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突然の申し出

ーー翌朝。


セレナは自室のバルコニーから庭園を見下ろしていた。

淡い朝日が庭の薔薇を照らし、その香りが風に乗って届いてくる。

それはほんの少しだけ、心を落ち着かせてくれる気がした。


(ユリウス……)


彼の存在が、自分の世界に再び入り込んできたこと。

それが恐ろしくもあり、救いでもあった。


それでも――


(私は、もう恋なんてできない。誰かを愛することなんてできない。)


それがセレナの、最後の砦だった。


ドアがノックされ、侍女が入ってくる。


「お嬢様、皇太子殿下より書簡が届いております」


「……捨てて」


「はい……?」


「その手紙、読まないから。破って、燃やしてちょうだい」


侍女は戸惑いながらも頷き、丁寧に礼をして部屋を出ていった。


(あの人からの言葉なんて、何もいらない。聞く価値もない)


だが、アレクの執着は留まる気配を見せなかった。

むしろ、ユリウスの帰還によってますます激しさを増していく。


ーーその日の午後。

ユリウスがエヴァレット家に帰還の挨拶へ訪れていた。


エヴァレット公爵は、息子レオンと共に応接室で彼を迎えた。


「久方ぶりだな、ユリウス。無事に戻ってくれて何よりだ」


「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」


ユリウスは少し間を置いて、ゆっくりとはっきりした口調で切り出した。


「今日は、セレナとの結婚を正式に認めていただきたくて参りました」


ユリウスはセレナの父アルダルト侯爵を前にして怖気付くことなく言い放った。


「それは…あまりに急だな。君がこのように不躾だとは思わなかったぞ」


アルダルトは怪訝そうにユリウスを睨みつけた。


「セレナと婚約してから6年です。これ以上婚約者でいる必要はないのではないでしょうか?私は戦場に行っておりましたが、戻って参りました。ですので、これを機に正式に夫婦として共に歩んでいければと思ったのです」


ユリウスは昨日のアレクの態度を見て、改めて結婚を急ぐべきだと思っていた。

次にいつ戦地に向かうことになるかもわからない。

だからこそ妻としてセレナを早く迎えたかった。


「君の考えはわかった。だが、皇太子殿下がいまだにセレナを慕っていることは周知の事実だ。それに君は、6年前のあの日、突然セレナに選ばれてしまっただけで、君はセレナを愛してはいないだろう?なぜ結婚を急ぐのだ?」


「皇太子殿下がセレナをいまだに慕っていることは承知しております。ですがそれは問題ではありません。それに、私はセレナを愛しています。信じていただけなくても、それだけは事実なのです。私はセレナのことは、愛から始まりました。恋はこれから2人でゆっくり時間をかけてしていきたいのです」


「.....」


その場にいた全員が黙り込んだ。


《ーーーバタン》


セレナがゆっくりと扉を開き応接室に入ってきた。


「ユリウス…?どうしてここにいるの?」


「セレナ、昨日ぶりだな」


「ええ…」


「セレナ、ユリウスがお前と正式に結婚したいそうだ」


「……え?」


セレナは驚いた。

まさかユリウスの方から結婚の話を出すとは思わなかったのだ。


「セレナ、俺と夫婦になってくれないか?」


セレナは少し考え込んだ。


(どのみちユリウスが20歳になれば結婚の話を出すつもりだったし、少し早まるだけよね....)


「わかりました。もともといずれは夫婦になる予定でしたし、私はかまいません」


「だが、お前はまだ16だ。まだ早いのではないか?......もう少し慎重になってもいいのではないか?」


エヴァレット公爵は、セレナはまだ結婚するには早いと思っていた。


なぜなら、皇太子であるアレクがセレナにあれだけこっぴどく振られたにも関わらず、いまだに執着を見せているのだから。

それはエヴァレット家にとっては、ありがたいことでもあったのだ。

つまりは、エヴァレット公爵はユリウスのことを、セレナが犯した”過ぎ去りし幼き愚行”とでも思っていたのだろう。


「お父様、お父様が何をお考えかはわかっております。ですが、6年前にもお伝えしましたよね。”私は皇太子殿下をお慕いしておりません”と。それから、ユリウス様が私の好みだとも」


セレナは儚げに微笑んだ。

まるで天使のようなその微笑みの意味を、レオンとユリウスは知っている。

セレナは嘘をつく時、いつもこんな笑顔を見せのだ。


こんな会話をしている時でさえ、セレナの母であるエレノアは黙っていた。

なんの興味もなさそうだった。


「......わかった。お前たちの結婚を認めよう」


「ありがとうございます、お父様」


ユリウスは珍しく優しく微笑んで見せた。

表情の変わらないことで有名な”帝国の閃光”の優しい微笑みに、エヴァレット家の全員が見入ってしまったのだった。


***


ーーその夜。


セレナはベッドの上で、また一通の手紙を開いた。

ユリウスの筆跡。

けれど、今度はほんの短い一行だけだった。


《セレナ、昨日、君の夢を見た。笑顔がとても綺麗だった。》


(……馬鹿ね)


セレナはわずかに微笑み、手紙を胸に当てた。


月が高く昇り、夜空の下、セレナはそっと目を閉じる。

その胸には、まだ名もない痛みと、微かな祈りが息づいていた。

闇の中で、彼女はほんの少しだけ、未来に身を委ねてみようと思った。


──ほんの少しだけ。

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