operation.49
「おっす。来たでー」
輸送ヘリのブレードスラップ音の中で声を届かせるため、黒い女性は片手を口に当てて喋る。
愛機の黒いMⅢキツネビを尻目に、風圧に負けることのない安定した足取りで輸送部隊本部のテントに歩いてきた。
「ホントに若いんですね。執行部隊の女隊長。それに、化粧っ気ないのにあの顔ですか。もと高級娼婦ってけっこうマジな話なんですかね」
「それだけ才能も実力もあるって事だ。死にたくなかったら変な気起こすなよ」
コソコソと軽口を叩く若い隊員にベテランの隊員が釘を差す。
横目に聞いていたウェインはため息をこぼすも、何も言わなかった。侮られることは戦闘職に就く女性の武器だ。エマもその程度の噂話は流している。
ウェインはそんな彼女に手を振り返した。
「ご足労痛み入る。執行部隊九番隊、タマモノマエ隊長殿」
声は届いたようで、エマがムッとしたのが見えた。
部下が見てる手前、名前で呼ぶわけにもいかないだろうと、内心で思うも、権力と武力を手にした暴君は聞く耳を持ってくれない。
歩を速めてズカズカと音がなりそうな歩き方でウェインに向かってくる。
「お前達はもう1機の降下作業を手伝ってこい」
「り、了解です」
「大変ですね。隊長殿」
エマの剣幕に気圧されていた若い隊員を、事情を知っているベテラン隊員に連れて行かせる。
ただ、適当を言ったわけではなく、MⅢキツネビの隣ではフェデラル社製の白い重装甲のMⅢバードイーターから固定具を外すのに隊員が四苦八苦していた。
固定場所も違えばボルトの数も違う。
他社製の機体や車両をとり扱う点では、専属傭兵は通常のギルド所属の傭兵に勝てないだろう。
セイカに手伝ってもらえば早く済むのだろうが、昼は交代なく運転する事になる彼女に夜更かしをさせる訳にもいかない。
隊員が離れるのと入れ替わりで、エマが目の前にやって来た。適度な距離で止まる……ことはなく、身体が密着する距離で立ち止まりウェインを見上げてきた。
「労うんやったら、名前で呼んでほしいわぁ。ウチ」
「TPOを弁えろ部隊長だろう。それにアキラも聞いているんだろ?」
なんとか逃げる方法を探して、エマのガールフレンドの名前を出すと、不意にインカムに通信が繋がった。
「事情を知ってる私を逃げる言い訳に使うな」
それだけ言って通信を切られた。
機嫌を取れとのことだ。
勝ち誇った顔でエマはウェインを見上げている。負けを見越して隊員達を出払わせているので、観念して要望に答える。
「来てくれて助かる。エマ。よろしく頼むぞ」
髪を撫で、片手を背に回して軽く抱きしめてやる。対してエマは背に両手を回してガッツリハグをしてきた。
「ふふん、及第点やな。続きは落ち着ける所ついたらで勘弁しといたるわ」
「……分かった埋め合わせはしよう」
タイミング悪く、今日はする日だったようだ。
ウェインの返答に満足したのか、ようやくエマが離れて仕事の顔になってくれた。
「しかし、執行部隊を出してくるとは、本社は都市を1つ潰すつもりなのか。お前の機体は護衛向きではないだろう」
「それが目標ではないけど、許可は出とるわ。ウチら会社のMⅢって、そもそも防衛戦向きやないからね。研究所まで標的にされたらの話やけど」
選択肢には既に入っているということらしい。渋い顔をするウェインに、エマは首を傾げる。
「理由聞くん?」
「……襲撃のタイミングが良すぎる。それに護衛対象の情報を持っていた」
「せやな。あとはモノまで出てきてしもたら、極刑やって。調査部隊も、もう都市に入っとるよ。動きがあったら、アキラからウチらに連絡が来る。美人姉妹とアルは借りる事になると思うで」
「そうか」
本社の判断であれば、何を言ったところで覆らないだろう。
民間人の方が多い都市国家を攻撃することに思う事がないと言えば嘘になるが、危険な技術が拡散することも恐ろしい。
「プロトタイプの拡散よりマシ……か?」
「誰しもウチや美人姉妹みたく適正ある訳やないし」
話しつつ、エマは自身の襟足にあるインプラントを指でつつく。
「まぁ、廃人だらけになるのは嫌やし。商品の評判も落ちかねへんからなぁ」
ジパング社は作った当人だからこそ、技術の危険性も理解している。
市販で出回っている強化人間用のインプラントは規定値のリミッターで大幅に機能が制限されたものだ。
「……ひとまず、研究所に向かう方針は変わりない認識でいいか」
「せやね。先行したウチの部下が、研究所の守備隊からも人出して迎えに来る手はずになっとる。しつこく襲撃してくるなら、こっちも頭数揃えるだけや」
「了解した。細目は明日に移動しつつ話そう」
「ええよ。で、ウチはどこで寝たらええの?ウェインの腕の中やったら嬉しいんやけど?」
軽く打合せを終えたと思ったら、誤解を招きそうな軽口を叩いてくるエマにウェインはため息をついた。
男女として関係がない訳ではないが、節操もあるしONとOFFはきっちり分けているつもりだ。
「……用意してある。アーノルド少尉、あとは頼む」
「え?あ、ああ」
最初から最後まで2人の隊長のやりとりを見ていたクレアは戸惑った様子で返事を返した。
「あ、クレアちゃんやん。今晩お相手してくれるん?」
「あ、ああ。まあ、私は夜警があるからご希望に添えるか分からないが」
「そうなんや。じゃあウチが寝付くまでやね」
クレアを見つけて上機嫌になるエマを見ると、前半のやり取りは必要だったのかと思ってしまう。
実はさっさと案内の女性兵士を宛行うことを試したことはある。駄目だったが。
「しかし良かったのか?もし、リヒト隊長とすることがあるなら席を外すが」
「それは時間ある時にたくさん可愛がってもらえるらしいからええんよぉ」
エマに引っ付かれ尻や太股を撫でられつつも、クレアはいつもの調子を維持して会話している。
その姿に関心しつつ、ウェインは仕事に戻った。
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「お、久しぶりやねぇ。やっぱ別嬪やね」
「……誰?」
翌朝。クレアにベタベタのくっつきながら手を振ってくる黒髪の女性を見てミヤビは眉間にしわを寄せた。
明らかに不快感を見せるミヤビに、これは忘れてる訳ではないなとアルフレッドは横目で見ながら他人のふりをした。巻き込まれてもいいことは何1つ無さそうだ。
「あー名乗ってへんかったっけ。エマやで。エマちゃんて呼んで」
「……クレアは平気なの?」
「ん?まあ女同士だからな。衛生的に気になる部分でなければ」
クレアの左隣からベッタリと寄りかかっている姿は邪魔そうにしか見えないが、当人は顔色ひとつ変えずコーヒーをすすっていた。
心が広い。
見方を変えるとエマはクレアに何ひとつ相手にされていないとも言えるのだが、それをいいことに太股を撫で回している。
「クレアちゃんはアキラに似とるから、可愛がってほしいわぁ」
「ああ、彼女だったか?だが、私はそっちの趣味はないからな相手はできないな。君の彼女にも申し訳がたたないし。これで我慢してくれ」
「いけずやわぁ」
クレアは我慢していると言うより、本当になんとも思ってないんだろう。しかも、犬や猫にするように頭を撫でてやっている始末だ。
妙な光景を見せられつつ、ミヤビはアルフレッドの隣に腰を下ろした。
セイカは苦笑いしつつクレアの右隣側に腰を下ろして、フードバーのレーションの封を開けている。
「……姉さんは知ってたの?」
「彼女が来るかもしれないくらいには……」
集団行動中で発散できない姉妹にとっては少々目に毒な光景だった。性癖に対して、ここまで開き直れるほどの度胸はセイカにもミヤビにもない。
今のところはカズサを除けば姉妹の秘め事の状態だ。
そんな光景を前に1人だけ目を輝かせている人物がいた。
「し、執行部隊9番隊の隊長……初めて生で見ました」
「そんなありがたがるもんじゃないぞー」
「アルは分かっとらへんな。ウチは人気者やねん」
ファンが見たら幻滅しそうな光景だが、ツバキからするとそうでもないらしかった。「レズって噂、本当だったんですね」などと言っている。
「こっから先はウチも護衛に付くから、大船に乗ったつもりで任せてな」
「……実際に、俺やウェインよりも強いぞ。こんなんでも」
アルフレッドはなぜかミヤビから疑念の目を向けられたため、説明した。その疑念の目はエマ本人に向けてやってほしい所だ。
「アルなんてまだまだチェリーやからな」
「なんでフルーツなんだよ……で、お前はなんだよ」
説明したというのにミヤビにじっと眺められて、アルフレッドは思わずたじろいた。
今度は何だというのか。
「……アルってなに?」
「は?……俺の名前の愛称ってやつだよ。アルフレッドだから、その頭文字だな」
「ふぅん」
説明してやると、ミヤビは気のない返事をしてレーションを齧った。ゆっくり咀嚼してから、コーヒーと共に飲みほすと口を開いた。
「……じゃあ、アル」
「なに急に」
「私もアルって呼ぶ」
「……好きにしろよ。俺は特にこだわってないし」
「そうする」
何やらコーヒーが甘くなってしまいそうなやり取りをセイカが眺めていると、服の袖を引かれた。
位置的にクレアかと思ったら、エマがクレアの後から手を伸ばして来ていた。エマから耳を貸すようにジェスチャーされ、セイカは警戒しつつも顔を寄せる。
「何?あの子ら付き合うとるん?」
当然の疑問であった。
「本人達は否定してるわね」
「嘘やろ!?あの距離感で!?アルもヤるやんとちょっと感心したのに」
時間の問題だと思っていることは黙っておこう。妙な真似をされても困る。
「でも、ちょっとつっついたらくっつきそうやな。ここはウチが一肌……」
グイッと腕を引かれてエマは目を丸くした。
「時間の問題だと思うから余計な事しないで……!」
「あ、はい」
「ふ、2人は何を話されてるんですか?」
「ちょっと今日の作戦会議よ。私のMⅢも運んできてもらったから」
「あ、あのフェデラル社製の重装甲MⅢですか?」
セイカはツバキからの質問を誤魔化して話を終わらせた。
妙な気迫に思わず敬語で返してしまったエマは、すぐに解放されたことに胸をなで下ろした。
「こわ。藪蛇やったね」
「あはは。まぁ私も本人達次第にすべきだと思うよ」
「つまらんなぁ」
自分の背中でされていた密談を聞いていたクレアは釘を差しておく。クレアもセイカの意見に同意だった。
それにエマは唇を尖らせる。
「どっちかが押し倒せば進展しそうやのに」
「じゃあ、どっちが上になるか賭ければいい」
「……その手があったか」
気を逸らすために何となくあげた提案だったが、思いの外エマが食い付いてきた。
軍の男どもがする賭けの中ではなかなか下品な部類だと思うのだが、エマのお気に召したようだ。
エマはミヤビの方に、クレアはアルフレッドの方に賭けることになった。
よほどハイペースに進展しなければ、お結果が出る前にクレアは研修を終えて母国に帰ることになると思うのだが、それは黙っておいた。




