operation.47
「セイカ、アーノルド少尉」
夕食も食べ終え、就寝時間までの自由時間にウェインがやって来た。この行軍中は忙しいと聞いていたので、セイカは首を傾げる。
「明日は車列の配置を変更する。ブリーフィングに参加してもらいたい」
「私は構わないが……」
クレアはセイカとアルフレッドを交互に見る。たしかに勝手がわかっているのはアルフレッドの方だろうとセイカも感じた部分だ。
だがアルフレッドが頭を振った。
「オレは護衛だからな。お姉さんの方は部隊長と少尉が一緒なら問題ないだろうし、聞いてきて欲しい」
「じゃあ、私が行ってくるわ」
セイカが立ち上がると、繋がっているコグモだけでなくアントも1機、体を起こして着いていった。過剰防衛のような気がしないでもないが、昼に襲撃があったためウェインも何か言う様子はなかった。
「あれ、どんな風に見えてるんだろうな」
「……マルチモニターで作業してる感じ?」
3人と2機を見送りながら何となしに少年が呟くと、ミヤビから返事が返ってきた。言われると想像できなくもないが、実感はわかなかった。
「インプラント接続の機体カメラ共有でも、慣れるまで酔いが酷かったんだけど、あれどうなの?」
「……私も。MⅢも無人兵器も接続は慣れるまで何回も吐いた。接続だけの訓練もあった」
「そ、そんなキツイんですか……?」
「「キツイ」」
遠い顔をして経験を語る2人にツバキは顔を青くする。彼女にとっても他人事ではない。
わざわざ訓練兵を強化人間を作っている企業の研究所に連れて行くということは、適正者探しと施術が目的なのだ。
だが、それはそれとして共通の話題と認識でアルフレッドと話せるミヤビを羨ましく感じてしまっている。
そんなことを少年は知る由もなく、マジメな話に切り替える。
「今晩は夜警でオロチを使うから格納機体の交換は明日朝やろう。待ってるのもあれだし、2人はもう寝る準備でもしてくれ」
「じゃあ、私……最後の車両チェックしちゃいます」
「……なら、私が先にシャワー済ます」
「おーう」
2人の答えに少年は気のない返事を返すが、ミヤビが立ち上がると肩に担いでいたライフルを前に持ち直すあたりキッチリ周囲を見ているのだ。
「何かあったら呼んで」
「何かあったと思ったら、籠城してくれ」
軽口を交わすとミヤビはそそくさとツチグモの牽引車の中に入っていった。分厚い装甲の扉を閉じると電子錠が自動で鍵をかけた。
護衛対象が安全圏に入ってくれたため、アルフレッドは姿勢を崩して一息ついた。
「た、大変ですね……護衛」
「まあ正直、護衛より襲撃の方が気楽かもな。ツバキも、さっさと仕事終わらせて休め」
「う……はい」
アルフレッドに促されて燃料車の方に向かっていった。光源から離れると視認しづらいが、点検用に懐中電灯を点けているので遠目からでもサボっていないことは分かった。
彼女は卑屈だが、真面目さと忠実なところは買われている。個人での戦闘力も重要だが、MⅢの操縦となると必ずしも必要なものではない。もし、強化人間の才能がなくても衛兵か支援兵にはなれるだろう。
「役割をこなすのが仕事だからなぁ……ウェインからの受売りだけど」
MⅢのパイロットに憧れて入ってくる者も多数いるが、人殺しの仕事で命懸けなのだ。アルフレッドからすると志望する奴の気がしれない。
学も金も無かった少年には選択肢が無かっただけだ。
後輩もパイロットに憧れてるタイプなのは知っているが、他の安全な兵科や職種に就けばよいのにと思うが、モチベーションを下げてしまうだけなので口には出さない。
専属だろうとギルド傘下だろうと傭兵になったとしても好き勝手生きれるわけでもない。同業や取引先とのやりとりなど、もっと堅苦しいものだ。
同業との人間関係の立ち回りを誤れば、セイカやミヤビを襲った輩のように簡単に死ぬことになる。
ちなみにアルフレッドにとって、セイカは怒らせてはいけない人物ワースト10位内にランクインしている。
「分かってないバカが多いんだよなぁ……。お前らみたいな」
隠れていることには気付いていたので、聞こえるように大きな声で口に出してやる。
しかし、気付かれていないつもりなのか出てこない。
「さっさと持ち場に戻れ。今ならまだ見なかった事にしてやれる」
石を拾って、ツチグモの前輪カバーに当たるように投げ付けた。流石に気付かれてると分かったようでぞろぞろと車両の影から、アルフレッドからするといつものメンツが姿を現した。
「お前こそおかしいと思わねえのかよ。護衛対象が指名手配犯だなんて聞かされてないだろ!」
それは俺の仕事であって、お前達が護衛してるわけでもないだろうに。
見たことのあるサブマシンガンを手にしている。MⅢに備え付けられているサバイバルキットに入っているものだ。弾はハンドガンのもので汎用性は高いが威力は大したことがない。
都市軍パイロットの死体処理中にでもネコババしたのだろうか。
「俺の仕事に関係がないね。隊長や上官の命令に従うのが仕事だよ」
「理不尽だと、お前だって思ってんだろ!?何で都市軍から攻撃されないといけないんだ!!」
臆病風にでも吹かれたのか。武器を持って増長したのか。その両方か。知ったことではないが、こんな声を張り上げてはもう庇ってやれない。
こんな奴等でも同期だったんだが。5人組の名前は……もう忘れよう。
アルフレッドはライフルを構える。パイロットの護身用ではなく、歩兵部隊用の装備のライフルだ。この距離ならボディアーマーも関係ない。
「相手も俺達もそれが命令だった。それだけだろ」
「あの女を引き渡せば都市軍から狙われない!お前だってわかってんだろ!」
専属傭兵は都市軍からしたら軍隊と言えないかもしれないが、命令の重要性は同じだ。
その重要性を教育され理解しているアルフレッドは、彼らの自分本意な言動に対して首を縦に振ることはない。
それなのに説得できると思っているのはさすがに哀れだ。
この問答は無駄だ。
絶対に味方にならないとバカにも分かるように伝えてやる文句はないものか……こいつらも自分も、中途半端に優しいことだ。
ひとつ、年上の隊員から「こういう男になれ」とよく言われる文句を思い出した。
「自分の女渡せって言われて、俺が頷く腰抜けだと思ってんのかよ?」
「っ……そうかよっ」
相手が構え終わる前に引き金を引いた。
そして、直撃を見届けることなく後ろに走る。
「ぎゃっ!!」
「くそっ!ケインが!!」
悲鳴が聞こえた。悲鳴の主は説得しようと無駄な努力をしていた少年のものだ。そうだ。そんな名前だった。
死んだだろうか。死んでいた方が彼にとっても幸せだと思った。
確認する暇などない。オロチまでの距離は遠すぎる。
ただ、隠れる場所にはあてがある。
人の背丈より遥かに大型な規格外の重機や輸送車両には必ず乗り込むための足場がある。
それはツチグモの牽引車両も同様であり、入り口の階段部にアルフレッドは転がり込んだ。
わずかに遅れて銃弾の雨が飛んできたが、あの口径のサブマシンガンで大型輸送車両の装甲は抜けない。
「ふう」
一息ついて戦闘の興奮を落ち着かせる。戦闘において冷静さを保つことが何よりも重要だ。
味方がやられて、相手の頭に血が上っている間に次の行動を取らなければならない。まだ弾は一方向から飛んできているが、この状況で銃は出せない。
どうにか相手の様子を確認するか手榴弾でも投げて移動するか決めるため、手榴弾を取り出しつつ周囲に視線を巡らせる。
燃料車から明かりは消えていた。ツバキはうまく逃げ……車両の下に隠れているようだ。モバイル端末のLEDだろうか。チカチカ点滅させている。
.. / ..-. .-.. . . 光信号だ。「逃げます」とのことだ。律儀な後輩である。
「逃げるんなら今のうちだ!!」
「ふざけんな!ブチ殺してやる!!」
両方に言い放って手榴弾のピンを引き抜き、投げた。
爆発はツバキの逃げる隙と、アルフレッドが次の隠れ場所に移る起点になる。ツバキが逃げるのであれば燃料車を使わせてもらおう。
あれに入っているのはガソリンではなく、ホバーエンジンを動かす航空機系の燃料だ。そうそう引火はしないし装甲も厚い。
アルフレッドは爆発に合わせて走るため体を起こす。
そして、腕を掴まれた。
ギョッとして目を向けると、輸送車両の分厚い装甲扉がわずかに開かれて、白い腕が伸びていた。
誰の腕か、確認するまでもない。
「おまっ……このバカ!!」
籠城しろと言ったと思うのだが。
腕力の差の問題で振りほどけないのは知っている。
悪態をつきつつも彼女の厚意に甘えることにした。
引っ張られる力に抵抗せず、アルフレッドは同じ方向に駆ける。そのまま扉の中に転がり込んだ。
勢いを殺すために文字通り硬い金属の床を転がった。ガタンと、重い金属の扉を閉じ錠が落とされる音が耳に入ってきた。
助けてもらったものの、さすがにこの行動は迂闊すぎる。
「お前さ!扉の前にいるのが俺じゃな……か……」
身を起こし、ひとこと文句を言おうとして……少年は固まってしまった。
目を向けた先に予想外の人物が……と言うわけではなくミヤビがいて、扉を閉めた彼女はこちらに向き直る。
ただ、一糸纏わぬ姿だった点を除けばおかしな点はない。髪はまだ濡れていて、白い肌にも湯が滴っていた。
そんな姿で、ミヤビは恥じらう様子すらなくそこに立っている。
呆気にとられつつも、視線が普段見られない少女の胸と下腹部に向いてしまっていることに気付き、アルフレッドは顔を逸らした。
「服!服を着ろ!」
「……助けたのに」
「助かったけども!服を!着てくれ!」
「それは言われなくても着てくる」
だったら行動に移してほしいのだが、裸足の足は未だにこちらを向いている。
あまりに堂々としているので、隠しでもしたのかと思って視線を上げると、少女の股下と乳房が目に入ってしまった。
両手は堂々と腰に当てられていた。
「……アルフレッド、無事か」
インカムからウェインの声が耳に入ってきた。上司の声が天の助けのように思えた。これを口実に体の向きを変えて応答する。
「こっちは無事。今、輸送車両の中にいる」
「そうか。護衛対象は」
「……無事。一緒にいる」
「了解した。後の処理はこちらでやる。お前はそこにいろ」
「……でも」
「こちらでやる。お前の仕事は護衛だ。そこで待機していろ。終わったら連絡する」
「……了解」
こちらの様子を知る由もない上司は合理的な指示を出す。当然ながら従う他ない。
通信が終わるかと思ったところで、ガチャンと金属が床を踏み鳴らす音が響いた。反射的にそちらに視線が動く。
視界の端に少女の裸体が目に入ったが、考えないようにした。
車内にいたアントが動いたのだった。
誰が動かしているのかは想像に固くない。こんな状況を見られたらどうなるだろうか。走馬灯が見えた気がした。
「ミヤビ、そっちは無事……なんて格好してるのよ!?」
姉の方は常識があったようで、素っ頓狂な音声がアントから響いてきた。
よほど大きな声が出たのか、同じセリフがウェインと通話しているインカムからも聞こえてきた。
「どうした」
「えっ……あ……いや、こっちの話よ。大丈夫」
少し音声が遠くなっているがセイカとウェインが会話する声は耳に入ってきた。さすがに妹が全裸で仁王立ちしていたなどと報告できないだろう。
『……ミヤビはなんでそんな格好なの?』
「シャワー浴びてたけど、緊急だったから」
セイカの通信が機械音声に切り替わった。向こうに会話が漏れないように機械に話させているのか。
「……本当に無事か?」
「本当に無事。大丈夫。これは別の問題」
「……そうか。では切るぞ」
セイカの反応を見て再確認してきたが、アルフレッドも護衛対象が全裸で目の前にいますとは言えずお茶を濁した。
『ミヤビは体を拭いて服を着てきて。アントとアルフレッドがいればここは問題ないわ』
「わかった」
姉の指示には素直に従い歩き出した。ただ、居住スペースに行くのにはアルフレッドとアントの横を通り過ぎていくことになる。視界の隅に裸体が目に入ったため、少年が目を逸らすと、何故か少女は足を止めた。
『……ミヤビ?』
「なんでもない」
姉に促されて歩き出してくれた。通り過ぎてくれ、アルフレッドは安堵のため息をついた。
だが、まだ頭の中にはミヤビの裸体が焼きついている。後ろ姿を見るのも気が引け、何となしに前を見るとアントのカメラがジッとこちらを見ていた。
何を言われるのか。思わず身構える。責任を取れで済むなら万々歳だろう。
『あなたは大丈夫?』
「……あ、あー怪我とかは大丈夫」
普通に心配され、前屈みに膝を抱えつつもそう答える。太股の間が落ち着かないといった別の問題はあるが。
特に妹の裸を見たことは言及してこないのだろうか。
「ミヤビって、羞恥心とかないの?」
思わず自分から聞いてしまった。
『……羞恥心というか、男性から胸とか下半身とか見られるのはすごい嫌ってるわね』
「男嫌いなのは何となく見て分かる」
『まあ、研究所で対応される研究者の性別なんて選べなかったでしょうから……母が気付くまで。あの女も鈍感だったし』
ようはミヤビは羞恥心はないが嫌悪感は人並み以上ということらしい。
着替えた来たらフル装備で銃口を向けられるとかは勘弁して欲しいところだ。
『あなたには怒らないのね』
「え、そうなの?」
『ミヤビの怒った顔知ってるでしょう?』
「あー……、いや、目を逸らすことに必死だった」
さすがに裸体に目を取られて顔を見れてなかったとは言えず、少年はお茶を濁した。
目にしてしまった、淡い色の胸の先端や、ほどよく割れた腹筋、整えられた毛と太股の間が、しっかりと焼きついて頭の中に残っているのに、どんな表情をしていたかだけは思い出せなかった。
『本当に?』
「……本当」
セイカの声でなく機械音声のため、姉の感情はわからない。だが、幸いなことにそれ以上の追求はなかった。
もう1機のアントも動き出し、アルフレッドの前にいた機体も少年から目を離す。
『じゃあ、アルフレッドはミヤビに付いてあげいてね』
あの後で妹と少年を2人きりにするなど、この姉は正気だろうか。
「……アント1機だけでも置いとけない?」
『置いとけないわね。使うもの』
アルフレッドの嘆願虚しく、ツチグモの中に待機していたアントは天井の点検ハッチから少年を置いて出ていってしまった。
待機を命じられている以上アルフレッドはツチグモの牽引車両から出ることもできない。
アントを見送った後、少年は観念して膝を抱えて蹲った。せめてもの抵抗として、居住スペース側に背を向ける。
姉はああ言っていたもの、気不味いことには変わりない。ミヤビが服を着終わって出てくる前に片が付かないものかと願うことしかできなかった。
「……あれ?姉さんは?」
そんな願いも虚しく、居住スペース側の扉が開いてミヤビが出てきてしまった。
「……お姉さんのアントなら、やることあるって言って天井のハッチから出ていったぞ」
「そっか」
恐る恐る、壊れた機械がギシギシ音を鳴らしつつ動くようなゆっくりした動きでアルフレッドはミヤビの方に顔を向けた。
ミヤビと目が合う。彼女は少年の奇妙な動きに首を傾げるだけで普段と変わらぬ様子だった。
「何も……なし?」
「……何が?」
「いや……俺が気にし過ぎなのか?」
見られた当人が気にしてないなら掘り下げることでも無いのだろう。しかし、それはそれとして色気も何もない防弾ジャケットの下にあの胸が……と浮かんでしまう自分が情けなかった。
さすがにアルフレッドの視線に気付いたのか、ミヤビは視線を下げて胸元に手を置いた。少年は逃げるように目を逸らした。
「ごめん……」
怒っている様子はなさそうだったが、先回りして謝っておく。
「……いつもは興味なさそうなのに」
彼女の姉が言っていたとおり、ミヤビは相手が自身のどこを見ているか分かっているようだ。だから機体修理の時に絡んできた整備士連中へは当たりが強かったのだろう。
今の自分も大差はないが。
今目を向けると、少女の胸と下腹部にばかり視線がいってしまいそうだった。
「いやだって……裸見たすぐ後だし……。俺だって……一応さ、男なんだよ」
異性に興味や区別が無いわけではない。
ただ、服の下に完全に隠れている内側まで想像できない。そして、見れないモノ、触れないモノ、手に入らないモノへの関心が薄いだけだ。
「そっか」
「……とにかく、この話終わりにしてくれ。しばらく、俺がミヤビを見れないだけだから。文句とかあるなら今度聞く」
「わかった」
こういう時、ミヤビの淡白な対応は助かった。そもそも外は戦闘中だ。裸を見たからどうのと言及している場合ではない。
しかし、気にしていないということは距離感もいつも通りということだ。ミヤビが何となしにアルフレッドの隣に座るのが視界の端に映った。
少年は逃げるように顔を背ける。
「……ちょっと面白いかも」
なんだか碌でもないことを言い出した。
早く待機命令が解除されないものか。
少年は切実に願うのだった。




