋯?」
思わぬ返答に、コバルトは呆然としてしまう。確認するようにミヤビを見ると視線を逸らされてしまった。
「ご、ごめんなさい⋯⋯」
「いいのよ。もう1年くらい前だし。その時は、ミヤビなんてわんわん泣いてたわね」
話のダシに使われた妹が姉に抗議するように脛を蹴る。
「俺も初耳だな。故郷に墓でも作ってやったか?」
「あまり話すことでもないから⋯⋯。一応火葬はしたのだけど、供養する場所が思い付かないのよね。私達は根無し草みたいなものだし」
「あー⋯⋯それなら火葬で正解だな。それなら、いっそ墓じゃなくて、持ち運べる形式の供養にしたらどうだ?」
「そんなのあるの?」
「この手の仕事でそういった話は珍しくないからな」
話題が逸れて葬送の方法に会話が流れていく。
セイカの言葉が真実であれば、アルビオン・バイオニクスが躍起になって探している技術漏洩の当事者はすでにこの世にいないことになる。
後は漏洩した技術を元に作られた生産設備を抹消してしまえばよい。
この2人については一旦棚上げか。アルビオン・バイオニクスから離れて暮らすホムンクルスがいないわけではない。
今度は葬儀の話題から外れているミヤビに声をかけることにする。
「じゃあ、今は2人で生活されてるんですか?」
「そう。2人で暮らしてる。今はこっちにいるけど、仕事が終わったらアウトベースの家に戻る」
「⋯⋯ジパング社に務めてるのでは?」
「仕事を優先で請ける専属契約。姉さんはギルドの傭兵としても働いていくつもり」
「二足の草鞋だと、大変そうですね」
専属傭兵でも末端の兵士のような職種であればともかく、先ほどセイカと接続されていた大型機動兵器のような企業連合の試作機などを扱うとなると、常駐が求められそうなものだ。
「私達は無人兵器でも十分戦える。衛星通信さえあれば遠隔で複数の機体を動かせる」
高い個人スキルを強化人間インプラントを使い複数の無人兵器に反映して働いているのか。
言葉で言うのは簡単だが、誰にでもできるのであればすでにやっている人間がいそうなものだ。いないということはそういうことなのだろう。
「俺の知ってる強化人間手術のメリットって、マニュアル操縦がスムーズになるくらいだぜ?良くて回避行動や跳躍といった四肢の運動性能の向上。この姉妹やジパング社の強化人間は普通じゃねえよ」
「らしいわね。強みは活かしていかないと」
ハワードとセイカが補足してくれた。やはり規格外らしい。
葬法の話は一段落したようだ。
「この機体はセイカさんのですか?ミヤビさんのは?」
せっかくなので、整備しているフェデラル・エンジニアリングのMⅢやミヤビの機体についても聞いてみる。
「私のMⅢは専用機製作のために試験場」
「このMⅢはフェデラル・エンジニアリングのバードイーターという試作機らしいわ。指揮車両を使って基本的に私が操縦してるわね」
「らしい⋯⋯ですか?」
「襲ってきた賊から奪ったものだから」
「⋯⋯え?奪ったって⋯⋯戦闘中にですか?」
「そうね。方法は、私のスキルとしか言えないけど」
MⅢパイロットからしたら身の毛がよだつようなことを口走るセイカに愕然とするが、流石に詳細は教えてもらえそうになさそうだった。
「そういえば、ミヤビは機体テストはもういいの?」
「うん。今日はツチグモを使って、遠隔操縦のテストだった。私の専用機の素体にする機体は決まったって」
「そう。楽しみね」
アルビオン・バイオニクスが機体設計に対して最適なパイロットを作ったり探したりするのに対し、ジパング・インダストリーではパイロットに対して最適な機体を用意する形で強力な戦力を得ているらしい。
いや、これはアルビオン・バイオニクスの方が特異なのかもしれない。
他に聞きたいことはと考えていると、ガレージの中に甲高い警告音が響いた。
MⅢが入ってくるようだ。
「飛ばされそうなもん置いとくなよ!」
ハワードが慣れた様子で整備士たちに指示を出す。
ガレージの搬入ゲートが開くと、MⅢスキュータムともう一機、スキュータムよりもサブアームが多く外套のようになっているMⅢが入ってきた。
単に装備が異なるだけでなくフレームから異なる見たことのないMⅢだ。
「おおすげえ。アウトベースでの騒ぎの時にチラッと見る機会があったが、やっぱジパング社の傭兵専用機だったのか」
ハワードが感嘆の声を上げている。ホバーエンジンの排気によるダウンウォッシュが髪をなぶる。
「ん?ああ、お姉さんのMⅢ修理し始めたんだな」
MⅢの頭部がこちらに向き、見たことのないMⅢから声変わりもしていなさそうな子供の声が響く。コバルト自身も人のことは言えない。
ほぼセンサーとレーダーの塊でしかないMⅢの頭部がわざわざこちらに向くことに違和感があるが、ジパング・インダストリーのインプラントによる接続の影響だろうか。
「ええ。そっちも上がりかしら?」
「そんなとこ。ほらツバキ。さっさと駐機してくれ」
「は、はい」
MⅢスキュータムのパイロットはおぼつかない動きで駐機するが、見慣れぬMⅢは人のような動きで方向転換し、通常のマニュアル操作より遥かにスムーズに駐機してみせた。
「駐機は同じ動きの繰り返しだからあとは慣れだな」
「はい。ありがとうございます」
少年と少女が2機のMⅢからガレージのキャットウォークに足を下ろした。背丈はともかく、少年の方が少女よりも幼く見えるものの、搭乗している機体と操縦技術を見る限りパイロットとしては彼の方が上のようだ。
少年は階段を一つ飛ばしで降りてきた。
「俺等は着替えたら宿に戻るけど、そっちはまだ忙しい感じか?」
「お、お疲れ様です」
黒髪のおどおどとした少女がツバキというらしい。
「む⋯⋯」
「そうね。私はまだ少しかかるわね」
何やらミヤビがムッとしているように見える。あまり仲は良くないのだろうか。
「ミヤビはアルフレッドと先に帰ってもいいわよ?」
「でも姉さんは?」
「護衛ならアントでもできるし、ここにはハワード達もいるから大丈夫よ」
「じゃあ、先に部屋に帰ってる。私も着替える」
「了解。飯食って帰ろうぜ」
「うう⋯⋯」
ミヤビは少年と帰るらしい。仲が悪いわけではないのか。また、ミヤビが着いてくると聞いてツバキが悲壮な顔をしたことをコバルトは見逃さなかった。
セイカは手を振って3人を見送った。その様子をハワードも眺めていた。
「あれ?もしかしてそういう事か?」
「競争相手がいるって分かってから、より分かりやすくなってきたわ」
2人の会話にコバルトは目を丸くする。ミヤビはてっきり男嫌いかと思ったがそういう訳でもないらしかった。
「黒髪の娘、勝ち目あるか?」
「上下関係のままじゃ難しいかもしれないわね。妹贔屓な見方かもだけど」
セイカはとても楽しそうだ。
人の色恋沙汰が好みなのはセラと変わらない様子だ。
「上下関係、ですか」
「そうだな。少なくとも顔色を伺う状態じゃ難しいな。坊主は奔放な感じに見えたし。ひたすら尽くせるようなメンタル持ってるんならともかく」
「ああ見えて、アルはけっこう気遣いできるのよ」
あまりデリカシーなどある風に見えなかったが、セイカからのアルフレッドの評価は高いらしい。
「ひたすら尽くす⋯⋯」
「おや、コバルトちゃんも想い人がいるのか?」
「進んでるわね。どんな人なのかしら?」
「の、ノーコメントでお願いします!」
俎上に載せられかけたコバルトは慌てて口を噤んだ。




