operation.48
「で、どうするんだ?」
息絶え絶えで逃げてきたツバキを労いつつ、クレアはウェインに目を向けた。何人かの部隊員は暗視装備とライフルを手に動き出している
彼は頭を抑えてため息をついた。
「殺すしかないだろう。並行して他にもバカがいないか確認させている」
「まぁ、アイアスでも内乱罪は……極刑だな」
敵前逃亡ならまだ裁判にかけてもらえる可能性があるが、武装隆起した以上その場で撃ち殺されても文句は言えない。
加えてこの輸送部隊は客人が同行しているだけでなく、重要なヒトとモノを輸送している。
「誰か手引きしたのかしら」
机の下から疑問が飛んできた。セイカは折畳式の机の下に膝を抱えるような姿勢で地べたに座っていた。急遽広げたバリケードや護衛着いている隊員が盾になっていて最も安全な位置だ。
当然ながらウェインの要請で隠れているのだ。
「いや、これは衝動的な行動だろう。武装が護衛用のサブマシンガンのみで貧弱過ぎる」
「そう。じゃあ昼のは?」
「アウトベースの方で情報が漏れたと考えるべきだ。衛星通信も定期報告のタイミングでしか使われていない。外部通信な俺が直接管理している」
味方に犯人がいるとすればウェインとその周辺になってしまうわけで、それならセイカは今生きていないということだ。
「訓練部隊の確認取れました。ツバキの報告よりさらに5人足りません」
「そうか。見つけ次第、撃て」
「わかり……すみません待って下さい」
こうして見ると通信を行なっている隊員が一番忙しそうだ。
狙われている当事者であるが、今回の対応では手出し不要と言われてしまったため手伝えることもないのだが。
「輸送車両の見張りから報告が。敵と間違えてバカ共を撃ってしまったと……数は5。生死不明」
「よくやったと伝えてくれ。そして、生かしておく必要もないと」
「……了解しました」
手塩に掛けて育てていた訓練兵に手を掛けることに何も感じない訳ではないらしい。
隊員は渋い顔をしつつも指示通りの言葉を伝える。
「残りも発見次第処理し武装を回収。死体の片付けは訓練兵にさせる」
「うええ……」
ウェインの指示出しを横目で聞いていたツバキがガックリと肩を落とした。巻き込まれた上に片付けまでさせられるとなると、哀れで仕方がなかった。
そして、声が聞こえていたのか、ウェインの視線がツバキに向いた。
「ツバキ・ナツ」
「はっ、はいぃ!!文句なんてありません!」
隊長に直接声をかけられ、肩で息をしていたのが嘘のように綺麗に背筋を伸ばした。しかし顔は真っ青である。
「……お前は事が収束次第持ち場に戻っていい。まぁ、研究所に着くのを楽しみにしておけ」
「りっ了解で、あります……」
ガチガチな残念な動きのツバキの返事を聞き終えると、ウェインはそれ以上何も言わず通信兵とのやり取りに戻った。
隊長の視線から外れると、岩のように固まっていたツバキの身体から萎びた野菜のように力が抜けていった。
呆然としており、何を言われたのか理解できていないようだ。
見兼ねた教導部隊の隊員の1人がツバキの後頭部をはたいた。
「んへっ!?」
「出世だとよ。良かったな」
「へ?え、えええぇ?」
ウェインから言われた内容を正しく理解し、ツバキの青かった顔がみるみる血色が良くなり、頬が緩んでいった。
そのツバキの百面相に、ついにクレアは耐えきれなくなったようで顔を逸らして笑いを堪えている。
「調子に乗りすぎるな。顔に出てんぞ」
「がっ……がんばります」
あまりにも分かりやすく喜んでいる訓練生に隊員も苦笑いした。
そして、さほど時間もかからず訓練兵による反乱行為は鎮圧された。
ツチグモの装甲扉の前で右往左往している所を暗がりから撃たれて終わるという呆気のない最期だった。
ツチグモの周りで、セイカのアントが土を掘り返して血痕を消していた。機体についたものは後回しの様子で、硬い土を脚部で叩いている。
その横で訓練兵達が渋い顔をしながら死体を片付けていた。彼等からしたら巻き込まれた感覚だろうが、結局のところ誰かしらがしないといけない作業だ。これがただの野盗からの襲撃でも訓練兵の仕事になっただろう。
そんな作業風景を横目に、通路から離れているためまだ片付けられていない死体の前でアルフレッドは立っていた。
ケインの死体だ。アルフレッドが牽制で撃った弾に当たって真っ先に絶命した。弾は胸と腹部を撃ち抜いていて、もがいた跡が残っていた。
隊員が訓練兵から事情を聴いたところ、彼が首謀者らしかった。
ため息を付き、死体に手を伸ばす。首にかけられたチェーン先に着いた金属のプレート……ドックタグを引き千切って回収する。これで5名分だ。
ケイン、チェン、ラッセル、ミナト、グエン、全員この辺りの地域ではよくある名前だ。2人は南方大陸の移民系、残りの3人は中央大陸のこの周辺地域に多い。
「バカだな」
ケインは最後までアルフレッドを引き入れようとしていた。首を縦に振るはずなど無いというのに。
死体の前に佇んでいると、訓練兵が死体袋を持ってやって来た。
アルフレッドを見て嫌そうな顔をするのは年季の入った訓練兵。羨望の目を向けてくるのは比較的新しく入って来た訓練兵だ。
「悪い。邪魔した」
「……ドックタグは回収しないと聞いてるんですが」
渋い顔で訓練兵の1人がアルフレッドの行為を咎めるが、知ったことではなかった。
「だから、ネコババしても良いってことだろ」
そう言って、ポケットにねじ込んでしまう。別に告げ口されようが、対した問題にはならない。武器でも何でもないゴミを拾っただけだ。
訓練兵もそれ以上何も言わず、死体を袋に詰めて運んでいった。死因を誤魔化すため、ここに埋めてしまうのだろう。台車の上にスコップも乗っていた。
反乱して死んだとなると家族に保険も降りない。部隊としても管理不行き届きと言われても面白くない。
都市軍に責任転嫁するのか、もしかしたら事故とするのかもしれない。
寝る前に一仕事をすることになった訓練兵達を見送り、アルフレッドは焚火の前に腰を降ろした。
姉妹とツバキはもう車両の中で床に着いているはずだ。そう言えば、ツバキが目に見えて浮かれていた気がする。今日はトラブル続きだったため、夜が一際静かに感じた。
人の歩く足音や、火花が弾ける音がやたら大きく聞こえる。
「おつかれ」
「あ、どうも」
誰か近づいてくると思ったらクレアだった。両手に持っていたカップを1つ渡された。コーヒーだった。
「砂糖は必要か?」
「あー、ミルクもあれば欲しい」
「ポーションミルクならあるぞ」
彼女がポケットから取り出した砂糖を3つ、ポーションミルクを2つコーヒーに入れて、使い捨てのマドラーで混ぜる。あまり苦いものは得意ではない。
クレアを見ると、何も入れずコーヒーを口に運んでいた。彼女用のついでではないらしい。
好みなど話したことがあっただろうか。
「……もしかしてウェインにでも聞いた」
「む、バレたか」
言い当てられて、クレアは苦笑した。
「黄昏れているようだから、差し入れようと貰いに行ったら渡された。君は好かれているな」
「たそがれ……?」
「死んだ仲間を思い出す時は皆、今の君のような顔をする」
「あー。まぁ……考えてたけどさ」
顔に出やすいタイプの自覚はあるので、なんとも反論できない。誤魔化すように甘くなったコーヒーをすする。
「まあ、別に。初めての事じゃないし」
「初めてじゃなくても、辛くないわけじゃないさ」
分かった風に言うが、分かっているのだろう。彼女は軍人であるため、戦闘職としては何年も先輩だ。
「バカな事やって。バカみたいな死に方したから。なんか現実味ないんすよね」
「そうか」
死んだから泣くほど仲が良かった訳ではない。かと言って、死んでしまえと思うほど嫌っていたわけでもない。
「ウザい絡み方してくる奴だったけど、なんだかんだ、コイツラとも一緒に働くのかなって思ってた。こき使ってやろうって」
「それはこき使えなくて残念だ」
言われたら言い返して、やったらやり返されるような騒がしい連中だ。
「そうなんすよね」
彼等は今頃、土の中だろうか。
悲しいほどでもなく、嬉しいわけでもない。ただ、ボンヤリと喪失感だけある。それだけだ。
「話すと、ちょっとだけ楽っすね。気持ちが整理できるっていうか」
「ああ。話すだけでも気持ちと考えを整理しやすい。こういう話をできる相手を作っておくといいと思うぞ」
昨日は姉妹たち相手に戯けていたが、こういう年長者の対応ができるところを見ると大人だなと思う。
女を知れだの遊べだの言うどこかの誰かや年上でマウントをとってくる誰かとは大違いだ。
「……ウェインくらいかな。他の隊員連中だと、酒だとか女と遊んでこいだとかばっかりだし……」
「あはは……まあ逃避や発散の手段としてはよくある方法だから」
「ええ……」
少年はあからさまに嫌そうな顔をするので、大人は苦情してしまった。
「こんな仕事だと、話が合う奴だったり、話を聞いてくれる目上の人が必ずいるとも限らないからな。いたとしても、死んでしまうなんてこともある」
「むぐ……」
「まぁ、複数の選択肢を持っておいて損はないというだけだ。私だと、ツーマンセルを組むことが多い同僚かはたまた友人か。あとは酒だろうか」
「死ななきゃいいのに」
「みんな思ってるさ」
アルフレッドが唇を尖らせる姿は年相応の幼さを感じさせた。
「警戒態勢で私も徹夜だから、話し相手になってくれると、私も助かる」
「まぁ、車両の見張り担当だとかなり暇だから……」
「全隊員へ」
インカムからウェインの声が届いた。個人に対してではなく、部隊全体への通信だ。
「これより上空を執行部隊が通過するため警報が鳴る。また、増援の受け入れ担当は持ち場に付け」
「打ち合わせで話していたやつか」
就寝前にクレアとセイカも集められ、追撃に備えた方策をとることは説明されていた。今晩中に増援にMⅢを2機が輸送ヘリで運ばれてくる。
「じゃ、私は案内のために隊本部に行ってくる」
追加のパイロットは今晩、アルフレッドの班のテントで休息をとるとのことだった。
「来るのエマだろ……少尉は大丈夫なのあれ?」
「タマモノマエ隊長の趣味か。私は特になんとも」
表情が全く変わらない辺り、本当になんとも思っていなさそうだ。
これはこれで凄いと思う少年である。
「しかし、たったの2機が増援と言えるあたり、やはり企業直属部隊とは単機の機体性能が規格外なんだな」
「エマの機体は特殊だから……。じゃ、いってらっしゃい」
「ああ。すぐ戻って来るさ」
可能な限り遅くなっても構わないと内心で思いつつ、アルフレッドはクレアを見送った。




